第11話 事件の後、新たなスタートライン
廃教会での事件から一ヶ月。ようやく、以前と変わらない日々が戻りつつあった。
あの出来事は、スミカ村だけに留まらず、王国中にまで知れ渡る大事件となった。
だが、事件の首謀者を含め、犯人たちは全員死亡。真相は闇の中に消え、釈然としない結末だけが残った。
しかも、ライラやジェスター、それに村の人々が現場に駆けつけた時には――
傷だらけの子供たちと、親玉と思しき男がひとり。
禍々しい魔法陣の上に積もった灰だけが残る、あまりにも唐突な幕引きだった。
その帰り道、僕はジェスターにおぶられながら、事件の顛末を一から十まで伝えた。
ライラに抱えられていたイーディスは、僕が語るあいだ、ずっと泣き続けていたのを覚えている。
結局、事件の重大性と内容を踏まえて、僕とイーディスは「牢屋に閉じ込められたまま助けを待っていた子供たち」として領主へ報告されることになった。
――そして、それから一ヶ月の今まで。
イーディスが家を訪ねてくることは、とうとう一度もなかった。
父さんと母さんにも、
「しばらくは家の中と庭で遊ぶように。外出は控えなさい」
と言われ、僕はイーディスに会いに行くことも、あの広場へ足を運ぶこともできなかった。
この一ヶ月は、本当に退屈だった。
剣術を高め合える相手もおらず、魔術も初級か、威力を抑えた中級魔術のみ。
どちらも行き詰まりを感じる。
それでも、時間を無為に過ごすのは嫌だったから、魔術教本に載っていた「魔力制御」の修練法を実践することにした。
「己が内に巡る魔力を外へと集め、形を成して操る――これぞ、魔術を極めんとする者にとり、最も良き手立てに違いあるまい」
(えーと……内に巡る魔力を、外に集めて……形を作って操る……っと)
教本の言葉を思い出しながら、体内の魔力を意識して外へと流す。
集中すると、魔力はやがて白い靄のように目に見える形を成し始めた。
さらに魔力を注ぐと、それは次第に色を濃くし、白く輝いていく。
しかし、魔力を込めれば込めるほど、制御は難しくなっていった。
(くっ、これ以上は……制御できない……!)
限界を悟り、いつものように魔力を霧散させようとした……が。
魔力はまったく収まらず、逆に暴走の気配を強めていく。
そして、制御に使うべき魔力が尽きた瞬間――
(や、やばい……暴走する……!)
とっさに手のひらを宙に向け、魔力を一気に解放した。
――ズギャッッ……ゴオォッ!!
轟音と共に、解き放たれた魔力は空間を裂くように放たれていった。
僕はその余波と魔力切れによる頭痛で少しよろけながら、苦笑いを浮かべる。
「……これは、段階を踏んで制御しないとダメだな」
そう呟いて、白く光る残滓を見つめた。
ーーー
色褪せた記憶。
「イーディス、力に呑まれぬようになさい。
ヴァルキュリアの血は、守るためにあるの。誇るのは、使いこなせてからよ」
母様のその言葉を、どこか他人事のように聞いていた自分を、今は情けなく思う。
私は“守りたい”気持ちだけで突き進んでいた。
その想いがあれば、ヴァルキュリアの力で何だってできると、本気で信じていた。
――でも、現実は違った。
私は、何もできなかった。
あれほど「私が守る」と言っていたくせに、結局、何ひとつ守れなかった。
守ってくれたのは、ラインハルトだった。
魔術を放つ彼は、まるで別人のようだった。
ただ冷静に必要なことだけを選び取るように動いていた。
“力”を持ちながら、それに飲まれず、理性を保ち、結果を出した。
その姿に、私は悔しさを通り越して、尊敬さえ覚えていた。
(私よりも年下なのに……どうして、あんな判断ができるの……?)
ふと、彼の言葉が脳裏によみがえる。
――「無理なときは、大人を頼ろう。僕たちはまだ子供なんだから」
あのとき、私はその提案を跳ね除けた。
“守る”覚悟も“力”もあると、自分では思っていたから。
でも、ラインハルトは違った。
力があることと、それを扱えることは別だと知っていた。
だからこそ、彼は力を振り回さなかった。
本当に必要なときだけ、的確に使いこなしてみせた。
私は、ただ“守りたい”と願っただけ。
でも彼は、“守れる方法”を考え、実行し、結果を出した。
私との違いは、そこだったんだ。
守ろうとする気持ちだけじゃ、誰も救えない。
本当に守るには、自分の力を正しく知り、制御し、使いこなさなきゃいけない。
……今の私には、それができなかった。
怖かった。
ラインハルトを守れないのが……
だけど彼は守ってくれた。
私は彼を守ろうと思っていたけど、彼も同じように私を守ろうと思っていたのだ。
ラインハルトの背中が遠く感じたのは、そのせいだ。
けれど、だからこそ私は、もう一度立ち上がる。
ヴァルキュリアの力に振り回されるのではなく、それを制して、ちゃんと“私自身の力”として扱えるようになりたい。
そうして初めて、本当に――誰かを守れる存在になれるんだと思う。
いつかまた、彼の隣に立てるように。
そのときには、ちゃんと笑って言えるようにしたい。
「今度は、私が守る」って。
「アーロン、本家に戻るわよ。」
誰かを守る。それを想いでは無く確信に変えるために……
「かしこまりました、お嬢様。」
ーー私は、前に進む。




