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第10話 初めての戦闘、そして無力感

固く閉ざされた扉を蹴破った瞬間、イーディスの鼻をつく腐臭と、鈍く紫に輝く魔法陣の気配が肌を刺した。


その中央には怯えた様子の子供たち、そしてそれを囲む黒装束の男たちが六人。


(ここで終わらせる……!)


イーディスはラインハルトを後ろに庇いながら言う。


「ハルト、剣を……」


俺は即座に土剣を作りイーディスに渡す。


「任せて、ハルト。……絶対、私が守るから……私の血の誇りをかけて……」


小さく呟き、そして、深く息を吸い、詠唱を始めた。


「我が血潮に宿りし紅の刃……解き放たれし刻、我が剣は雷と化す。

 《剣気・解放》——!」


紅の奔流がイーディスの身体を包み込む。

髪が揺れ、紅のオーラ、《剣気》が皮膚の表面を走る。瞳もまた、鮮血のごとく紅く染まった。


「イーディス……!これは……」


あまりの変貌ぶりに動揺する、それは敵の男たちも同じようで一瞬たじろぐ。


(今ならいける……!)


次の瞬間、五つの紅の閃光が空間を切り裂いた。


「がっ!」「ぎゃああッ!」「こ、この女……!」


斬撃の残響が空間に響くころには、すでに五人は床に崩れ落ちていた。


「凄い……」


自然と言葉が零れた。


今までは力を隠していたのだろうか、子供とか大人の違いじゃない。


まさに圧倒的な力だ。


残るは一人、イーディスが飛び込もうとした瞬間。


「やめろ、嬢ちゃん。こいつがどうなってもいいのか?」


冷たい声が響いた。


振り向いたイーディスの目に映ったのは、ラインハルトの背後にナイフを突きつける黒ずくめの男——一人だけ装束が豪華だ、親玉だろうか。


(しまった……見逃してた……!)


隠れていた親玉が、ラインハルトを人質に取っていた。


「その紅い目……ヴァルキュリア家の娘か。だが、結局はその正義感のせいで身を滅ぼすことになったな。剣を捨てろ」


「……!」


迷いと後悔が胸を締めつける。


(私、なにしてるんだろう……)


蘇るのは、あのときラインハルトが言った言葉。


——「大人に頼ろうよ、ね?」


(どうしてあのとき、頷けなかったの……)


歯を食いしばり、手にした剣を見下ろす。


そして……イーディスは自らの意志で、剣を地に落とした。


ガシャン、と乾いた音が部屋に響く。


「いい子だ」


親玉の口元が歪む。次の瞬間、残った一人の男がニタニタとイーディスに近づいた。


「嬢ちゃん、随分とイキってたじゃねぇか。今の気分はどうだ? 誇り高いヴァルキュリアの末裔様よォ?」


イーディスが何も言わずに睨みつけると、男は顔をしかめる。


「その目、気に入らねぇんだよ!」


バチン、と頬を張られる。唇が切れ、血が滲む。


「てめぇみたいな小娘が強気に出てんじゃねぇよ!」


さらに腹部に蹴り。イーディスの身体がよろめき、壁に叩きつけられる。


「さっきのあのカッコつけた技? なんだあれ?

随分仲間を殺してくれちゃったじゃないの!?。まぁそれでも、あっけなく人質取られて、はいおしまい!」


下卑た男はイーディスを心底小馬鹿にした態度を見せる。


イーディスは歯を食いしばり、唇を噛む。


(……私が……調子に乗ったから)


「ほら、なんか言えよ。何もできねぇで泣きそうな顔してんのか? お嬢様ァ?」


ガツン! また一撃が顔に叩き込まれる。


ラインハルトの叫びが耳に届く。


「やめろッ、やめてくれ! イーディスじゃなく俺を殴れッ!」


(ハルト……見ないで……)


震える指先、うずくまる身体。

立ち上がろうとしても、力が入らない。


「くく……威勢がよかったのは最初だけか。やっぱガキはガキだなァ!」


(私、なんでこんな……なんで……)


そのときだった。


目に映るラインハルトの泣き顔が胸を刺した。


(あぁ……守るって、言ったのに……)


熱くなった視界が、やがて滲む。


(私、全然……守れてない。なにも、できてない)


——ポトリ。


紅く光っていた瞳に、ひとすじの涙が浮かび、静かに頬を伝って地に落ちた。


それは、戦う意志が砕けた証。


そしてもう一滴。紅の瞳から、涙がこぼれ落ちる。


「……ごめん……ハルト……ごめんね……」


かすれた声が、震えながら唇から漏れた。


その瞳に宿っていた紅い光は、ゆっくりと、静かに……消えていった。




俺は首に押し当てられたナイフが少し緩んだのを見て一気にイーディスの元へと駆け出した。


「イーディス!大丈夫!?イーディス……!!!」


俺が声をかけても反応は虚ろで返事は返って来ない。


急いで治癒魔術をかけようとすると後ろから強烈な殴打が飛んでくる。


「誰が自由に動いていいって言ったんだ?あぁん?」


下卑た男が俺を殴った後にさらにイーディスに暴力を加えようとしている。


俺は倒れ込みながらも、必死にイーディスを庇おうと身を投げ出した。


「やめろッ!!やめてくれぇ!!」


男の腕が振り上げられ、イーディスに叩きつけられようとする。


だが、そこで声が割って入った。


「やめとけ、ガイル。そいつらにはもっと“価値のある使い方”がある」


男……いや、こいつらの親玉が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


その姿を見た瞬間、俺の背中に冷たいものが走った。


目はぎらぎらと光り、口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。


「こいつらのせいでウチの奴らが五人も死んじまった。だがな……それでいいんだよ。むしろ、これで“やれる”」


「……なに……?」


親玉は懐から血に染まった小さな巻物を取り出した。


「《血契の召喚陣》……五つの魂と肉体を捧げることで、地の底から“魔獣”を呼び出す禁術だ」


「まさか……死んだ仲間を……!」


「はっ、仲間? あんな使い捨て共に情なんかねぇよ。むしろ死んでくれて助かったくらいだ。最高の“素材”になってくれる」


親玉は巻物を広げ、血で滲んだ呪文を詠唱し始めた。


「《黒き門よ、開け》──《血よ、命を繋ぎ、獣を迎えよ》」


バチバチと音を立てながら地面が裂け、死体たちの周囲に血のような魔法陣が浮かび上がる。


空気が震え、空間が歪む。


「ガイル!その坊主をしっかり押えておけよ…!」


「やめろッ!!」


「イーディスには……やめろッ……!!!」


俺が叫ぶも、親玉はイーディスの髪を乱暴に掴み、顔を上げさせた。


「見ろよ、小娘。化け物に喰われる瞬間を……目に焼きつけとけ」


「……や、めて……ハルト……た…すけ……」


イーディスの声はかすれ、意識も朦朧としている。それでも目だけは見開かされ、儀式を見つめるよう強制されていた。


俺の怒りが、爆発する。


「クソおおおおッ!!」


叫びと同時に魔力が迸る。周囲の空気が震え、砂埃が巻き上がる。


だがその瞬間、魔法陣の中心から“それ”は姿を現した。


──それは、獣だった。


だが、常軌を逸していた。


全身を黒い鱗と膿で覆い、頭は人のような形をしていながらも、目も口も捻じ曲がったまま。背には無数の腕が生え、腐臭と殺意が空間を支配していく。


「《屍食魔獣ヴォルトグール》……地獄の門から来た、恐怖の化身だ」


親玉が愉悦に染まった声で言い放つ。


「こいつはな、怯えた相手の恐怖を喰らって強くなる。小娘の顔見てみろよ……最高の餌だろ?」


イーディスは……震えていた。声にならない声で、俺の名を呼んでいた。


(守らなきゃ……イーディスのように…守らなきゃ……!!)


ギリ、と歯を食いしばる。


「……今度は、俺が……!」


「ん? なんだ、坊主」


「俺が、イーディスを守るッ……!」


背筋を伸ばし、拳を握る。魔力が、心臓の鼓動と共に身体中を駆け巡る。


「イーディスを……二度と誰にも傷つけさせない……!」


闇を纏った魔獣が咆哮した。親玉が狂ったように笑う。


「うおぉぉぉッ!」


雄叫びを上げ、俺の事を押さえつけている敵を魔術で攻撃する。


《アクア・バレット》


それは三年前よりも格段に精度も威力も増した一撃だった。本物の銃の弾丸のように凄まじい速度で押さえつけている男の頭蓋を貫通する。


拘束していた力が無くなり、立ち上がると魔獣と対峙する。


魔獣は腕を狂ったように踊らせ俺に攻撃してくる。

避けきれず、肩に攻撃がかすってしまった。


カスっただけでも肩の衣服は裂かれ、肩の肉は浅く削げ飛んでいった。


「ぐうぅ……痛すぎるだろ…」


俺は正直、今日という日が来るまでこの世界をゲームの感覚で"遊んで"いた。


しかし今は違う。確かに生きている。


(生きるためにこいつらを……殺すッ……!)


守らないといけない存在を脇目に見つつ、俺は詠唱をする。


それは初めての上級魔法


「偉大なる太陽よ、天に在りて万象を照らす絶対の輝きよ――

 その威光は命を育み、されど怒りは万物を灰と成す。

 我が魂を媒に、いま地上に君臨せよ!

 昇れ、赫奕たる天の焔よ!

 《ソル・レグナレア》!!


今までの魔術とは消費する魔力が桁違いだ…しかし持てる魔力のありったけを注ぎ込む。


赤く輝いていた小さな太陽は限界を超えた魔力により緑色へと色を変えやがて紫色になった。


無機質な魔獣の目にも恐れが感じ取れる。


さらに魔力を注ぎ込み、魔獣に撃ち込む。


「完全に燃え尽きろおおぉぉぉッ!!」


雄叫びとともに火球は速度を上げ、魔獣を呑み込む。


火球が魔獣を呑み込み、地獄のような咆哮と共に黒き獣は灰へと還った。


 辺りを支配していた狂気と腐臭は徐々に薄れ、空気が澄んでいく。


 俺は膝をつきながらも、荒く呼吸を繰り返し、なおも立ち上がろうとする。


「っはぁ、はぁ……終わった……か?」


 その瞬間――耳障りな、乾いた笑い声が響いた。


「ククク……いやいや、坊主。まだ“終わって”ねぇんだよ」


 親玉だった。


「まさか“ヴォルトグール”を消し炭にするとはなァ……想定外だぜ、マジでよォ……」


 よろりと歩み寄ってくる。左手には、黒い短剣が握られていた。禍々しい赤い紋様が刃に浮かび、まるで“血”を渇望しているかのようだった。


「いいぜ……だったら次は“お前”の魂を使わせてもらう。あの小娘の分も合わせてなァ……!」


 俺は構えることもできず、ただイーディスの身体を庇うように前に立つ。


 もう、魔力はほとんど残っていない。

イーディスのような戦闘能力も無く、肩の傷からはじわじわと血が流れ、視界もかすむ。


 ――でも、引けるわけがない。


「まだ……立つか。いいぜ、見せてみろよ、坊主!」


 親玉が突っ込んでくる。狂ったような突き刺す勢い。


 その時だった。


「──《アクア・スパイン》!!」


 鋭い声と共に、地面から水の槍が突き出し、親玉の足元を貫いた。


 「ぐおっ!? 誰だッ……!」


 悲鳴を上げて後退する親玉。その視線の先、煙の向こうから、フードを被った女の姿が歩み寄ってくる。


「……遅れてごめんね、ハルト」


「……母さん……!」


 ライラだった。手には杖を握りしめ、全身から殺気すら漂わせている。


「私の息子に手を出した報い、たっぷり味わってもらうわよ」


 怒りに燃えた声と共に、ライラの足元に魔法陣が展開される。


「空を満たす重力よ、今、我が声に応じよ。

流れし力を凍てつかせ、動きを止めろ──《フリーズ・グラビティ》」


 発動と同時に空間が歪む。


 親玉の動きが鈍り、次の瞬間――氷の重力でその身体が地面に叩きつけられた。


「がっ……ぐぅぅ……動け……ねぇ……」


 ライラは静かに近づき、倒れた親玉を見下ろす。


「しょうが…ねぇ、なぁ、こりゃ詰み、か……。」


親玉は諦めたようにハッと笑いそう言うと何かを奥歯で噛み潰す。


「ぐぁぁ、うおぉ……」


 絶叫が響く。全身が痙攣し、黒い瘴気が噴き出す。


 やがて、その体は内側から崩れるようにして崩壊し、完全に絶命した。


少し遅れてジェスターや他の村人の大人達が駆け込んでくる。


 ようやく、すべてが……終わった。


 俺はその場に崩れ落ち、意識が遠のく直前、イーディスの手を握った。


「……僕たちは、助かったんだ……」


その言葉に、イーディスはかすかに目を開け、安心したように意識を落とした。

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