第1話 プロローグ
命日の記憶――
俺の人生は、あの日、ほんの一瞬で終わった。
朝から重たい雲が空を覆っていた。
コンビニに行くだけのつもりだった。
冷蔵庫が空っぽで、昼飯を買うためにジャージ姿のまま、いつもの道を歩いた。
スマホの通知が震える。
そこには待ちに待った文字が表示されていた。
【Ars Fantasia Online:本日12時 正式リリース】
(ついに……)
思わず口元が緩んだ。
キャラメイクも事前DLも完了済み。
コンビニで弁当だけ買って、すぐに家に戻るつもりだった。
信号は青。
俺はスマホ画面を確認したまま、足を一歩踏み出した――
――轟音。
視界を覆い尽くす、巨大なトラックのフロント。
「ぅあ……」
時間が止まったようだった。
避ける暇も、声を上げる余裕もなかった。
衝撃。
骨が砕ける音。地面が冷たい。
痛みは一瞬で消えて、すべてが遠ざかっていく。
(俺、死んだのか……)
俯瞰視点で見る自分の体は、もう動かない。
血塗れで、ぐちゃぐちゃで、惨めなほど静かだった。
(……これで終わりか)
そう思って、笑いすらこみ上げてきた。
だって俺、何ひとつ成し遂げてない。
勉強は平均以下。
通知表は「2」ばかりで、先生の記憶にも残らない存在。
バスケが好きだった。初めはそこそこ上手かった。
でも、中学で上には上がいることを思い知った。
才能のある奴らは、何もしてなくてもボールが手に吸い付く。
俺は必死に練習した。でも、追いつけなかった。
あの日、背中を抜かれたあの感覚――忘れられない。
「才能の壁」ってやつを見た。
それ以来、努力するのも馬鹿らしくなった。
部活も辞めて、無気力に高校を過ごして、
今はフリーター。夢もない。居場所もない。
気を使えば「ウザい」、頑張れば「空回り」。
誰にも「頑張ったね」なんて言われた記憶はない。
そんな俺が、心から楽しみにしてたのが――今日だった。
フルダイブVRの初実用タイトル。
五感すべてで“異世界”を生きられる、夢のようなゲーム。
『Ars Fantasia Online』――そのサービス開始日。
せめて、一度でいい。
“なりたかった自分”になれる世界を、生きてみたかった。
(こんな形で終わるなんて……ふざけんな……!)
喉は潰れて声にならない。
けれど魂だけが、悲鳴のように天へと叫び続けた。
――その時だった。
「……ここは、あなたが望んだ世界」
女の声が響いた。
「剣と魔術の……血塗られた世界」
炎のように紅い髪をした女が立っていた。
名も知らぬその人は、ただ静かに俺を見下ろしていた。
まるで――選ばれるのを待っていたかのように。
「せ……さ…め……か……い……す」
やがて声は途切れ途切れになり、視界が白く染まっていく。
その言葉が、最後の記憶になった。
そして次の瞬間――産声が、世界を変えた。
初めての書き物で至らぬ点多々ありますでしょうが緩く見て頂けると幸いです。