第五話 冒険者の抱える秘密の願望
モルガンが起きると知らない天井。少しの間ぼんやりして、頭が冴えてくると勢いよく身体を起こした。
「何日寝てました!? 第六キャンプは!?」
傍にいたメイヤーがおっと顔を上げる。
「まさかキスしたら目覚めるとは。私ったら王子様だったのかも」
「わたくしの唇に!?」
「二時間くらいだよ」
「わたくしの唇は!?」
「冗談だよ。体は動かせそう? レーノのところ行こ」
モルガンはドレスに袖を通しながら、苦笑するメイヤーに続いて部屋を出る。
「治ってますわね、身体。全く痛くないですわ」
「〝再生〟のエーテルで治療されたからね。あ、意識を失った身体に〝再生〟をかけると記憶が飛ぶことがあるんだけど——最後の記憶は?」
「カマキリに見下ろされて……」
「ああ、えっとその後はね——」
モルガンはメイヤーの言葉を遮って慌てて尋ねる。
「ジェルムン様とヘグ様は!?」
メイヤーは努めて深刻な雰囲気で悲壮的な表情を浮かべた。
「あっ……あの二人か。実は、あの二人は……最後のクッキーを獲りあってるよ」
「メイヤーさん、あんまりやると手が出ますわよ」
お腹を抱えるメイヤーにモルガンは拳を握る。
丁度、廊下の向こうからジェルムンとヘグが連れ立って現れた。
「モルガン譲、起きたか」
モルガンが駆け寄る。
「お二人とも! ご無事で!」
「いやー、さっきは上手く行きましたね!」
ヘグが右手を挙げて手の平を見せる。モルガンは意図を汲み取れず、首をかしげながら自分も右手を胸の前に挙げてみる。
「ほいっ」
ヘグが軽くモルガンの右手を叩いた。
モルガンは少しの間ぼーっと自分の右手を眺めていたが、理解してからは言いようのない嬉しさが胸の内から溢れてきた。
「ももも、もう一回やってもいいかしら!?」
「なら私とも」
「やりますわ! いい、いきますわよ。うおお、うおおおおえーい!」
モルガンはジェルムンと勢いよくハイタッチをした。
「いやーおたくのお嬢ちゃんには助けられちゃいましたね。命の恩人です」
犬の様に高い鼻を持った黄色い髪の男、ラン。彼も一命はとりとめた。
レーノは天井を見上げて放心していた。
「結果的にどっちも生きてたけど……死んでもおかしくなかったじゃん……。心臓が持たないってえ……」
「やんちゃなお嬢さんの護衛はさぞ大変でしょう」
ランは笑う。
「彼女がケガしたこと、あの冒険者二人は責めないでやってくださいね」
「……まあ、それは分かってるよお。モルガンが自ら危険を冒したからその分ケガをしたんだ。その責任はモルガン自身にあるんだ」
二人の話す部屋、ランの個室。クレースはそのベッドに寄りかかって寝息を立てていた。キャンプのモンスターを殲滅しただけでなく、その後には休みなく怪我人の傷の治療に回った彼女は、疲れからパタリと気絶してしまったのだった。
ランは微笑みながらクレースの頭を撫でている。
「恩返しに君たちに付いていきたい気持ちは胸いっぱいにあるのですが、あいにく僕はここを離れられそうにないんですよね。少なくとも数日は」
「それはそうだろうねえ。その傷はまだ完治しちゃいないし、キャンプもこのありさまだし」
「だからどうですか。代わりにはなりませんが、クレースを貸しましょう」
「レーノ様、ランとお取込み中みたいですわね」
「そっかー。……そうかあ」
別の部屋に向かっていたところ、途中からメイヤーがそわそわし始めた。モルガンが様子を伺う。
「何か?」
「う、うーん、どう、どうしよう」
立ち止まる。メイヤーは何かを迷っていた。
「そこまでもったいぶっておいて言わないなんて、酷なことはされませんわよね」
「ううー……。そ、そうだね。よし。きっと、今言うべきなんだ。じゃ、じゃあ言うんだけどさ」
「なにかしら」
メイヤーは言葉を選びながら言い辛そうに話す。
「実はレーノのことなんだけどさ……」
モルガンはここまで聞いて、砂糖の効いた甘い話が出るのかと胸を躍らせた。しかしメイヤーの表情は次第に暗くなっていく。
「レーノは数日前に自殺未遂をしてるんだ」
「――え?」
モルガンは言葉をいまいち飲み込めない。
「モルガンさんの依頼を受ける前日。偶然部屋に行ったら、吊るされててさ。私の蘇生行為が間に合わなければ、レーノは死んでたんだよ」
廊下を照らす松明がパチパチと鳴っている。メイヤーの頬に一筋の涙が滑った。思い返すだけで涙を浮かべるのだから、レーノの呼吸を取り戻そうと奮闘したとき、彼女がどれだけ取り乱していたのかは——。
——想像に難くありません。
しかしメイヤーは気丈に振る舞ってみせた。
「だから、ごめん。重いことを言ってるんだけどさ。レーノにはこの依頼で自信というか、今後の展望みたいなのを見つけてほしいんだ。モルガンさん、どうか、よろしくお願いできる……かな」
モルガンは面食らって曖昧な返事しかできなかった。
「わ、わたくしに出来る事なら。善処しますわ」
「ありがとう。でも、そう。二人で無事に帰ってきてくれたら、それだけで十分だから」
翌朝、レーノとモルガン、そしてクレースが出立する。ランとメイヤーが見送りに来た。
「メイヤーさんは来ていただけませんのね。残念ですわ」
「本業があるんだよね~。また街に帰ってきたら遊ぼう!」
ランがクレースに釘を刺す。
「いいかい? ちゃんとレーノさんのいう事を聞くんだよ?」
「モルガンさんのいう事なら聞くわよ。ランの命の恩人だもの」
「まったくこら」
レーノが間に入る。
「ま、まあ、モルガンさんの身が守られるなら俺はなんでもいいからさ」
「なんでもいいって何よ。悪かったわね何でもない程度の実力で」
「話の飛躍すごいねえ! 病んでんのー? なんかあったあ?」
「何もないわよ!」
「ほら二人とも、準備は宜しくて? 行きますわよ!」
「あ、モルガンさん!?」
モルガンが駆けだし、クレースが追いかける。先を行った二人を眺めながら、レーノは考える。
——クレースが着いてきてくれるなら安心だなあ。もし俺が死んでもモルガンさんをきっと街まで送り届けてくれる。
西に目を遣って。
——この先〝がらんどう〟を襲ったモンスターが現れたら、きっと俺は、モルガンさんなんて置いて挑んじゃうだろうから。死んだみんなに報いるためになきゃいけないし。とはいえみんなで戦って勝てなかった相手、俺一人じゃあ絶対に勝てない。でも、討ち死にできるならその方が、自殺するよりはマシってこだよねえ。
「レーノ様!」
モルガンに呼ばれて、レーノも仕方なく駆けだした。彼の一見ふつうに見える微笑みには、数日以内の自分の死の予感が僅かに滲んでいた。
はてさて。
この二人が、世界の果てを目指す冒険者とお嬢様。
レーノはモルガンの命を守り切れるだろうか。モルガンはレーノの命を繋ぎとめることが出来るだろうか。
これは、そんな物語。