第四話 レベルアップ
レーノは身体の周りに黒くて小さな球体を〝創造〟していくつも浮かべていく。それはメイヤーの不可視の回転環に乗って空中を動き始める。原子の周囲を回る電子の様に、黒い球体がそれぞれの軌道を持って二人の周囲を巡り、そしてそのどれもが少しずつ加速しつつある。
リーダー個体はピンと察した。これが完成しては手出しできなくなる。時間経過は敵に優位。
リーダー個体は可能な限り遡って攻撃にかかるよう過去を改変した。二人に全方向からの攻撃が叩き込まれる——。
「——!?」
しかし何十以上の攻撃は、その全てが「何か」に防がれた。全てのパターンでリーダー個体は攻撃以前に体のどこかにダメージを受け、それらの攻撃を断念したのだった。
リーダー個体はもと居た位置に再び現れる。全身血まみれとなったリーダー個体を見てメイヤーは笑った。
「もうしばらく前から透明なのが回転してるんだ、超高速でね。私たち二人の最強コンボだよ」
レーノは黒い球と透明な球を掌の上でコロコロと転がす。
「自分を賢いと思ってるモンスターほど引っかかるんだなあ。でも即死を避けたのは流石のリーダーと褒めてあげてもいいかもねえ」
リーダー個体は粒のどれもが体に深く入る前に瞬間移動したために、致命傷は受けていない。
「じゃあ〝回転〟の半径を広げちゃうぞー! やあっ!」
リーダー個体は逃走を選択した。入ってきたときの窓から逃走するよう過去を改変し、窓のすぐ外に瞬間移動する。
その頭部に下から剣が突き刺さった。窓枠に膝をかけて外側にぶら下がっていたクレースが、両手に持った剣を勢いよく突き下ろしたのだ。
「まだ戦えるって……言ったでしょ!!」
死角からの攻撃で即死。リーダー個体は地面にドサリと落ちた。
「私の傷は〝再生〟するのよ。フン」
クレースは建物の中に戻って二人と合流した。メイヤーが手を振る。
「十秒の読み、キッチリ当てたんだね。流石のクレースだー」
「ありがと。そっちこそ良い誘導だったわよ」
クレースはレーノに視線を向けると、気だるげにため息をついた。
「レーノ、アンタがいたのね。一応、感謝しといてあげるわ。ありがと」
メイヤーへのそれと比べて随分と不服そうな様子だった。
「ど、どうもお」
「まああの程度のザコ、タネが割れてて準備する時間があれば余裕よね」
「実際そうだけどなんでそんなに偉そうなのお?」
クレースは建物の外へ向かう。
「もう二人ともエーテルに余裕はないでしょ。外の奴らは私が全部倒すわ。代わりに、キャンプのどこかに吹き飛ばされたランを探してくれない?」
メイヤーがからかう。
「レーノにも頼んでる?」
クレースは奥歯をギリリと鳴らす。目を逸らして歯を鳴らしながら声を絞り出す。
「た、頼んでるわよ。お……お願い、するわ……」
「いや頼まれなくてもやるけどさあ。なんでそんなに嫌そうなの?」
「可愛いじゃんね~」
「「どこが?」」
モルガンは深く呼吸する。銃口を向けられたモドリドリは様子を伺っている。
――簡単ですわ。周囲に「不可視の攻撃」を仕込んでから、十秒後に攻撃を始めればいい。でも全然アイデアが浮かびませんわ。いえ、そう、不可視でなくてもいい。レーノがやったように、鳥の知能で攻撃だと判断できない攻撃を仕込んでおけばいいのですわ。
ジェルムンとヘグは少しずつ体を動かして、武器を再び構えようとする。
「フッ」
モルガンは突然に噴き出した。モドリドリが首をかしげる。
――いやー、周囲に攻撃を仕込むの時点で意味不明ですわよねー! 何が簡単なのかお教え願えますかモルガンさん!? そんなん魔法でも使えなきゃ無理ですわよ。エーテルの応用に長けている人間でないと不可能ですわ! わたくしなんてシンプルなことしかできないのに!
モドリドリが痺れを切らしてバサバサと翼を広げる。今にも攻撃を仕掛けかねない。
——危険な賭けしか浮かびませんけれど……何も失わずに得ることはできない。やるしかないですわ!
「ハ、ハハ! ハッハハハハハ!」
モルガンは突然大声で高笑いを始めた。モドリドリ含め、一同何事かと困惑する。
「全く、やっぱり鳥は馬鹿ですわね。鳥ですものね。かかってきなさい。そうして当然の様にわたくしは勝利するのですわ。アアッハッハッハッハッハ!」
モルガンが銃の引き金を引く。単発。モドリドリは僅かに左に瞬間移動して躱す。
「ほら、かかってきなさい。ほらほら、さっさとわたくしに向かってこないのかしら!?」
モルガンがモドリドリににじり寄りながらバンバンと続けて発砲する。モドリドリは近寄られた分、後ろに下がりながら回避する。同時にモルガンの観察を続けるが、彼女の余裕の根拠は明らかにならない。
壁際まで追い詰められたモドリドリが意を決してモルガンへの攻撃に転じた。それとは別の要因――僅かに開けた扉から外の様子を見ていたジェルムンが合図を出す。
「来るぞ! ヘグ、弓を引け!」
モドリドリが姿を消した直後、相当の勢いを持ってモルガンの背中に突進した。
「ヴッ――」
モルガンは吹っ飛んだが、彼女は床に落ちず空を浮いて、天井にぶつかった。その左手には空色のエーテル石がある。天井の角に突っ張りながら、痛みに負けず右の銃を構える。
「ガッ……は、あ。はあ。〝重さ〟のエーテル石の使い方、学びましたわよ。自分の身体を軽くできますのね。メイヤーさんを見て学びましたわ」
モルガンは〝熱〟のエーテル石で連射を可能にした銃の引き金を引き続け、その銃口を左から右へ振った。同時に外のカマキリが小屋を横に切り払う。
ジェルムンとヘグは床に伏せて、モルガンは天井に張り付いて回避している。モドリドリも天井近くに瞬間移動しようとしたが、そこにあるのはモルガンの銃の乱射。床に伏せるには自分の身体が大きすぎる。
それは一瞬の出来事。切断と乱射のタイミングは完全に一致した。モドリドリはモルガンを下から貫いてその場所を奪おうとしたが、瞬間移動した瞬間にヘグの矢によってその後頭部を射抜かれ、床に転がった。ピクピクと震え、僅かな瞬間移動を繰り返している。
「やっ……た。頂きましたわよ、経験値……」
モルガンはモドリドリに勝利した。
エーテル石が支えてふわりとゆっくり落ちる。ジェルムンとヘグが駆け寄った。
「大丈夫か!」
ジェルムンが膝を立てて抱き上げると、モルガンが咳をしてドレスに血が飛んだ。
「死ぃ……ぬぅ……」
「外傷はないが体内が傷ついている。最悪内臓が破裂しているかもしれんな」
「早く治療を受けさせなきゃいけませんね」
傾いた小屋の上部をカマキリが殴り飛ばし、上から中を覗く。二人は苦笑しながら武器を構えた。
「ここから先は私たちの仕事だな。粘るぞ!」
「了解!」