第三話 第一キャンプ奪還戦 (後編)
火の手の広がる協会支部、その一室、机の陰に生きた人間の姿が一つ。ショートパーマの茶髪の女。息を殺して隠れる。
〝ナンバーワン〟の古参である彼女――クレースは、協会施設内を徘徊するモドリドリのリーダー個体から身を隠していた。悔しさに拳を固めながら、襲撃を受けた時の事を思い出す。
突然二階の窓が割れて、大量のモドリドリが施設内に侵入してきた。一瞬で全身に走る緊張感。
――悔しい。悔しい悔しい悔しい。奇襲じゃなければ絶対に勝てたのに。ザコ冒険者どもを庇わなければランは絶対に負けなかったのに。何もかも状況が悪いったらない。
「ピエッ!」
リーダー個体が部屋の扉を蹴り開けた。他の個体より一回り小さい身体――それでも女性の身長程度はある。
テクテクと部屋に入ってきて、くるりと見渡す。翼で扉を丁寧に閉めると、カーテンの裏や机の下などを一つずつ確認していった。床に頭を当てて椅子の下を見たり、資料棚の裏に羽を入れてガサゴソ探したり。
「そんな狭いところに居るわけないでしょ!」
クレースはツッコみながら立ち上がってしまった。リーダー個体はクレースを見ると、嘴をカチカチと鳴らしながら翼を小さく広げて小躍りする。
「に、憎たらしい動きね、舐めてんじゃないわよ……! 別に私はアンタにツッコみたくて立ち上がったんじゃないんだから! 見つかるのは時間の問題だから出てきただけなんだから!」
リーダー個体に言葉は分からないが、きっとクレースはその態度をとるには無茶な主張をしているのだろうということは理解できた。翼を嘴にあててプププと笑う。
「この、獣風情が! 死ね!」
クレースが素早く距離を詰めて右手の剣を振り下ろす。リーダー個体はクレースの背後に回り込むよう〝改変〟して、その後頭部に蹴りを喰らわせようとした。しかしその位置はクレースの左で逆手に持ったナイフが既に狙っている。
リーダー個体は〝改変〟を重ね、クレースの頭上からの攻撃を選択した。瞬間移動した瞬間、クレースの上段蹴りがリーダー個体の頭に直撃した。
蹴り飛ばされたリーダー個体はぐったりとして、頭の上に星を飛ばしてしまっている。
「読み切った! これでトドメよ!」
クレースの体は意思に反して膝をついた。剣を床に落とす。
「……え、あれ」
クレースは自分の足元に血だまりが広がるのに気付いた。その出血が、自分の身体の複数の貫通痕から流れ出ている事にも。遅れて全身の激痛に襲われる。
「ッ――!」
実際は3回ではなく、44回の過去改変が行われていた。ナイフと蹴りで防がれた2回を除いて、攻撃は42回、クレースに通っている。
モドリドリの能力は、仮想の運動エネルギーを伴った瞬間移動と解釈することもできる。リーダー個体はこの特性を存分に活かして、一瞬のうちに44パターンの攻撃の直撃の瞬間を続けざまに叩きこんだのだった。
気絶から帰ってきたリーダー個体がクレースを見下ろしていた。血だまりに倒れた彼女を。
――そんな。ランはコイツと張り合ってたのに。私は、私はランと、まだこんなに差が。
協会に五つあるハイクラスギルド。それを序列順に並べるなら、〝アタラクシア〟、〝がらんどう〟、そして三番手に〝ナンバーワン〟。それから、〝宵の明星〟、〝跳ねる死体運び〟と続く。
〝ナンバーワン〟は、ランもクレースもまだひよっこだった頃のギルド結成時に、せっかくなら一番のギルドを目指そうとランが付けた名前だ。そしてランは現在、最強の冒険者が誰かという議論になったとき、まず第一に名前が挙がる存在になった。けれど、ギルド〝ナンバーワン〟は未だ、一度たりとも最強のギルドと呼ばれたことがない。
——や、やだ、いやだ。お荷物はもう嫌なのに。もう庇われるのは嫌だって言いたいのに。私がダメなんだ。私がザコなせいで、いつまで経ってもザコな冒険者だから、ランはナンバーワンになれない。
リーダー個体は部屋から出て行った。彼らが求めるのは闘争。つまりもうクレースへの興味は失われた。
「ま、待ちなさい。私はまだ、戦える……わ、よ……」
クレースは拳を固めて地面に着くが、起き上がれはしなかった。
「く……そ……」
建物の入り口ホールにリーダー個体が出る。その時ちょうど、二人の人間が入り口から入ってきた。
「えーっ、リーダーいるじゃん。流石にリーダーなだけあって堂々としてんねえ」
「わお、ホントだ」
レーノとメイヤー、モドリドリのリーダー個体が対面する。
モルガンは先の二人の冒険者――剣士と弓手に預けられていた。三人はモンスターを回避しながらキャンプを移動して、姿を隠せそうな場所を探す。もうキャンプに生きた人間の姿はほとんど見えず、巨大生物が道を闊歩していた。
「わたくしモルガンと申します。お名前伺っても?」
初めに剣士、次に弓手が答える。
「私はジェルムン」
「俺はヘグです」
「ありがとうございます。ご迷惑おかけしますわ」
ジェルムンが答える。
「いや、救われた命だ。迷惑なんてことは無い」
ヘグが損傷の少ない小屋を遠くに発見した。三人はそこを目指す。
「一つお尋ねしてもよろしいかしら」
「ん? なんだ?」
「その、冒険者と言うのは、パーティーメンバーが死んでも引きずらないのかしら」
その疑問には目の前の二人のことと、レーノのことも含まれていた。ジェルムンとヘグは顔を見合わせる。
「そんなわけない……が、お嬢さんにはそう見えるのか。そうだな、確かにそうだろう」
「悲しんでない訳じゃないですよ。ただ、それを態度に出してちゃやっていけないんですよね」
「しかし薄情と取られたって仕方ないとも思う。お嬢さんはこうはなっちゃあいけないぞ」
「理解しましたわ。ありがとうございます。肝に銘じますわ」
三人は小屋に辿り着いた。小屋の前を徘徊する巨大カマキリの目を盗み、タイミングを見て三人とも素早く中へ入る。入ってすぐ、ジェルムンはモルガンの口を抑えた。モルガンは初め、力で敵わない男性に抑えられたことに恐怖したが、その感情は小屋の中の光景に一瞬にかき消された。
「――――!」
モルガンが悲鳴を上げるのをジェルムンは抑え切った。力強く囁く。
「悲鳴は上げるな! 外のカマキリにバレる……!」
陽も落ちて真っ暗になった部屋の中。ランプの明かりが揺らめいている。
そこではモドリドリが一羽たたずんでいた。それの足元には人間が一人。
彼は引きずり出された腸が床に伸びて、四肢もあらぬ方向に向いていた。しかしまだ辛うじて意識があるようで、か細い声で三人に声をかけた。
「あぁ、君、たち……。武器を置いて……投、降を……」
モルガンは感嘆した。
――この男性はわたくしたちの身を案じている。自分が命の危機に瀕しているというのに助けを求めもしない。そんな高尚な視座を持った彼は、一体何者。
モドリドリは三人の動向をジッと観察している。
ジェルムンは剣を鞘から持って外し、ゆっくりした動きで床に置いた。
「隊長」
「私たちの目的はモルガン譲を守ることだ。しかしランがここで倒れている以上、この鳥に私たちでは敵わない。ランの提案を試すしかない」
「了解」
隊長に続いてヘグも弓を床に置こうとするが、モルガンが腕を伸ばしてそれを止める。
「それでわたくしたちはこれから、目の前で人がじわじわと死んでいく様を、怯えながら眺めているとでも言うのかしら」
モルガンはカバンを投げ捨て銃を取り出した。構える。
「そこな殿方、ラン様でよろしかったかしら。あなた様はここで死ぬには惜しいお方」
「モルガン譲。ダメだやめろ。死ぬぞ」
「いいえ、殺し合いましょう。こんな鳥さん如き、ティーカップを傾けるよりも簡単に殺せなければ。わたくしの宿願にはほど遠いのですわ」
ジェルムンはモルガンの横顔に、異様な風格を見て取った。
——なんだこの冷静なまなざしは。既に命の危機をいくつも経験しているかのような。
モドリドリはモルガンを敵手とみなした。