第十二話 昇降機に集ったものたち (前編)
雨風吹きすさぶ激しい嵐の中、二人は昇降機の前まで辿り着いた。建物一つ分ほどの面積の、機械制御で上下に移動する、吹きさらしの金属のエレベーター。それは地上から数メートル上昇して水没を免れていた。昇降機の床には意識なく倒れたベルカの姿が一つあるが、それよりも目を引くのはその傍の巨大なモンスター。巨大にして、奇怪な姿のモンスターがいる。
元は蛇なのだろう、しかも相当な大蛇。水面から胸より上を出して昇降機を見下ろしている。胸――そう、胸。その蛇は首と身体の接続部が、延長した身体のように形成された水の塊で繋がれていた。しかもそれからは人の腕のようなものが二本伸びていた。当然その水でできた腕も巨大で、振り下ろしたなら人間を数人はべしゃんこにできる。
最も奇怪だったのは、大蛇はその腕をでたらめに振り回して、虚空に攻撃していたのだ。ときおり昇降機に直接攻撃を加える。しかしそうしたならば、その腕は途中で切断されてそこから先は蒸発する。腕は雨を吸ってまた生えてくるが、何度やっても攻撃は昇降機の制御盤には到達しない。
「あああ、ウザいウザいウザいウザいウザいウザい! 人間ごときがああああああ!」
タタン、と。レーノとモルガンが昇降機に降り立つ。雨が鉄板に音を立てて跳ねている。モルガンはスーの顔を見上げる。
「意外と小者っぽい発言をしますのね」
昇降機からスーを見ると、目前に水の塊の胸があり、その上に頭が乗っている。
「言われてみればコイツ元から、つまんない上下関係にばっかり煩い小者だったなあ」
スーは言葉の主に目を向ける。
「……その声、レーノか。お前、散々私に協力させた借りはないのか」
「でもお前さ、貢物無しだと何も協力してくれなかったし、それは恩とは言わないんじゃないのお?」
「お前、だと? 不敬な」
スーがレーノに水の腕を勢いよく振り下ろすが、その腕も、これまでの攻撃と同様に途中で切断された。スーは苛立ちに熱い息を吐く。
景色が歪み、ネクスィが現れた。スーのいる方から二人の方へジャンプしてきて、床の凹みに剣先を引っ掛けてブレーキをかけると、反転してスーの方へ身体を向けた。キャップはどこかに吹き飛び、濡れた前髪が左目を隠している。機械仕掛けの大剣が熱を放つ。
ネクスィは額を拭いながら二人を覗き込んだ。
「〝彫刻家〟のレーノさん……と、あ、あなたは誰……!?」
「モルガンですわ、初めまして」
「ネクスィ、よく耐えたね。後は任せて——」
「まだ戦えるから。戦わせてください」
レーノの言葉をネクスィは途中で遮った。
「これは僕たちの責任。この昇降機を守るのは、僕たちの仕事なので。それに、こんな蛇ごときに負けていちゃあ、僕たちはいつまで経っても、一番の景色をランに見せてあげられないから……!」
「お、その発言はレーノ様ポイント高そうですわね」
——レーノの行動原理は「責任」っぽいですから。
「な、なにそれ? まあ確かに俺は今のセリフ好きだけどお」
「ふふ、やっぱりそうでしたわね。ちなみにモルガンポイントも高いですわ」
——モルガンは好きだろうね。ランのことを気に入ってたらしいし、「気高さ」とか「懸命さ」みたいなのを評価してんのかな。
「あ、ありがとうございます……?」
右腕を再生し終わったスーが再びレーノを見下ろす。
「そうか……レーノか。ああ、なんだか冷静になってきた。フフ。フフフフフフフ」
「そうは見えませんけれど」
「ネクスィ、これは首を飛ばせば死ぬかなあ?」
「それはきっとそうです。今のスーは、元のスーとは違う。体を切り離された後の頭が、もしくは体が、本能的に無理やり繋いで個を形作ってる。脳が死にそうになったところを、ギリギリで繋いだんです。だから、流石にもう一度切り飛ばしたら死んでくれる……と、思いたい!」
「よーし分かった」
レーノはスーの胸に弾丸を打ち込んだ。大爆発が起こって、スーの胸だったところには間違いなく空洞ができた。しかし雨を吸収してすぐに塞がってしまう。
「フ、フフ。効かないわよ」
「効かないじゃあん……」
「そ、それはそうですね……。あそこは再生が早いというか、この大雨と一体化しているような印象です。だから切り飛ばすなら、元の蛇の身体のところを」
スーが水中から尻尾を上げてきて三人に攻撃する。レーノが〝創造〟を発動すると、足元から高速で足場がせりあがってきて、空中に跳ねた三人は攻撃を回避した。
追撃に水の腕が横に振られる。ネクスィは剣でガードする。レーノがモルガンの手を握る。
「重くして!」
モルガンは言われた通りとっさに体を重くして、素早く落下し攻撃を回避した。
「次は軽く!」
「分かりましたわ!」
二人はふわりと軽く着地する。
「やるじゃーん慣れてきたね」
「恐縮ですわ」
ネクスィもドシンと降りてくる。彼の身体は限界に近く、剣の重さに重心を崩しそうになっていた。
「ッ……すみません。こっちからも攻撃しましょう」
「とはいっても、首はかなり太いですわよ。元々どうやって切り飛ばしたのかしら」
「僕とベルカの二人で、この剣を二つ並べて挟むようにして切断したんです。それなら長さが足りたので」
「ベルカさんはあっちで倒れてる方ですわね? 回復するまで耐えられるかしら」
「モルガンさん、俺がスーを止めるからベルカのブレードを使えるようになってきて。多分それが一番早いや」
モルガンはポカンとしてレーノを見る。
「……はえー? 無茶ぶりですわー?」
「もう遠慮なく頼らせてもらうから、よろしくね」
レーノはモルガンに笑いかけた。ネクスィがモルガンの手を取って〝認識〟の効果をかけた。二人と、遅れてベルカの姿も、景色に溶け込み見えなくなる。
スーとレーノにはお互いしか認識できなくなった。見つめ合って数秒、スーが口を開く。
「冷静に考えたら、フフ、呪いを治療してる精神医療者を殺しに行った方がいいのかしらね」
「うわ、気付いてた? それをされたら困るなあ」
「まさか、そんな野暮なことをこの私がするとでも?」
「へええ。ゲーマー精神がここまで筋金入りだとは正直思ってなかったな。ある意味見直したよ」
スーの細い舌が、興奮から激しく出入りしている。
「フフフフフ。そうね自分でも驚いているわ。どうやら私は自分の命がかかっていても、こういう勝負には乗る性格みたい」
スーは両腕を広げた。
「勝利条件が明らかになってきたわね」
その横幅は20メートル以上ある。
「私の勝利条件は、あの子が大剣を使えるようになる前にあなたを殺すこと」
レーノはゴーグルを装着する。
「俺の勝利条件は、それまで耐えて凌ぐこと」
「そうしたら精神医療の使い手を殺しに行くわ」
「もしくはお前を倒してしまうこと」
「人間ごときが大きな口を叩くわね」
「蛇風情が口を効くなんて生意気じゃん」
両者、口角を上げる。




