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第十一話 立ち止まってはいられない (後編)

 カスカルがモルガンに付け加える。


「スーはエリアの水没が進むにつれその移動速度を上げてるっす。水場が得意なのもあるでしょうし、〝水〟のエーテルが効いてるってのもあると思うっす。もう一、二分もあれば昇降機に辿り着く。これが一つ目のタイムリミット。そして二つ目のタイムリミット、俺のエーテルの限界っすけど、これは実はもう過ぎてるっす。今は秘蔵の二つ目のエーテル石を使ってたんすけど、それすら凄まじいスピードで減ってる。もってあと五分」


 豪雨は際限なく強まり、雨粒は樹皮すら削り取れるほどの重さになっている。

 クレースの髪は雨に負けて真っ直ぐ下りている。その声は絶叫寸前。


「このままだと一億パーセント間に合わないわよ! どうするのレーノ!」


 頭を抱えていたレーノは、遂に顔を上げた。


「じゃあ、俺一人でスーと決着をつけて来るよ」

「えっ?」


 レーノの傍に黒い液状の塊が浮かび上がった。それはすぐに巨大な鷹の形をとる。それは雨にも負けず力強く羽ばたいて木上に留まった。


「俺はコイツに捕まって空を飛べる。それでこの森を突っ切って、昇降機へ向かうんだ」

「はあ!? アンタ一人が行って何になるって言うのよ!」

「この大きさの自立する生き物は同時に何個も創れなくてさあ。仕方ないんだよねえ」

「レーノさん、モルガナっちはどうするつもりっすか」

「任せていーい?」

「俺は構わないっすけどね?」


 カスカルはモルガンに目を遣った。レーノも視線を追う。

 モルガンは、レーノの見たことのない、失望の表情を浮かべていた。どしゃりと降りてくる。


「一人で死にに行くと言いますの?」


 モルガンの見るレーノの顔には、諦観と自嘲の混じった嫌な笑みが浮かんでいた。


「うん。そうだよ。モルガナさんを危険にはさせられないからさあ」


 モルガンはメイヤーの涙の願いを思い出した。


「わたくしを免罪符に死地へ向かおうとしないでくれます? そんな選択をさせるために依頼をしたわけではありませんわ」

「いやー違う違うって。勝つよ俺は」

「カスカル様、勝てる見込みは?」

「無いっすねえ」

「結局負けるならば、わたくしも死ぬことになるのですわよ、レーノ様」


 レーノは痛いところを突かれた。


「うっそれは……」

「冷静に考えれば、木の上を突っ切れるわたくしを連れて行かない理由がありません」


 クレースが眉間に皺を寄せた。


「えっ? 私たちみんなで行こうって話じゃないの!?」

「一人でも着いてった方が勝率は上がる。そりゃそうっす」

「でっでもそれはモルガンさんの安全が——」

「昇降機に向かう人間がスーに負ければ、どうせこっちに残ったって死ぬんすから」

「置いていくと言ったって、着いていきますわよ」


 レーノは少しのあいだ脇を睨んでいたが、遂に大きな息をついてぼやいた。


「あーあ、くそう。もう。何が護衛任務だよ。危険に晒してばっかりじゃんかあ……」

「依頼の日、わたくしが言ったことを覚えてらっしゃいます?」

「な……なにい? なんのこと?」

「『一蓮托生』、ですわよ」

「なっ……」


 笑うモルガンに、レーノは何も言い返せなかった。頭をガリガリと掻いてから、濡れた前髪をザっと上に上げる。


「……ああもう分かった、分かったよ! じゃあ行こう!」

「時間も差し迫っていますものね。ではお二方、お先に失礼いたしますわ」

「幸運を祈ってるっすー」

「ぜ、絶対に負けんじゃないわよ!」


 レーノは巨大な鉄鷹の足を掴んで、モルガンは枝葉を蹴って、二人で木上へと姿を消した。





 雨に揺られながら飛ぶレーノと、木上を跳ねるモルガン。二人の前方数キロ先には、そり経つ岸壁と、そこに縦に伸びた昇降機のレールが見えていた。


 レーノが隣に目をやると、モルガンは真剣な表情でただまっすぐ前を見つめていた。エーテル石への意識に集中している。激しい雨にも慣れたのか、全身が水浸しでもまったく気にしていない。雨水が横顔を流れ続けている。


 ——なんだかこの子……妙に場慣れしてない? クレースですらあんなに取り乱してたのに、モルガンさんはずっと冷静だ。パニックになったっておかしくないのに。モルガンさん……どんな人生を送ってきたんだろう。ただの貴族だとは到底思えないんだけど。


 加速する景色の中、レーノは尋ねた。


「モルガンさんってさあ、何か隠し事してるう?」

「へえっ?」


 モルガンの真剣な表情は途端に崩れた。かなり強く困惑している。


「なんだか妙なところがあるしさあ。ただのお嬢様ではななかったりしそうだなって」

「い、いまその話ですの? 今マジで余裕ないからその話をしたら絶対にヘマを出しますわ。ですからわたくし、今そのお話は絶対にしませんわ」

「あ、そ、そう……」


 数秒の沈黙。


「でもなんか、あんまり聞いてないなあと思ったんだよ、モルガンさんのお話。なんで第六キャンプを目指してるのかすら知らないもん、俺」


 モルガンは息を切らしながら笑って答えた。


「そ、そりゃあまだ、出会って数日ですから、当然だと思いますわよ。というかそれを言うなら——」


 モルガンはレーノにびしょびしょの顔を向けた。。


「レーノ様の話だって全然聞いていませんわ。まあ聞きづらくて聞いてないわたくしが悪いのかもしれませんけれど」

「ああー、確かに俺はあんまり自分の話をするつもりはなかったし、そっか、そういう感じかあ。気にせず聞いてくれていいのにい」

「そうは言われてもですわよ……。ともかくわたくしに関しては、いつか——というか、最後には。自分の身の上を話させていただくつもりですわ」


「最後って?」

「最後ったら最後ですわね」


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