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第十一話 立ち止まってはいられない (前編)

 沼から噴き出た水柱は、第二エリアどころか街からも観測できる高さに噴き出ていた。


 そしてそれは、止まらない。止まらず、周囲に泥交じりの雨を降らし始める。





 モルガンは泥の雨が目に入らないように片手をかざしながら水柱を見上げた。


「レーノ様、あれは何かしら?」

「い、いや、知らない。何だろうねアレ」

「噴水ショーっすかね?」

「それなら音楽が欲しいところですけれど」


「こらアンタ! スーのとこはどうなったのよ、分かるんでしょ!?」

「それはおそらく双子が勝ったっすね。けど変だな。スーの精神活動が終了していない。どころかなんか、楽し気と言うか、やけっぱちみたいな感じ?」

「スーが……やけっぱち……?」

「蛇にもティーンエイジャーみたいな時期があるのかしら?」

「少なくとも今スーが体験しているのが甘酸っぱい恋愛ってことはなさそうっすよ」

「アンタたちよくそんな平和なやり取りが出来るわね……!」


 レーノは雨に打たれながら呆然としている。


「スーは第六エリアのさらに奥の経験を語る存在だよ? それがやけになったら、一体どうなるっての……?」


 雨は弱まる気配を見せず、次第にその勢いを強くしていく。バタバタと鳴っていた雨音が、次第にドドドと低い音に代わっていく。


 大きな雨粒がクレースの頭を打った。ガクリと倒れる。

 モルガンが咄嗟に肩を支えた。


「クレースさん、大丈夫ですの!?」

「ああ、なんか、ランのことが頭に浮かぶ……」

「こんなときに恋?」

「違うわよぉ。これ、この雨は……おいカスカル……」


 先に気付いたのはレーノ。エーテル石を掴み地面に手を付いた。鉄製の巨大なキノコが急速に成長し、四人をその傘に包む。傘を突く雨がガンガンと激しい音を立てる。


「——!! えっマジっすか!?」


 遅れてカスカルも杖を地面につきエーテル石を光らせた。彼らの足元に、記号と文様で構成された桃色の円陣が展開される。


「この雨、〝呪い〟が込められてるみたいだねえ。そんなことが可能なんだ……本当に知らない技使うじゃん……」


 カスカルが作った円陣の効果によって四人の精神は安定している。それでもなお、雨に込められた〝呪い〟からクレースが復帰するのには数秒以上の時間がかかった。モルガンがクレースを介抱している。


「レーノさん、モルガンっちをこの雨から防ぎながら移動できるっすか」

「この雨があの間欠泉の近くにだけ降るものならそれも可能だけどお……」


 レーノが右の手首を胸の前で回すと、キノコの傘が透明なガラスとなった。四人が空を見上げれば、深い灰色の雨雲が見え、それは空を埋めるように広がりつつある。


「この雨の範囲は広がりつつあるみたいだからあ……」

「となると逃げるよりは、っすか」

「うん、倒しに行くしかない。カスカル、スーがどこにいるか分かる?」

「移動してるっす。そっすねこれは、昇降機の方へ」


 カスカルの杖の先端近くに埋め込まれたエーテル石、その桃色の内容量は、急速に減りつつある。





 降り続く豪雨。広がる暗雲に陽の光は奪われ、ジャングルは暗くなっていく。


 壮年の冒険者が隊長を務めるパーティーは間欠泉の傍まで辿り着いたが、そこは既に沼の大きさをはるかに越え、巨大な湖へと変化し始めていた。

 隊長の指示でメンバーそれぞれが辺りに浮かぶ他の冒険者を救出する。


「双子の姿はありませんでした!」

「そうか、しょうがない。もうここにはいられない。この湖は〝呪い〟に浸された猛毒だ。すぐに撤退するぞ! カスカルに出来る限り負担をかけないよう、それぞれは用意していた薬を飲むんだ!」


 気を失った冒険者を背負って移動しながら、バケツをひっくり返したような雨に打たれ続ける。足元には土が吸いきれない雨水が溜まり、水たまりを作り始めていた。足が沈む。


 前と後ろに一人ずつ抱えた隊長は息が上がり始めた。


「はあ、はあ……この水浸しとぬかるみの地面は、体力を奪っていくな……。呪いの雨だけでも脅威なのに、時間が経つにつれそれから逃げづらくなっていく。二段構えの攻撃か」


 暗い森に重い雨が降り続いている。

 隊長はパーティーに振り返って声をかけ、全員の無事を確認した。メンバーの一人が隊長に叫ぶようにして提案する。


「リーダー! 足元一体がこれほどに雨水で浸されてるなら! そりのようなものを用意して水に浮かべ、それに負傷者を乗せた方がいいんじゃないか!?」


 もう大声でないと意思疎通すらままならない。


「いいアイデアだ! 他の者も、それが手持ちの荷物かエーテルで用意できるならそうしろ! 一分だけ足を止める!」


 彼らは負傷者らを地面に座らせて作業を始めた。しかしその矢先、メンバーの一人が悲鳴を上げた。


「グ、アアアア!!」

「なんだ、どうした!?」

「喰われたあああ! 俺の、俺の足があああ!」

「隊長、マズい! 足元の水浸しに魚の影がある! 血の匂いが広がると、ピラニアが集まってくるぞ!」


 隊長は驚きを通り越して唖然としてしまった。


 ――あまりにも基本的で、根本的な事を忘れていた。この雨は二段構えどころではない。


「河が氾濫しているのか」





 レーノたちは、水を吸って巨大化したスライムを総出で倒したところだった。全員、もはや汚れなど気にして居られない程に泥水を浴びている。


 水かさは既に腿まで上がっている。モルガンは冠水を避けるために、〝重さ〟のエーテル石で自分の身体を軽くして木の幹を蹴り、跳ねながら移動していた。

 他の三人は依然バシャバシャと水を蹴り上げなければ移動できない。

 ゴオゴオと鳴る雨音に負けないよう、モルガンはできる限り声を張った。


「レーノ様! このエリアは、高地と低地で構成されていますのよね!? 初めに高い台地があって、うねる大河がそれを削ってできたエリアでしたわね!!?」


 レーノの返す声には焦りの色が如実に表れていた。


「くっ……そう! それで違いない!」


 足元が浸かっている以上、もう〝呪い〟の水を避けると言ったアプローチは無意味と化した。カスカルのエーテルが尽きないうちに、この水から逃れなければならない。


「なら、この収まらない水は低地に溜まっていくという解釈でよろしくて!?」





 隊長は鬼気迫る様子でパーティーに指示を出した。


「全員、今すぐ急いで昇降機を目指せ!! どうしようもなければ負傷者は置いていけ! ともかく急ぐんだ!! このエリアはすぐに——水没するぞ!!」





「つまりスー様が昇降機を目指す理由は!! それの破壊によるわたくしたちの一網打尽ですわ!!」


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