第八話 熱狂のフロア
第二キャンプ、それは砦のような大きな建造物一つのことを差す。崖の上に建設されたその石造りの施設は百人近くの人間を収容することが出来る。初めは昇降機を管理するためだけの施設だったが、次第に増築が繰り返されていったのであった。
奥のエリアから一週間ぶりに戻ってきた壮年の冒険者が、若い冒険者から〝がらんどう〟の訃報を聞いている。
「それは本当か。〝がらんどう〟がいなくなったら誰がこの砦を守るんだ」
「ゴミ箱も溢れかえってますよ」
「それは誰かがやればいいだろ……」
「一応、〝ナンバーワン〟の双子が数日前からいます」
「〝ナンバーワン〟なのにランじゃないのか。それは少し不安だな」
「はい。スライム雇った方がマシかもです」
若い冒険者が自分の発言に笑っていたところ、二人の視界が突然に歪んだ。廊下を進んでいた二人は驚いて立ち止まる。
廊下の中心の景色がうねり、色が混じって最後には黒色へ。黒髪にシャカシャカした防水服の女が一人、歪みの収束と共に現れた。若い冒険者は息を飲む。
「ベ、ベルカ……!」
双子の片割れ、ベルカはフードの紐を弄りながら二人に険しい目線を向けた。そのおさげには深紅のリボンが編み込まれている。ギリリと歯を軋ませて。
「よくもまあ言いたい放題してくれやがって。ランじゃなきゃあ安心できない? そういうお前らは私たちより強いのかよ。舐めてんだよなあ? なあ殺そうか、殺してやるぞテメエら」
壮年の冒険者が前に出た。
「そう受け取らせたのならすまなかった。謝ろう。だが私たちは決して君たちの実力を見誤っているわけではない。〝がらんどう〟に比べて〝ナンバーワン〟が劣るのは事実だ。私たちは弱いからな。少しでも差があると、不安になってしまうんだ。どうか凡百の冒険者の戯言と思って、聞き流してくれないか」
ベルカはフードの紐を弄るのを止めて、彼の言葉を頭の中で回す。熱が冷めていく。
「……まあ、許してやる。別に最初から殺すつもりなんてない。冒険者殺しは絶対のご法度だからな。ただちょっとあまりにも図星すぎる事を言われてカチンと来ただけだ。冷静になったよ、世話かけたなおじさん。それと、おじさんも、そっちのも。決して弱くはない。卑下させてすまなかった」
「構わない。こちらも配慮が足りていなかった」
「い、いやすいません自分も……」
「テメエは本当にな」
ベルカは呆れて笑っていたが、最後にあっと思い出す。
「そういえば本題はそんなことじゃないんだった。二人とも、砦の外の広場に集まってくれ。二人が最後だ」
ベルカは返事を待たずに風景に溶け込んで姿を消した。二人は困惑しながら広場へ向かう。
広場には現在第二キャンプにいる冒険者、総勢三十人が揃っていた。
人が揃ったのを見て、用意された演説台に一人の男が上がる。
冒険者にはポピュラーなポケットの多いジャケット。頭にはライト付きのキャップ。長めの黒い髪が肩に付く。美形なのもあって、初見では性別を見抜けない人間も多い。流した前髪には翡翠色のリボンが編み込まれている。
「えー、みなさん、お集まりいただきありがとうございます。第二キャンプの今後について不安な方も多いと思うので、説明の機会をと思い集合していただきました」
男はできる限り低い声を作って厳粛な空気を出そうとしている。それでもかなり幼く聞こえるのだが。
「ヒュー! ネクスィちゃん今日も可愛いぞー!」
「我らがアイドルー! 第二キャンプが大人気になっちゃうなあ!」
「ネクスィくんこっち向いてー!」
一部の冒険者らが男の——ネクスィの努力に茶々を入れていた。
「ちょ、ちょっと! 静かにしてください!」
「キャップが逆だよネクスィちゃーん!」
「えっ!?」
「期待を裏切らないかわいさだぜ……」
ネクスィは慌ててキャップを直す。
「えーと、みなさん、真面目に聞いてください。今日は重要な話を……って、今度は紐がひっかかっちゃってる?」
会場は笑いに包まれたが——。
「あの!! 本当に大事な話をするんです!!」
ネクスィがキャップを足元に投げつける音を聞いて、一気に静かになった。ネクスィはため息をついて話し始める。
「先日、〝がらんどう〟が壊滅しました。このエリアは元々〝がらんどう〟のシマで、このキャンプの防衛も〝がらんどう〟に頼っているところが大きかったです。僕とベルカの二人は、その代わりを務めるよう協会に指示されてやってきました。これは僕たちがそのとき協会にいたから偶然に頼まれただけでしたが、きっとしばらくは僕たちが〝がらんどう〟の代わりをこなすことになるでしょう」
冒険者たちはざわつく。それは先の冒険者二人が思ったような不安にみな思い至ったからである。双子が有象無象の冒険者と比べればかなり強いのは事実だが、〝がらんどう〟のメンバーには大きく劣る。とても代わりを期待することはできない。
壮年の冒険者は加えて思う。
――それに何より、〝がらんどう〟がこのエリアを支配できていたのには力とは別の大きな理由が一つあった。それは〝がらんどう〟だけにできたこと。
「みなさんの不安は分かります。戦力は抜きにしても、大蛇スーとコミュニケーションをとれたのは〝がらんどう〟だけ。彼らがいなくなった今、あの気分屋の大蛇がどんな行動をとるかは到底分かりません。そして、僕たちではアレに襲われたら抵抗の余地はないでしょう」
一人の冒険者が声を上げる。
「じ、じゃあどうするんだよ!」
「そうですね。僕たちは成り行きでここに来ましたが、任命された以上、使命感のようなものも多少は感じています。真剣に、この問題に付き合いたいと思います。ゆえに——」
ネクスィは息を吸った。
「僕たちは!! 大蛇スーに奇襲を仕掛けて、その首を獲ります!!」
冒険者たちは困惑した。スーは〝がらんどう〟が、まだ若かったころとはいえ、全力をかけて戦いそれでもなお互角だった相手だ。ここに偶然居合わせたような準備の無い者たちで歯が立つわけがない。
ネクスィの隣の風景が歪み、ベルカが現れる。ネクスィに代わって前に出る。
「野郎ども! たまには冒険してみねぇか!? テメェら何のために冒険者になったんだ! 危険を冒してこその冒険者じゃねえのかよ! テメェらが真にスリルジャンキーなら、その身体は興奮に打ち震えてるはずだ! 〝がらんどう〟の無鉄砲のソウルがテメェらには受け継がれてねえのか!? やつらの背中を見て、お前らは何の憧れも感じたことはねえってのか!!」
若い冒険者たちはベルカの言葉に影響を受けている。
「そ、そうだ! 〝がらんどう〟ならきっとここで足がすくみはしない!」
「ここで止まってちゃあ俺たち、いつまで経ってもハイクラスには追いつけないぞ!」
彼らをよそに、重い表情をした壮年の冒険者が前に出た。
「なあ二人とも! 悪いが俺にはもう情熱もロマンも何もない! 街には妻も息子もいる。打算でしか動けなくなっちまったんだ! こんな俺にも、この話に乗らせてくれる動機は無いのか!?」
「ご安心を。協会に掛け合って、スーには既に懸賞金が掛かっています。その額は三億です」
それは冒険者が一生かけて稼ぐ金額だった。ここにいる全員で分けても余りある。
「……乗った。俺はこの話に乗るぞ。やるぞお前ら。やるぞ! やるぞおおおおお!!」
「うおおおおおお!!」
壮年の冒険者に続いて他の者も声を上げる。
ベルカは肩をすくめてぼやいた。
「締めを取られちまったな」
「いいや、ここで慕われている彼にやってもらえたのは幸運だったよ」




