第六話 追跡者メイヤー
メイヤーは事態の報告に一旦街へ戻った。森の枝間を跳ねて高速で移動する。
途中ふと、レーノとの武器市場でのやり取りを思い出した。
メイヤーはレーノに、〝がらんどう〟を襲ったモンスターがどんなものだったのかを尋ねたのだった——。
レーノは照れくさそうに頭を掻きながら答えた。
「それが、覚えてないんだあ」
「覚えてない?」
レーノは、自分たちのギルドを襲ったモンスターの姿を覚えていなかった。
「〝記憶〟のエーテルのような能力を持ってるか、もしくは実際にエーテル石の現物を所有しているモンスターなんだろうねえ。襲われた事は覚えてるのに、その戦闘の内容は全く覚えてないんだよ。皆殺しにされた光景は記憶にあるから、敗北したのは間違いないんだけどさ。実は、自分がどうやって〝二の森〟まで帰ってきたのかも実はよく覚えてないんだよねえ」
「〝死体運び〟があなたたちの死体を発見してるから、事実そのものは疑ってないよ。記憶の欠落は〝再生〟みたいなエーテルの副作用じゃなくて?」
「違うと思う。記憶がごっそりなくなる感じじゃない。記憶の中で、その敵の姿だけ、ぼやけてるんだあ」
メイヤーは事変があった翌日の昼過ぎにはモッカに第一キャンプの事態を報告し終えた。
「報告ご苦労。事態の収拾に寄与してくれたこと、感謝する」
「いえいえ! 私たちの業務内容の一つですから!」
「ただこの、報告書にあるモルガンと言うのはどこのギルドの者だ? 新入りか?」
——ん?
メイヤーは眉をひそめて答える。
「え、それは当然、モルガンお嬢様のことですよ。モッカさんも名乗りを聞いてたじゃないですか。ほらえっと、モルガン・フォン・ジェリア。レーノが護衛を引き受けた女の子」
「レーノのやる気を引き出した人間がいたのは覚えているが、そんな名前だったか。すまない、きっと私はその名前は聞いていなかったんだ」
メイヤーの声に力が入る。
「いやいや、絶対に聞いていましたよ。凄く印象的な名乗りだったし覚えてますって」
「モルガン・フォン・ジェリア……そういう料理の名前じゃあなく?」
「そういうお洒落な料理ではないです!」
モッカは資料棚に手をかけた。
「もしくは君が聞き間違えたんじゃないか? お嬢様だったんだろう? ならジェリア家というのはあり得ない」
「な、なぜ?」
「ジェリアの治めた王国は五十年前に無くなっているからだ」
「五十年前? と、というと……まさか!?」
「ああ、五十年前に東の果てで起こった『大崩落』、それに国土の七割を飲まれてな。王族の末裔であっても、今はもう没落していることだろう」
西端から二つの海と二つの大陸を越えた先にある東端。世界を織りなす熱が平坦になっていき、やがて色を失った地面は虚空に崩れ落ちる。
ごくごく僅かに進行するはずのそれは、しかし気まぐれに『大崩落』と呼ばれる、文字通りの大規模な崩落を起こしていた。
メイヤーはそれから、この街におけるモルガンの痕跡を可能な限りを集めた。しかしモルガンの実在がどうにも証明されない。彼女が泊まったと思われる宿の主も、誰か女性が泊まっていたという記憶しかなく、ドレスの気配すら覚えていない。受付嬢は資料を見ると依頼の概要は思い出せるが、そこに書かれている名前を見ても風貌が浮かばない。
三日目、遂にメイヤーはモルガンの居た痕跡を見つけることが出来た。なぜなら偽札で捕まった少年が、その金はレーノと一緒にいた女から盗ったと証言したからだ。その少年も、その女の風貌を思い出せない。女から盗ったという事実だけしか記憶していない。
近くの共和国で発行され、多くの地域で信頼されているその紙幣は、特定の光で照らすと透かしが浮かび上がるはずだった。
「透かしが入ってない。これも、これも、これも」
メイヤーの机には大量の偽札が広がっている。
「本当にジェリア家ならお嬢様ってのはウソ。使っていた大金も全て偽札。あの子、お嬢様なんかじゃない! 出会った人間は全て記憶から彼女のことが消えている。いや、消している! エーテルの適性は〝熱〟と〝重さ〟だけじゃない。〝記憶〟もだ! えーと……えーっと! クソ!」
拳を叩きつけて、机に刻んだ名前を読み上げる。
「モルガン! モルガン・フォン・ジェリア。モルガン・フォン・ジェリア!!」
メイヤーは頭を抱えた。
「な、なに!? なんなの!? 嘘で塗り固められたあなたは、どうして誰の記憶にも残らないよう徹底しているの!? なんで、なんで西の果てを目指そうとしているの!?」
——それに、〝記憶〟のエーテル適性を隠していたこと。レーノたち〝がらんどう〟を襲ったのは記憶を奪う存在。偶然と切り捨てるにはタイミングが良すぎる……!
メイヤーは不安に身をつまされながら、エーテル石を掴んで立ち上がった。
「レーノたちはどこまで行ってる!? ともかく追いつかなきゃ!」




