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8話 中央医務室の騒々しい一日

 ――翌朝。

 いつものように登城した私は落ち着かない気持ちで廊下を足早で歩いていた。なぜなら周囲からの視線が気になるからだ。通り過ぎる人々がちらっとこちらを見ては目を丸くしている。ヒソヒソとこちらを見ながら話している人達もいる。

 やっぱりおかしいのかな。

 昨晩アメリア姉様に前髪を切ってもらった私は、どうせならと髪型も変えてみることにした。と言っても、いつもは何もしていない肩まで伸びた髪を両側から編み込んでハーフアップにしただけなんだけど……。おかげで顔はすっきり見えるだろう。普通の貴族令嬢みたいにまめに手入れをした豊かで長い髪ならもっとアレンジ可能だったのに、とアメリア姉様は少し残念そうだったけれど。


「中央医務室か……、あそこは人が多いんだよね。どうして今日にかぎって」


 ブツブツと呟きながら私は城の廊下を歩いていた。

 魔法薬学研究室へ顔を出したら、今日は欠勤が出たため中央医務室での勤務を命じられたのだ。研究室や北の医務室だったらほとんど人の出入りがないけれど、中央医務室は騎士団の練習場が近いし、大きな会議場や広場もあるため常に忙しいし人が多いのだ。

 根暗は人の視線が苦手なのだ。

 だけど昨日のアメリア姉様の言葉を思い出す。

 必要以上に自分を卑下するのはウィル様にも姉様にも家族にも失礼。

 うん、私は別に変じゃない。

 ……変じゃない、はず。

 覚悟を決めて私は中央医務室への扉を開けた。



「ハーディングさん、捻挫の患者さんにヒールと痛み止めの薬を。それが終わったら薬草棚の1番と2番の補充をお願いします」

「は、はい!」

「すいませーん、めまいがするという女性が……」

「あ、こ、こちらに寝かせてあげてください。安静に……」

「すいません~。こちらの子爵様がぎっくり腰を」

「あいたたたたた!?」

「ゆっくり、ゆっくりこちらのベッドへどうぞ」


 バタバタと人が目まぐるしく行ったり来たり。普段は医務室勤務でもほとんど誰も来ない北の医務室にいる私には目が回りそうだ。

 これ以上注目されたくないな……なんて考えていたけれど、そんな私の自意識過剰は杞憂に終わった。普通にそれどころじゃないのだ。今日は騎士団の練習試合と貴族達の会議が重なっていつもより患者が多いみたいだ。

 最初は周囲を気にして緊張していた私も次第に髪型のことなんか忘れて仕事に集中していた。


「そこの魔法薬師、軟膏を貰えるか?」


 ちょうど薬草類を補充しようとしていた私に入口から声がかかった。振り返った私は驚きで一瞬固まってしまった。


「レ、レナルド殿下……! どうされましたか?」


 そこにいたのはラザフォード王国の第一王子、レナルド殿下だったからだ。

 薄い栗色の長い髪を1つにまとめた赤い瞳が印象的な背の高い男性だ。どうして彼がこんなところに。式典などで遠くからしか眺めたことがない人が目の前にいるのは不思議な気分だ。


「……騎士団の練習試合で負傷したんだ」

「わかりました、少々お待ちくださいませ」


 慌ててやって来た私の言葉に少し面倒くさそうにレナルド殿下が答える。

 傷口を消毒して、丁寧に軟膏を塗る。それから傷の治りが早まるようにヒールの魔法を唱えた。


「……これで痛みは引いたと思います。あとはこちらの軟膏を一日に何度か」

「お前、もしかしてステラ・ハーディング嬢じゃないか?」

「は、はい?」


 集中して治療していた私をいつのまにかレナルド殿下がじっと赤い目で見つめていた。

 な、なぜ私の名前を。

 もしかして、と私は嫌な予感がした。

 私の予感が的中したのかレナルド殿下が面白そうに覗き込んでくる。


「そうかお前があのウィルの婚約者か。令嬢だてらに魔法薬師として城勤めしている変わり者と……なるほどなあ」


 人を品定めするような視線ですごく居心地が悪い。

 レナルド殿下は騎士団に所属しているから当然ウィル様とも知り合いなのだろう。

 そしてその時、ぼそりと小さな声でレナルド殿下が呟いた。


「どこがいいんだ?」


 聞こえてますが……!

 唖然としている私を馬鹿にしたように笑ったレナルド殿下が立ち上がる。


「なるほど、ウィルもずいぶんとおもしろい趣味をしているようだな。魔法薬師としての腕は悪くないようだがな。それでは」


 結局私が一言も発する間もなく、軟膏を持ってレナルド殿下は医務室から去っていった。

 ど、どこがいいんだって、私が聞きたいですよ!



 ようやく人の波が落ち着いた頃、私は小さくため息をついて片づけをしていた。

 レナルド殿下の言葉は正直ムカッとしたけれど、彼の言うこともわからないではない。やっぱり少し自意識過剰だったみたいだ。髪型をちょっと変えたくらいじゃ何も変わらないよね。


「ステラ! ここにいるなんて珍しいな」

「セオドア兄様」

「やあ、君がセオドアの妹かい?」

「え!?」


 医務室に声の大きな騒々しい患者がやって来たなと思ったらセオドア兄様だった。そして背の高い彼の陰から栗色の髪の優しそうな青年が顔を出した。

 第二王子のジェレミー殿下!?


「ジェレミー殿下、ごきげんよう。えっと、今日は……」

「ああ、セオドアが入口から君の姿が見えたから入って行っちゃって」

「兄様……」

「城でお前に会うのは珍しいからな」


 セオドア兄様は騎士団に所属しているから研究室や北の医務室はほとんど来ることがない。妙に嬉しそうなのは何なんだ。


「今日は中央医務室の人手が足りなくって」

「そうだったのか。……ん? なんだ、よく見ると髪型がいつもと違うな。どうしたんだ?」

「え? ああ、はい。少し気分を変えようかと」

「そうなんだ。とても可愛いね。似合ってるよ」

「……あ、ありがとうございます」


 兄様気づくのが遅い。朝食の時にはこの髪型たったんですけど。

 それにしてもジェレミー殿下に優しい青い瞳で微笑まれて私は思わずどきりとしてしまった。レナルド殿下と全然違うなあ。褒められるとそれはそれで落ち着かない。

 セオドア兄様とジェレミー殿下、そしてウィル様は騎士学校と騎士団で同期なのだった。セオドア兄様はいずれジェレミー殿下の右腕になるのではないかと言われている。


「そっか、君がウィルの婚約者なんだね」

「……はい」


 また何か言われるのかなあと身構えていたらのほほんとジェレミー殿下が笑った。


「ウィルは素敵なお嬢さんを選んだんだね。おめでとう、お幸せにね!」

「へ?」

「俺はまだ認めていないぞ」

「セオドア、それは馬に蹴られるってやつだよ」


 ぽかんとしている私を置いて騒々しくセオドア兄様とジェレミー殿下は医務室から出て行ってしまったのだった。


 

 セオドア兄様とジェレミー殿下が出て行ってから数分、今度はウィル様が顔を出した。

 本当に今日は騒々しいな。


「ステラ!」

「ウィル様」


 ウィル様の声に医務室の視線がこちらに集中する。

 慌てて私はウィル様に近づいた。


「ど、どうかされましたか? 怪我とか……」

「いや、そこでジェレミーとセオドアに会ったら君がここにいるって聞いたから」

 

 どうやら騎士団の練習試合で怪我をしたわけじゃないらしい。

 それにしてもわざわざ用もないのにどうして会いに来たのだろう。不思議に思っていたらウィル様がパチリと緑の瞳を瞬いた。


「髪型、変えたんだな。すっきりしてて似合ってる」

「あ……りがとう、ございます」

「ステラの瞳の色、髪色より薄い琥珀色なんだな。今の髪型の方かよく見えて綺麗だ」

「え」

「……あ、えっと! そう、前髪が長すぎると目が悪くなるしな! うん、今の方が似合ってるって言いたかっただけで」


 はっと我に返ったようにウィル様がまくし立てる。頬が赤いけど、たぶん私も今同じような感じになっている気がする。


「それじゃあ、また今度!」

「は、はい!」


 あっという間にウィル様は医務室から飛び出して行ってしまった。

 残された私はまだ顔が熱い。

 ……瞳の色なんて褒められたの初めてだ。

 なんて、勘違いしちゃいけない。私達の婚約は、別に恋愛感情からじゃないんだから。

 ……それにしても周囲の興味津々だった視線が妙に生暖かいのは気のせいだろうか?

ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。

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