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3話 忘れようとしてみたものの

「ステラ! こんな時間まで何をしていたの?」

「ごめんなさい。王城の庭で薬草の採取を……」


 ハーディング家の屋敷にたどり着いたのはもうとっぷりと日も暮れた頃だった。

 玄関ではカンカンに怒ったアメリア姉様が待ち構えていた。


「ああもうマントも汚れてるし……。まったく魔法薬師なんて」


 艶やかな長い黒髪に色白美人のアメリア姉様は眉をひそめて私の着ていたマントをはぎ取った。ウィル様の部屋から脱出したときに派手に転んだからそのせいで汚れてしまったんだろう。


「すぐ夕食にしますから着替えていらっしゃい。……お父様もお母様も何も言わないけど、ハーディング家の娘としてあまり恥ずかしくない行動をなさいな」

「はーい……」


 侍女に私のマントを預けて食堂へ行ってしまったアメリア姉様は昔から成績優秀で貴族令嬢としてのマナーも完璧。私とは正反対な人だ。仲は悪くないんだけれど。

 それにしてもウィル様って思っていたのとは全然違う人だったなあ。

 あんな風にぬいぐるみ相手に楽しそうにしている殿方って初めて見たかも……。いや、とりあえず今日のことは忘れよう。うん、私は何も見なかった。

 すっかり疲れてへろへろになりながら私は今日のことは夢として忘れることにした。だってこれからウィル様を見かけるたびに嬉しそうにぬいぐるみ(私)を抱きしめたふにゃっとした笑顔を思い出してしまいそうだったからだ。それにウィル様にとってもあれは本当にプライベートな場所なわけで、きっと私みたいなモブ女には知られたくなかっただろうし。



 変身薬ではからずもウィル様の部屋に入ってしまった日から数日が経った。

 今日はまた北の医務室当番の日だ。

 あれからしばらくはビクビクして過ごしていたのだけれど、騎士団は近隣の街に盗賊団が出たとかで遠征に出ていたからウィル様を見かけることも無かった。

 だから次第に私もいつもの平穏を取り戻していた。


(でも変身薬はまだまだ研究と改良が必要だな。まさかぬいぐるみになってしまうなんて)


 しかもウィル様は可愛いとか言っていたけれど、どうみても間抜けな姿をしていた。

 自分の願った姿になれる薬のはずがまだ私の力量ではぬいぐるみが限界ということなのだろうか。いや、ぬいぐるみっていうのもあまりに予想外すぎて驚いたけれど。

 ううん、と頭を悩ませながら魔法の古文書を読んでいたら扉がノックされた。

 誰だろう。


「はい、どうぞ」


 珍しく患者かと顔を上げたのと同時に私は固まった。扉が開いて入ってきたのはウィル様だったからだ。


「失礼します」

「あ」


 どうしてここに!?

 前回はともかく、今日は絶対偶然じゃない……よね……。

 爽やかな笑顔でウィル様が私の前に立つ。慌てて私も椅子から立ち上がった。


「ステラ・ハーディング伯爵令嬢」

「は、はい?」


 え、どうして私の名前を知っているの?

 いや、これはもう……。


「今日はこれを君へ返しに来たんだ」

「は……」


 おそらく今の私は真っ青になって冷や汗をだらだらかいているみっともない姿をしているだろう。

 ウィル様が差し出したのは、私のアメジストのブローチだった。

 おそらくウィル様の部屋を出て転んだ時に落としたんだ!

 ――神様、私は社会的に死にます。

 国中の人気者の騎士様の部屋に不法侵入した根暗ストーカー女として!


「えっと……あ、あの、こ、これは……」

「ステラ嬢、これは君の物だよね。よくマントにつけていた」


 確かにその通りだ。ここ数日見つからなくて探していた。もしかしてアンダーソン家の屋敷に落としてきたかも……って考えなかったわけじゃないけどたとえ見つかっても私の物だとはわからないだろうって思っていた。


「どうしてそれを……」

「たまに城で見かけた時、つけていたのを覚えていたんだ。人の顔と姿を覚えるのは得意なんだ」


 私みたいな目立たない人間をよく覚えてましたね!?

 さすが優秀な騎士様は違う……って感心してる場合じゃない。

 もう言い逃れできないということだ。


「あの」

「このブローチは君が逃げ出そうとして転んだ時に窓辺で落ちたんだろうな。……君は気づいてなかったけれどあの時、俺は君がぬいぐるみから元に戻る姿を見たんだ」


 私は逃げることに必死で気がついていなかったけれどあの時背後にはウィル様がいたらしい。夕食のために食堂へ行く前に忘れ物をして一度部屋に戻ってきたらしいのだ。扉を開けた瞬間、私がぬいぐるみから人間に戻り窓から逃げ出していくのを唖然として見ていたようだった。


「あのぬいぐるみの姿は一体何なんだ? あのような効果のある魔法薬なんて聞いたことがない。俺の屋敷へ入り込んだことも説明してもらいたい。部屋は特に荒らされた様子はなかったし……密偵にしてもお粗末すぎるしな。……そして俺から君に言いたいことがあとひとつ」


 やっぱりスパイを疑われているんだ。

 それは当然のことだ。無断で屋敷に入り込んだのだから。でも、もちろんあれは不可抗力で私には悪意なんてまったくなかった。だけどそれをどうやって証明すればいいのだろう。このままじゃハーディング家にまで迷惑がかかってしまう。

 私は慌てて早口でまくし立てた。


「あ、あの薬は……私が個人的に研究していた変身薬です。ちょうどあの日試作品が完成したところで」

「変身薬?」

「自分がなりたい姿になれる薬です。……でも、なぜか私はぬいぐるみの姿になってしまって、そこにウィル様が。咄嗟に隠れようとして偶然ウィル様の鞄の中に入って出られなくなってしまって、ああああのあの、本当にごめんなさ」


 本当に決して、神に誓って悪意は無かったのです!

 最早何を言っても時すでに遅しという感じだけれどとにかく今はこれしかない。

 私は床に跪いて土下座しようとした。貴族令嬢の矜持もへったくれもない。元々根暗でぼっちのわたしだもの。

 だけど私が土下座する前に信じがたい光景が目の前で繰り広げられた。


「ステラ嬢! あの日のことは黙っていてください!!」

 

 あのウィル様が土下座したのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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