8.心の不安が作り出す悪夢。
「サイラス様、声が大きかったですね。起こしてしまい申し訳ございません」
「サイラス国王陛下、実は寝たふりをしていませんでしたか? 話を聞いていたのなら、お分かりいただけると思いますがサム国の王妃は世界一人権のない地位です。妹君を送り込もうとしているなら、考え直してくださいね」
「フィリップ王太子殿下、私は本当に先程まで寝ていたのですよ。お兄様がお手つきをしてしまった国内の高位貴族とは結婚しづらいのではないですか? 他国の王女を結婚相手にはお考えですよね」
サイラス様はもしかして婚約者のまだいないララアの夫にフィリップ様を考えているのだろうか。
「その通りですが、ルイ国は現在陛下の2人のお兄様とレイラ王女が他国の王家に入ってますよね。イザベラ様の話を聞く限り、兄弟での協力関係がありそうです。各国の機密情報はルイ国に流れているのではないですか?10年後、4カ国の同盟の期限が終わった時、周辺諸国根こそぎ侵略する計画などあったりしないかと優秀な陛下を知っている私は思ってしまうのです」
サイラス様の壮大な計画を、もしかしたら私の考えなしの発言のせいで潰してしまったかも知れない。
彼の役に立ちたいなんておこがましかったのだろうか。
せめて側にいたいのなら、邪魔にならないようにしないとならない。
「サイラス様はそんな壮大な計画をしているのですか? すみません、私のみんなでお風呂計画が良くなかったのですよね。不埒なものを想像させてしまい申し訳ございませんでした。サム国は他国から優秀な女性が集まってくるのですよね。そういった方はご実家から離れた国で暮らしています。お子様ができたらベビーシッターを雇ったりするのですよね。お風呂の水を抜いて、そこに柔らかいボールのようなものを言えれてボールプールにしたらどうでしょう。湖のようなお風呂を王宮で働く方々のお子さまを預ける設備に改築するのです。見ず知らずのベビーシッターに預けるより、近くにいる子供を感じながら安心して働けたりするのではないでしょうか?」
私は企業が儲けている託児所のようなものを想像しながら話した。
国を出て自分の力を試しにサム国に来た女性が恋に落ち、子を宿した時に親を頼れず預け先に困った時のことを考えたのだ。
前世の知識を参考にした夢物語かも知れないけれど、少しでも悩みの解決になればと思った。
「イザベラ、私の心は汚れていました。素敵なアイディアだと思います」
サイラス様が私を愛おしそうに抱きしめながら言ってくる。
「僕もそんなこと思いつきもしませんでした。身近な方の悩みに寄り添えるような人になりたいものですね」
フィリップ王太子殿下が私に微笑んできた。
「もう、寝なければいけない時間ですね。女性の寝顔を見るのを失礼だと思うのならば今から目を瞑ってください。私も目を瞑ります。私も結婚式の興奮で眠れないかも知れませんが、目を瞑っているだけでも体は休まるそうですよ。お2人とも忙しい身なのだから目を瞑ってくださいね」
私はそう言って目を瞑った。
前世で心が不安定で眠れない日々が続いたことがあった。
私が眠れないことにいち早く気がついたのは弟の優太だった。
「目を瞑っているだけで、体は休んでいるから目だけ瞑ってみたら?」
優太の言った通り、目を瞑るときっと数時間程度だけど眠れる時間ができたのだ。
だから、今はエドワード王太子殿下になっている彼の言うことを聞こう。
私はもう、ルブリス様のことを考えないようにする。
彼のことを私の人生から消去するのだ。
そう誓いながら目を瞑った。
「イザベラ、大丈夫ですか?」
私が目を開けるとサイラス様の顔が目の前にあった。
「ずっとうなされてました。怖い夢を見ていたのではないですか? もしかして、またルブリス様が夢に出てきましたか?」
私の頬は濡れていた、私はサイラス様の言葉に頷き彼に寄り添った。
目を瞑ってやっと眠りにつけたはずの先には、怖かった記憶が待っていた。
私はまたあの日、ルブリス様に押し倒された時の夢を見たのだ。
サイラス様が部屋に来なくて、私はサイラス様を失うようなことを彼にされてしまう。
そのような事実はなかったのに、私の心の不安によって悪夢が作られてしまっているのだ。
「イザベラ、彼があなたにしようとしたことは許されません。ルイ国に戻ったら、彼をイザベラと一生会えない場所にまで追放します。地位を失うだけの甘い処分で、納得するべきではありませんでした」
私の泣き濡れた頬を撫でながらサイラス様が私の耳元で囁いた。
「サイラス様、今、彼は新しい舞台で頑張っています。彼がせっかく前向きになっているのを、邪魔したくはありません。サイラス様はフローラ・レフト男爵令嬢を遠ざけてくれました。お陰で今は私は彼女の悪夢から解放されています。それだけで十分です」
本当はもう会うこともないのに、フローラである白川愛の悪夢を今でもたまに見る。
私の心の奥底に彼女は一生住み続けるのだろう。
ルブリス様は私を押し倒したけれど、そこから先を実際にした訳ではない。
私の弱さが作り出した悪夢で、前を向いている彼の足を引っ張るのは忍びない。
「イザベラ、あなたの意向に従います。私は何事もなかったように活躍する彼の話を聞くほど、怖い目にあったイザベラだけが苦しんでいることが許せなくなります」
そういうとサイラス様は私を優しく抱きしめてくれた、なんだかホッとして私は再び眠りにつくことができた。
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