5.地獄は王宮にあります。
「イザベラ・ライト公爵令嬢、あなたと踊る幸運を私に頂けませんか?」
舞踏会でサイラス様と踊った後に私を誘ってくれたのはフィリップ王太子殿下だった。
彼は11歳とは思えないほど大人っぽく16歳くらいに見える。
音楽が始まり私は彼の手に手を重ねる。
どうしてダンスに誘ってくれたのだろうか。
私は彼と話がしたくて、ジロジロ見てしまっていた気もする。
「私、フィリップ王太子殿下、ジロジロ見てしまって不快でしたよね。実はお話ししたいことがあったのです。ルイ国の交換留学制度を利用し、2年程ルイ国で過ごしませんか? 私も利用した制度で、ルイ国で良い思い出を作れたのでフィリップ王太子殿下にも是非と思ったのです」
私は周りに聞こえないよう、小声で彼にそそやいた。
「不快になんて思ってませんよ。素敵な提案ありがとうございます。僕のことを心配してくれているのですね」
私は思いもよらず、彼が私の幼い提案を受け入れてくれそうな雰囲気になっていて驚く。
「是非、来てください。私の時も、ルイ国の王族の方々は皆親切に家族のように扱ってくれました。心が休まる瞬間がたくさんあると思います」
「そのような家族が存在するのですね。僕の地獄はサム国の王宮に存在します。今すぐにでも、僕をルイ国に連れて行ってくれませんか?」
急に私を引き寄せて、耳元でそそやいてきた彼の言葉にドキッとした。
私は彼がララアのように外で気を張っている生活をしていると思い提案したつもりだが、彼は辛いのは家の中だと言っている。
それに初対面の私にどうして彼はこんなに本音のようなことを打ち明けてくれるのだろう。
「いい時間でした」
曲が終わり、見惚れる程、優雅にフィリップ王太子殿下は挨拶した。
「先程の件、サイラス国王陛下にご相談します」
私が慌てて言った言葉に彼は微笑み返した。
「イザベラ様、お疲れでなかったら、僕と踊って頂けませんか?」
前世の弟、エドワード王太子殿下が現れて私は彼の誘いに応じた。
「フィリップ王太子殿下と随分打ち解けていたようですけど、何を話していたのですか?」
「かなり、殿下を困らせるような提案をしたんです。それを彼が受け入れるようなことを言ってくれたことも不思議なのですが、それ以上に彼が内緒にしていそうなことを教えてくれたのが不思議なのです」
私は彼が前世の弟だと分かっているので、ついタメ口になりそうになる立場をわきまえ丁寧な口調を心がけた。
しかし私は前世で私の相談役とも言える弟の前で甘えてしまっているのか、自分の言える範囲の情報を出して彼からアドバイスをしてほしいと期待している節がある。
「イザベラ様には何を言っても大丈夫そうな雰囲気がありますからね」
私は前世で弟の優太から、何を言っても大丈夫そうな雰囲気があるから虐められやすいと言われたことがある。
てっきりブスでデブで人ではなく豚だと思われているから、そういう雰囲気が出ているのかと思っていた。
「その雰囲気は今の私にもあるのですか?」
「ありますよ。何だかその雰囲気に甘えて、僕も思わず本音をぶちまけた経験がありますよね。ぶちまけてしまった後、後悔して猛吹雪の中、反省しに外に出たことは記憶に新しいです」
私は彼が前世の弟だと気がついた日のことを思い出した。
あの日は猛吹雪の中、彼を追いかけて本音をぶつけ合った。
寒さのあまり失神して、彼に助けられて、その後ルブリス様に押し倒されたのだ。
恐ろしい記憶が蘇り、急速に心が落ち込んでいく。
「イザベラ様、兄上はもう平民で簡単にはあなたには会えません。平民人気を利用して舞台俳優として成功しているようですね。父上も兄上には甘く、変わらず彼をバックアップしています。しかし、僕はもう自分の人生とは関係のない人間だと彼を切り離していますよ。イザベラ様、僕の知っているあなただと彼を切り離すのは難しいと思います。でも、サイラス様とご自分の未来のために完全に自分の人生から彼を消去してください」
前世でも弟の言うことは正しいことが多かった。
彼はいつだって感情に流されず、客観的で理性的な考え方をする。
いつも私のことを考えて言ってくれているのも分かるから、このアドバイスは聞くべきだ。
ルブリス様からは毎週のように手紙が届く。
私が悩みがあれば手紙で相談して欲しいと言ったのだから、当然だ。
手紙の中身には悩みではなく私への愛の言葉がいっぱい詰まっている。
彼に手紙を書く手間をとらせているのだから、返事を書くべきとは分かっている。
でも、彼に押し倒された恐怖が蘇り返事が書けないのだ。
ルブリス様は何を考えているか分からなくて怖い。
私がライ国王陛下に彼に厳しい処分をするよう伝えて、彼は廃嫡にまでなっている。
それなのに、なぜ何事もなかったように恋文を送っているのか理解できない。
「エドワード王太子殿下の言葉はしっかり心に留めておきます。殿下のおかげでライ国の街が綺麗になっているようですね。夢を叶えられた殿下のことを心より尊敬しています」
曲が終わりそうになったので、私は彼に伝えたいことを伝えた。
「絶対、消去してくださいね!」
エドワード王太子殿下はそう私に釘を刺すと、優雅に会釈をして去っていた。
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