18.心を囚われる恐怖。
「忘れていないから、今、この通路を通っているのですよ。それにしても私に発見されて良かったですね。イザベラ様、今のあなたはとてもまずい状態です。寝巻き姿以上に明らかに何かあったという顔をしてましたよ。フィリップ王太子殿下に告白でもされましたか?」
私は突然ライアン様に言われたことに驚きを隠せなかった。
ライアン様は人の心の機微に敏感だから気が付いたのかもしれない。
「どうしてそれを知っているのですか?」
「フィリップ王太子殿下があなたを好きなことは私が気が付くくらいですから、兄上は気が付いています。でも、それを声に出してあなたに告白しているか、心にしまっておくかは別問題です。兄上は殿下の性格上、心に留めると予想していたと思います。イザベラ様に伝えたら、あなたの心の負担になることくらいフィリップ王太子殿下なら分かるはずだからです。殿下は理性的な方ですし、他国の次期王妃にそのような愛の告白をするとは思えません。でも、イザベラ様に伝えてしまったのですね。それならば絶対に兄上にフィリップ王太子殿下から愛の告白をされたことは知られてはいけません。兄上はあなたの優しさに甘えて告白してきて、心の負担を与えたフィリップ王太子殿下に怒りを感じると思います」
「私ではなく、フィリップ王太子殿下に怒りを感じるものなのですか?」
どう考えても今の状況を生み出しているのは私が悪い気がした。
「兄上はイザベラ様が純粋な好意でフィリップ王太子殿下を連れてきたと分かっていますから、怒りは殿下に向かいます。それに、フィリップ王太子殿下にララアを嫁がせようと思っていることを殿下自身に伝えています。全てを分かった上で、自分の欲求を優先してイザベラ様の心の負担になるような告白をした殿下を許さないでしょう。一番悪いシナリオは殿下と兄上の関係性が悪化し、イザベラ様がサム国に誘拐されます。そして平和同盟は解消されます。フィリップ王太子殿下のサム国での人気は絶大です。実は女性の独身率の高いサム国の女性の方々の心の夫ですから。そのような彼がイザベラ様を連れて帰国したら、彼をたぶらかした悪女としてイザベラ様は叩かれます。そして、そんなイザベラ様を救い出そうと兄上は挙兵、サム国との戦争が始まります。サム国は帝国とも戦争出来るほどの強国ですから、周辺諸国を巻き込んだ大戦が始まるかもしれませんね」
「フィリップ様は私を誘拐しないとおっしゃってくれました。それにララアと婚約するとも言ってましたよ」
ライアン様が戦争になると言って怖くて震えが止まらなくなってくる。
でも、フィリップ様は私を誘拐しないと言ってたし、ララアと婚約すると言っていたから大丈夫なはずだ。
「フィリップ王太子殿下は良い性格をしていますね。ララアと婚約することで、国王である兄上とは良好な関係を続けます。でも、殿下はイザベラ様には自分の本心を伝えたのですよね。これから、イザベラ様は王妃として彼と会う時も、親戚として会う時も今日の彼の愛の告白を思い出すでしょう。誘拐しないとわざわざ言及したことで、イザベラ様が兄上との出会いのきっかけを思い出した時にも自分を思い出させることができます。フィリップ王太子殿下は自分の国を守りながら、イザベラ様の心を一生捉えることに成功したのです」
「私の心を捉え続けるのはサイラス様だけです」
私は心を囚われる怖さを知っていた。
今私の心はサイラス様と一緒にいる時でも、白川愛やルブリス様の恐怖の記憶をふと思い出し底に突き落とされるような感覚を繰り返している。
「イザベラ様、この通路を私が知っていることを兄上は知りません。私は知っているのに、知らないふりをしています。イザベラ様もフィリップ王太子殿下の本当の気持ちを知っていても、知らないふりをするのです。一生知らないふりをしてください。そもそも殿下の誰にも気づかれていないと思っていただろう苦悩に気づいてしまったのが良くなかったですよ。私も、自分が実は1人かくれんぼをするくらい孤独な人間だと気づいてくれる人がいたら心が動いていたと思います」
「エリス様は1人かくれんぼのことをご存知なのですか?」
「知りません。結構恥ずかしい黒歴史なので秘密にしています。今、私がその秘密をイザベラ様に明かしたのは、フィリップ王太子殿下の告白のインパクトをイザベラ様の中で消したかったからです。絶対に兄上にはバレてはなりません。兄上はイザベラ様のことになると、いつもの彼では考えらない衝動的な行動をしてしまいます」
私は1人かくれんぼが黒歴史だとは思わないが、ライアン様が私のことを考えて明かしてくれた大きな秘密らしいことは分かった。
「分かりました。秘密を明かして頂いてありがとうございます。ライアン様はどうしてあそこにいたのですか? ライアン様の部屋とは逆方向だと思いますが⋯⋯」
フィリップ様が私の部屋の前にいたのも不思議だったが、ライアン様が来客用の部屋の廊下にいることはもっと不自然だった。
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