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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ブックシェルフ

この心臓には、



「そういえばお前、童貞じゃないよな?兄弟」

「…一応学生時代に捨ててるから童貞ではないよ」

俺がそう返すと太陽神はいつも通りの人懐こいが何処か食えない感じもする笑みを浮かべた。

「そうか。俺の次代の現身になろうという男が、童貞じゃしまらないからな。まあ、経験なかったとしても、その内儀式の一環で娶る女の子で捨ててもらうだけなんだがな」

「めと…聞いてないんだが」

「聞いてなかったのか?だが兄弟、現人神と等しい者として豪勢に暮らさせるんだ、性欲もサポートされるのは当然のことだろう。なにしろ、俺は四柱の女神を妻にした男だぜ」

「…残念ながら、俺は此処に来るまでアンタの神話を知らなかったんだよ」

神に背いて出奔した癖に、こうして余所の神の世話になっているというのは何だか妙な話だが。それでも、この神の手をとったことを悔いるつもりはない。…女の子と結婚するというならそれは相手もいることだし早めに言ってほしかったが。

「その顔、さては故郷に愛しい女を残してきたのか?まあ合意がとれるならそいつを連れてきてもらってもいいが、俺の神話の通り四人の女と暮らしてもらうことになるからな。確かお前の故郷、そういうのアウトな感じだろ?」

「四人」

「神官が相応しい美女を選んでるところだから、まだ希望を出せば叶えられる可能性はあるぞ。それこそお前の愛しい女に似た女を探してみるとか」

「余計なお世話だ」

美しかろうが、似ていようが、それはあの子ではないし、俺はあの子と結ばれてはならない。だから俺は故郷を出たのだ。二度と間違いを起こさないために。

「おっと怒らせちまったか。考えてみればお前は二度と故郷に帰らないつもりでいるとは聞いたが、何故そうしたのかは聞いていなかったな。折角だから聞かせてくれないか?兄弟。俺も神だ、懺悔くらい聞いてやるよ」

この神が俺の故郷の宗教について理解しているかは疑わしい。だが、半年ほどの付き合いでわかっていることもある。どんな軽い口約束であっても、約束だと本神が認識していれば彼はそれを守る。誰と結んだかは関係なく、約束は守るものであると決めているのだろう。

あと不機嫌というか、へそを曲げた時が一番面倒くさい。神であるなら俺より年上であるはずだとは思うのだが。

「そう愉快な話というわけではないんだが」

「それを決めるのは俺だ。いや、お前にとって愉快なことではないというのは置いておこう。まあ故郷を離れて放浪する理由が愉快なことだとは俺も思っていないさ」

「アンタならそう思ってても不思議はない気もするが…」

何しろ俺と彼では価値観や考え方が大分違う。何故戦うのか、何の為に戦うのか。何を愛するのか、何を憎むのか。何を重視するのか、何を軽蔑するのか。異なる部分は多く、共通点は少ない。使う言語すら違う。まあ異国の神なのだから当然なのだが。

「勿体ぶるほど話したくないことなのか?」

「…誰彼構わず聞かせることではないな」

「犯罪でもしてきたのか?」

俺が思わず口を引き結ぶと、彼は軽い調子で笑って、他の人間たちに席を外すよう促した。人払いを済ませ、彼は女を口説く時みたいな調子で俺の隣に座る。

「さ、聞かせてくれよ兄弟。俺とお前の仲だろう?」

「…どうしてもか」

「場合によっては次代が困ったことになるだろう。最低限事実だけ教えてくれればいい」

彼の言うことももっともだった。正直それがどういうことなのか理解しきれていないが、次の日食の時に行われる儀式で、太陽神は俺の姿(カタチ)をもって再誕する。俺の意識はそこになくなるらしいが、故郷に訪れることがあれば、俺だと思われることもあるだろう。

「…酒に酔って、妹に手を出しかけた」

「それは…性的な意味で?」

「…性的な意味で」

といっても、キスと同衾だけにとどまった、はずだ。犯してはいない。血の繋がった妹に手を出した時点でアウトだが。

「ははははははは、マジか。蛇野郎みたいなことやらかしたのか」

「笑い事じゃないんだが」

「出しかけた、ってことは未遂だろう?それでそこまで気に病んでるやつなんて笑い飛ばしてやるしかないだろう。あまりにも憐れだ」

黒曜石の瞳が笑みの形に細められ、俺を見る。

「近親相姦をタブー視するところは多いからな。お前の苦悩そのものは否定しないさ。俺たちも善いことだとは思わないし。だが、二度と帰らんとまで思いつめるというのは…実行したのが酒の勢いだっただけで、欲は酒とは関わりなくあった、ということだろう」

「…黙れ」

「まあお前が口にする気がないんなら、深く追求はしない。無粋だしな。…他者から見れば細やかなことであっても、最後まで隠しきって墓に持っていくようなやつが神の器になれる心臓を持っている。神官たちの判断も間違いではなかったということだろう」

こういう時、こいつは、人間に見える姿をしていても、人間ではないのだと思い知らされている気がする。価値観が違うという言葉では収まらない何か。この土地の、全てを照らし出す太陽の神。

「胸を張れよシディアン。意味合いはどうあれ、お前は妹を愛し守ろうと決めたんだろう?まあそれで次代が困ったことになる可能性もあるけどな。ちなみに今お前妹にどう思われてるんだ?二度と顔も見たくない、とか言われてる系?」

「…先に目が覚めたから何も言わずに出てその後一切顔を合わせていない」

「マジかよ最低だな。顔合わせたら修羅場になるやつだろ」

否定できない。助長した俺が言うのもなんだが、あの子は割と脳筋なところがある。裏を読むということが全然できない。まあそんな必要なんてない方がいいのだが。

「今更、弁明も何もないだろう」

「前から思っていたが、お前、変に自己評価が低いところあるよな、兄弟。見目は美しいってのに」

彼の発言におそらく含意はないのだろうが、正直そのような言われ方をするのは苦手だった。客観的事実として、俺の外見が美しいということは自覚しているところではあるのだが。黄金色の髪も、暗青色の瞳も、美貌の人であったという母に似ているらしい顔も、父からの遺伝の見られる場所がない。父に似たかったかと言われると正直悩ましいところではあるが。

そんなに美しいのだから、その美貌を使って他者を誘惑して良い思いをしているのだろう、と母も誹られていたのだろうか。あちらが勝手に発情しているだけだというのに。

とはいえ、俺とは別の意味で、この目の前の男は整った見目をしている。白みがかった淡く柔らかい金髪は光を浴びればキラキラと輝き、近づかなくともわかる長い睫毛に囲まれた瞳はすっきりと切れ上がっている。大理石のようにきめ細かい肌は染みどころか毛穴さえも見えないくらい白くなめらかで日に焼けた様子もない。だが全体として女性的な印象はなく、美青年という形容が適しているだろう。戦の神でもあるからか、細身の印象ではあるが筋肉はしっかりとあって、一応騎士として鍛錬を積んできた俺に力負けすることはない。

(ヒト)どもは美しいものに傅くことが好きな奴が多いだろう?お前の故郷ではそうじゃなかったのか?」

「…それは、美しさと強さを兼ね備えていてこその話だろう。弱いものは搾取されるものだ」

「ふむ。…それは確かにそうかもしれないな。何しろ俺はこの形をとった時からこの姿で、赤ん坊から成長したわけではない。俺に弱かった時などというものはない」

「だが再誕するんだろう?」

「死ぬからな」

明るく笑って彼は言う。

「永遠に続くものはない。強大な神であってもな。それがこの世界の理というものだ」

「俺の故郷では、神とは永久不滅の存在だ」

「それは本質の部分が、という話だろう?西の方の神は滅多に姿を現さないと聞いている。何なら、形を残すことを嫌うものもいるとか。俺たちには理解に苦しむ価値観だ」

「…確かに、神の姿を見るのは最上級の奇跡と言われるだろうな」

この地の神を名乗る彼は、さも普通の生物であるかのように地上で生活しているが。

「まあ俺も死ぬのは一時で、地上で活動するための肉体のみの話だ。俺という神そのものが消滅するわけではない…儀式が正しく行われ、俺への信仰が喪われず続いている限りは、だが」

固い手が俺の頬に触れる。太陽神だからか、俺より体温の高い、熱い手だ。不意に、口付けられるのかという気がして、眉根を寄せた。触れそうなほどに顔は寄せられたが、唇が触れることはなかった。

「そんな険しい顔をするなよ、兄弟。お前が肝心なところで怖気づくと思ってるわけじゃないさ。お前が儀式の意味を理解できていないとしてもな」

「…ああ。誓った以上、責務は果たすさ。己の誇りにかけて」

正直なところ、生きた人間の胸を開いて心臓を抜きだすなんて、野蛮極まりないと思う。だがそれが彼らの信仰だ。俺の価値観で批判するのは、傲慢なことだろう。何故そのような信仰になったのかも知らないのだし。

そして、引き受ければ死ぬことを知っていて、引き受けると決めたのもの己自身だ。多少なりとも自棄気味だったのも確かだが。

「生に未練を残すのはいい。お前の若さで未練がないのは寧ろ不健全だ。だが、やり残しは早めに片付けておけよ。儀式に雑念が混じるのはよくないからな」

「未練とやり残しは別物なのか?」

「後悔と言い換えてもいい。その時になってああしておけばよかった、なんて言うなよってことだ。…ただでさえ、お前はどでかい未練を残しそうだからな」

あの子のことが未練にならないとは、確かに言えないだろう。だが、最初から叶ってはいけないことなどわかりきっていた気持ちだ。後悔など、それこそ、あの時のやらかしくらいしかない。

「俺にできることはもうない」

「お前がそう思うならそっちはそうかもしれんが…一応、女の子娶ったら子作りするつもりでやってもらうことになるんだからな。俺…というより、この姿の元になった男もそれで二人、子を産ませている。神と人じゃ、余程惚れこまなきゃ子供は生まれないからな」

「…なんでまた」

「神にも等しい扱いを受けるような立派な若者であるならば、次代を残さず殺すのは大きな損失だってものだろう。ま、要は世界が開かれる前の、外の血を混ぜようという行為の名残だな。そもそも女を娶って孕ませんでどうする。未亡人にする女だぞ」

「…これが価値観の違いというやつか…」

自分の子がほしいと思ったことはなかった。…きっと、うまく愛せないだろうとも思う。まあ、儀式までの期間と妊娠期間を思えば、実際には生まれる子を俺が目にすることすらないのだが。まあ、子供の方は、次代の太陽神を父と見るのかもしれない。

「お前の子はお前の子であって、次代の子じゃあない。神の子となると意味合いが変わってくるからな。あくまで、人間の子だよ」

「碌なことにならない気配しかしないが」

「実際のところ、神官として育てられるだけさ。あと、いざという時の生贄のスペアだな。器の子だから器になれるとは限らないが、無暗に探すよりは可能性もある。絶対じゃないがな」

「…お前たちにとって、儀式とはそれほどに大切なものなんだな」

俺が零した言葉に、彼は目を丸くして、ついで猫のように目を細めた。

「当然のことだろう。続けようという意思なしに続けられることじゃない。まあ、無事に終えられなければ世界は滅びる、というくらいのつもりで(ヒト)どもは取り組んでいるようだな」

「違うのか?」

「試してみるか?」

「…まさか」





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