好き、なの……
お湯を沸かし、ティーカップを二つ準備する。
自分の部屋に男子を入れたことは今まで一度もなかった。
でも、いまから大切な話をしなければならない。
人前ではできない、重要な話だ。
「お湯、沸いてるよ」
ヤカンに入れた水はすでに沸騰しており、しばらくたっていたようだ。
隣に立っていたパパが少し心配そうな目で私を見ている。
「わかってる」
「大丈夫かい?」
「大丈夫」
火を止め、沸騰したお湯をカップに注ぎ、カップを温める。
ポットには私のお気に入りの葉を入れ、紅茶をいれる準備をしておく。
「確かここに……」
昨日作ったクッキーがあったはず。
本当は撮影にきたカメラマンの人に出す予定だったけど、広瀬君に出しても問題はない。
でも、まさか広瀬君が撮影に来るなんて……。
カウンターで彼を見たときはまさに青天の霹靂だった。
「広瀬君とは仲はいいのかい?」
「特に。隣の席になっただけ」
「そう。友達は大切にね」
友達は大切に。言葉としては理解できる。
でも、友達って何だろう。私にはよくわからない。
「今日、少し帰りが遅かったけど、学校で何かあったのかい?」」
「雑誌を、先生に没収されて。その件で少し……」
「雑誌? 没収されるような本なのか?」
「ファッション誌。今日、持ち物検査で……」
パパとの話を切り上げ、二人分の紅茶を準備しクッキーを小皿に分け部屋に戻る。
「おまたせ」
彼はクッションに正座して真正面を見ている。
「は、はい! 待ってません!」
何を緊張しているのだろうか。それとも、素はこんな感じなの?
「どうぞ」
「いただきます!」
差し出した紅茶を手に取り、彼は口に運ぶ。
学校では何を考えているのか全く分からない彼。
昨日もホームルーム中に外を眺めていた。何か見えるのか気になって私も空を見てみたけど、ただ雲が流れているだけだった。
「ん、いい香りだね。さっきとは違う紅茶?」
「よくわかるわね。それは私の気に入っている茶葉。口にあうといいんだけど……」
彼は一口飲み、クッキーに手を伸ばす。
「どっちもおいしいね。もしかして、これも白石さんが?」
「そう」
「すごいね。料理もできてお菓子も作れるなんて」
「これも写真撮っていく?」
「クッキーか……。撮ってもいいけど、メニューに載ってるの?」
「載ってないわよ」
「じゃぁ、やめた方がいい。ホームページを見たお客さんが勘違いするからな」
「そう……」
べつに好きで作っているわけではない。
店の手伝い、そうすればパパが喜ぶと思ったから。
でも、意外だった。カメラを手にし、撮影している彼の目は学校では見たことがない。
そう、彼は学校では絶対に見せないような表情を……。
今もホームページに載せる写真について、真剣に考えてくれている。
「それで、どうして俺を部屋に?」
彼は無表情で私を見てくる。
さっきまで何か緊張していたみたいだけど、少しだ緊張がほぐれたように感じる。よかった。
「……あの、鞄に本が入ってなかった?」
私は回りくどく話をするのが苦手。
言いたいことははっきりと言ってしまう、そんな性格が好きじゃなくなった。
でも、学校というところではクラスメイトと仲良くしなければならない。
だから言葉を選んで必要最低限でその場を終わらせてしまう。
言葉よりも態度で行動することが多いのもその理由だ。
彼は鞄から一冊の本を取り出し、私に手渡す。
「これ、白石さんの本だよね」
「……うん。放課後先生の所に行ったら、手元にないって……」
「俺の鞄に入れたままだったんだね。ごめん、持ってきてしまって」
「ううん、悪いのは先生。広瀬君は悪くないよ」
「でも、ちょっと意外だった。白石さんがこんな本を……」
私は本音を隠してきた。
いつでもそう。学校で見せる私は本当の自分じゃない。
本当の自分は見せることができない。いや、見せてはいけない。
私はいつも仮面をつけている。
学校ではみんなに受け入れてもらえるように微笑みの仮面を。
家ではおとなしくて、いい子を演じるいい子の仮面を。
素の自分を出すのが怖い。でも、いつかは本当の自分を表に出したい。
「好き、なの……」
見られてしまった以上、少しだけ本当のことを話さなければならない。
それで彼が私を笑うようなことがあれば、それでいい。二度と彼とは関わらないと決めよう。
たとえそうなったとしても特に気にすることはない。
ただの、クラスメイトなのだから。