少しだけ時間もらえますか?
エプロン姿のまま俺の目の前に立っている白石さん。
俺はこの後どうすればいいのだろうか……。
「広瀬さん、撮影が終わったらケーキと紅茶もどうぞ」
気を使ってもらったのか、白石さんのお父さんから声を掛けられる。
この沈黙に俺はそろそろ耐えることができない。
アングルを変えながら、写真を撮る。仕事は本気で行わないとね。
撮影も無事に終わるが、終始白石さんは俺の事を見ていた。
あの、そんなにみられると……。
「い、いただきます……」
ケーキを口に入れる。お、これもなかなか……。
俺は終始無言で食べているが、白石さんはずっと俺を見ている。
そんなに凝視しないでください。そして、その無表情もやめていただけると助かります。
「この後の予定は?」
白石さんが聞いてくる。
「特には。撮影が終わったら帰って、家からスタジオにデーターを送るだけだから」
「そう……。ちょっと待ってて」
そう言い残すと彼女は席を立ち、カウンターの奥に消えていった。
時間にして二十分くらい、彼女は帰ってこなかった。
非常に気まずい、撮影も終わったし、食べるのも終わった。早々に退散しよう。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
軽く挨拶をし、持ち込んだ鞄に手をかけようとする。
「紅茶のお代わりをどうぞ」
新しいティーカップに注がれた紅茶を白石さんは持ってきてくれた。なんだかとてもいい香りがする。
しかも、ちょっと高そうなカップに入っているし、こっちの方もいい写真が撮れそうな雰囲気だ。
これは、こっちの写真を撮ってほしいということか? まぁ、べつにいいか。
バッグからカメラを取り出し、何枚か撮影する。うん、いい感じだ。
撮影している間も白石さんは表情を変えることなく、俺の事をじっと見ている。
なんで見られているんだ? もしかして、撮影しなかった方がいいのか?
気になったので聞いてみる。
「これは?」
「今回だけ。私から広瀬君に」
「飲んでもいいの?」
「どうぞ」
紅茶を一口いただく。いい香りが漂い、のどにスーッと入ってくる感じだ。
「この紅茶おいしいですね」
「ダージリン。お口にあいましたか?」
「うん、とてもおいしいよ」
素直な感想だ。
「よかった。昨日、紅茶を譲ってもらったでしょ? そのお礼」
紅茶には、紅茶でか。
「ありがとう。とてもおいしいよ。毎日飲みたいくらいだ」
「そ、そう……。そう言ってもらえると……」
相変わらず無表情の白石さん。でも、少し照れているのかな?
学校ではいつでも笑顔だけど、こんな表情も見せるんだといつもと違う彼女を見た気がする。
もしかしたら学校外だとこんな感じなのが普通なのかもしれない。
そんな気がする。
「んー、このケーキもおいしかった。どこで売ってるケーキなんだろ……」
「えっと、仕入れじゃないの。そのケーキは私が……」
まじか。素直にすごいと思ってしまう。
俺がどう頑張っても絶対に作り出すことのできないこの芸術品。
「すごいな……。こんなケーキが作れて、紅茶もおいしく入れることができる。うらやましい……」
「そうでもないよ。あ、あの……」
俺が食べ終わるまでずっと待っていた白石さん。
まだ何か話があるのかな?
「こ、このあと時間、少しだけ時間もらえますか?」
「別に、少しだけならいいけど?」
「ちょっと待っててもらえる?」
そう話すと、彼女はマスターの所に行き何かを話している。
「パパ、撮影が終わったら広瀬君を借りてもいいかな」
「撮影はもう終わっているからいつでもいいよ。何かあるのかい?」
「ちょっと、勉強の所で聞きたいことが。私の部屋でいい?」
「構わないが?」
勉強? 白石さんは俺よりも成績上位者だし、俺が教える事なんて何もないだろ?
「パパに許可をもらったわ、行きましょう。鞄、絶対に忘れないでね」
そうですね。色々と機材が入っているので置きっぱなしは良くないですね。
「大丈夫。相棒を忘れたりはしない」
白石さんに案内され、店内の隅にある扉から隣の部屋に移動する。
ほぅ、店の裏側はこうなっているのか。
「どうぞ」
スリッパを出され、履き替える。
そのまま階段を上がっていく白石さんの後を追い、ふと視線を上げる。
おぉぉ、ダメだダメだ! 視線を上げてはいけません!
部屋に案内されるまで無心を心かける。
そして、到着したか彼女の部屋。淡いブルーのカーテンに、ピンクの布団。
床にはハートの形をしたモフモフのラグがあり、女の子らしい部屋だった。
白石さんの部屋はモノトーン調で、殺風景な部屋だと勝手に想像してしまっていた。
しかも、なんだかいい匂いがして、こころなしか心拍数が高くなる。
俺、女子の部屋に入ったことなんて一回もない! ど、どうしたらいいんだ!
『どうもしなくいていい!』と、突っ込みを自分自身に入れる。
「お茶もってくるね。その辺に座ってて」
「はい!」
大きめの声でハキハキと返事をする。
部屋を出ていった彼女、俺は一人部屋に取り残された。
視線をどうすればいいのかわからない。
呼吸だ、呼吸を忘れるな。
深く、深く息をして、呼吸を整えるんだ!