ウサギさん!
朝宮と廊下へ移動し、すぐにパンダの頭を脱いだ。
「あっちぃー」
「もう汗かいてますね」
「そんなことは良いんだけどさ、あの一人でいる女の子、最近事故で両親を亡くして、誰にも心を開いてないらしい。どうしたら心を開くか、朝宮なら分かるんじゃないか?」
「私にあの子の気持ちが分かるわけないじゃないですか。でも、あの子は掃部さんを見てパンダと言いました。純粋な子供なら、掃部さんを人じゃなくて、キャラクターとして見ているはずです」
「つまり?」
「遊園地のキャラクターが風船を配るように、掃部さんがおもちゃをプレゼントしたら良いと思います」
「受け取らなそうだけどな」
「なら、一人で寂しそうに遊んでください」
「おい」
「自分と同じだと思ってもらう、平等だと思わせることも大切です」
「そういうことか」
「私は絵梨奈さんが暴走しないように見張りつつ、子供の相手をしておきます」
「了解」
再び教室に入り、教室の隅にいる佳奈子ちゃんを見ると、小さなメモ帳を持っていて、それがウサギ柄のメモ帳だということに気づき、ウサギのぬいぐるみを持って近づいてみた。
「佳奈子ちゃん! うさぎさんあげる!」
「‥‥‥」
なにも言わないが、優しく抱っこさせてあげると、ちゃんと受け取ってくれた。
「このメモ帳見せてよ!」
「‥‥‥」
あっ、逃げた‥‥‥。
教室を出ていった佳奈子ちゃんを追いかけるように片桐さんが教室を出ていった隙に、俺は次の作戦に移った。
子供用の三十ピースの簡単なパズルを絵梨奈に開けてもらい、教室の隅で、みんなに背を向けながら、モコモコの手で頑張ってピースを繋げていく。
するとしばらくして、片桐さんと一緒に佳奈子ちゃんが教室に戻ってきた。
あとは佳奈子ちゃんを信じて待つのみ!
※
だが、待てど待てど佳奈子ちゃんは俺に近づいてこなく、パズルのピースも残り一つ。
やっぱりダメかと思ったその時、ウサギのぬいぐるみを抱き抱えた佳奈子ちゃんが俺の横にやってきてしゃんでくれた。
「俺っ、じゃなくて、僕の手じゃ上手く持てないかさ、佳奈子ちゃんが最後の一つはめてよ!」
「うん」
よかった。
朝宮のおかげだな‥‥‥って、朝宮!?
朝宮に視線を向けると、子供達に顔中スライムまみれにされ、無言で怒っている朝宮が居た。
髪の毛引っ張られて、鼻をつままれてもなにも言わない。
絵梨奈はそれを見て笑ってるけど、大丈夫かな。
「できた」
「あっ、すごいね!」
「これ」
「ん? 見せてくれるの?」
「うん」
佳奈子ちゃんはウサギのメモ帳を見せてくれ、物を掴みにくい手で、メモ帳を傷つけないように優しくページをめくった。
すると、家族の楽しそうな絵が、何ページも鉛筆で描かれていた。
「上手だね!」
「これがパパで、これがママ。このウサギはヌイって言うの」
「飼ってたの?」
「事故でどこか行っちゃった」
「そっかー、耳が垂れてて可愛いね。どんな色だったの?」
「茶色い子。パパとママの車に一緒に乗ってたの」
とても悲しそうな顔をして、まだ小学生だと言うのに、喋りながら泣くのを我慢しているのが分かり、俺はこの子の頭を撫でてあげようと腕を動かすが、腕が震えてそれができない。
こんな子供の頭すら撫でてあげられない自分にムカついていると、朝宮が優しい表情をしながら、使い捨て手袋をつけた手で、俺の手を佳奈子ちゃんの頭に乗せて戻っていった。
朝宮、いつも手袋持ち歩いてるのか?顔にスライム付いてたけど、やっぱり良い奴だな。
「もふもふだね」
「パ、パンダだからね!」
「でも震えてるよ? お手手痛い?」
「大丈夫! ねぇ佳奈子ちゃん」
「なに?」
「ウサギさん飼いたい?」
「飼えるの?」
「パンダさんがお願いしてあげようか!」
「うん」
「なら、パンダさんに任せて!」
静かに二回頷かれ、俺は社長に話そうと決心した。
「今からお姉ちゃん達が遊んでくれるから、ちょっと待っててくれる?」
「分かった」
俺は絵梨奈の元行き、ある程度事情を説明した。
「だから、遊んであげてくれ」
「任せな! 私さ」
「なんだ?」
「いや、後で言うよ!」
「分かった、ちょっと行ってくる」
「オッケー!」
教室を出てさっきの個室へやって来ると、社長と他の社員が、丁寧にお菓子を分けている最中だった。
「社長さん」
「はい! どうかしましたか?」
「ちょっと大事な話がありまして」
「分かりました。会議室へ移動しましょうか」
「はい」
社長に会議室へ案内されてお茶を出されたが、知らない人のコップはさすがに使えん!
ちゃんと洗ってるのか!?じゃなくて、ちゃんと話さなきゃ。
とにかく頭だけでも脱ごう。
「それで、大事な話とは?」
「あ、えっと、今日渡せるお金が三十一万六千円あります」
「そんなにですか!?」
「はい、親から預かったお金ですが」
「本当、毎年助かっています!」
「それで相談なんですけど、この施設でウサギを飼うことはできませんか? そんなに詳しくないんですけど、耳が垂れているタイプなら室内、立っているタイプなら野外。どっちも室内の方がいいとは思うんですけど」
「ペットですか‥‥‥維持費がかかってしまうと、現状難しいですね」
「そこをなんとか」
「すみませんが‥‥‥」
「そこをなんとか」
「ですから、申し上げた通りですね」
「そこをなんとか!」
「‥‥‥」
「社長さんはどうしてこの施設で働いているんですか?」
「子供の笑顔を守るためです」
「守れてませんよね」
「はい?」
「佳奈子ちゃんが孤立しているの、知ってましたか?」
「佳奈子ちゃんですか、はい、なんとか心を開いてくれたらいいんですがね」
「ウサギを飼いましょう!」
俺が会議とか無理だ。それは文化祭実行委員になった時に分かっている。
だから勢いしかない!
遊具の予定は変更!絶対ウサギを飼う!!
「ウサギを許可してくれなかったら、親にこの施設とは関わらないように言います」
「それはっ」
「最低なことを言っているのは分かっています。ごめんなさい。ですが、俺はどうしても佳奈子ちゃんを救いたくなってしまったんです! 情が移っちゃったんですよ。佳奈子ちゃんのためだけの施設じゃないことも分かっています。でもお願いします! 佳奈子ちゃんの笑顔のために!」
社長はしばらく静かに考え込み、やっと口を開いた。
「‥‥‥分かりました」
「本当ですか!?」
「秋田の冬は雪がすごいですから、室内で飼いましょう!」
「はい! 飼育用品とかは俺が買い揃えます」
「いえいえ! こちらでやります。一輝くんの言葉を聞いて、長く働くうちに、一人一人を見てあげれていなかったことに気付かされました。情けない話ですけどね。三十万も受けとりません」
「あっ、いや、それはそれで受け取ってもらわないと困る事情がこちらにもありまして」
「いえ、反省の気持ちもありますので、受け取るわけにはいきません」
「わ、分かりました」
親には嘘つくしかないな。しばらく焼肉とかで使い果たそう。
「それではさっそく、みんなに伝えに行きましょう!」
「はい!」
佳奈子ちゃんがどんな反応をするのか、ワクワクしながら社長と教室に戻って来ると、朝宮は子供達と一緒にパズルをしていて、絵梨奈は佳奈子ちゃんと一緒居るが、やっぱり無視されているみたいだった。
「みんな! 一回席についてください!」
「はーい!」
いや朝宮、なんでお前が空いてる席に座ってんの?
絵梨奈が俺の横に来たのを見て、朝宮は間違いに気付いたのか、素早く前に移動してきた。
「いきなりですが、来週からこの教室にお友達が増えます!」
「転校生?」
転校生って聞くってことは、ちゃんとここが学校だと思ってるんだな。
「人じゃなくて、ウサギさんを飼います!」
それを聞いた佳奈子ちゃんは、明らかに少し表情が明るくなった。
「そして、飼育係は佳奈子ちゃん! みんな佳奈子ちゃんと協力して、大切に育てることはできますか?」
「できるー!」
「私も可愛がる!」
「佳奈子ちゃんは? リーダーとして、ウサギさんを大切にできるかな?」
それを聞かれた佳奈子ちゃんは初めて笑顔を見せ、元気よく返事をしてくれた。
「はい!」
「リーダーとかすごいね!」
「なんでも手伝うからね!」
「うん!」
「名前どうする?」
今日会ったばかりの佳奈子ちゃんが、ただ笑ってみんなと話しているだけなのに、何故だか自然と涙が溢れてきた。
「掃部さん、泣いてるんですか?」
「な、泣くわけないだろ」
マジでパンダの着ぐるみ着ててよかった。
朝宮に泣き顔見られるとか最悪だからな。
それから、佳奈子ちゃんはみんなと混ざって遊ぶようになり、悲しくも俺に構ってくれなくなってしまった。
「よかったですね」
「あぁ、朝宮のおかげだ」
「私はなにもしてません。でも、もう二度と家族からの愛を感じることができない辛さは、何歳になっても感じると思います」
「その穴の空いた心が、ウサギで半分埋まればいいだろ」
「そういう、人をほっとけない掃部さん、私は割と好きですよ」
「はっ、は?」
「なになに? なに話してるの?」
「なんでもありません」
「そうだ絵梨奈」
「ん?」
「さっきなに言おうとしたんだ?」
「あれね! 桜がアンタを好きになった理由、ちょっと分かる気がするなって! 一輝って、素で優しんだね! 誤解してたわ!」
「誤解が解けてなにより」
「ご褒美にハグしてやろっか」
「な、なに言ってんだ!? 殺す気か!?」
「それもボランティアが終わってからね! 焦らしプレイってやつ?」
「小学生がいる前でやめろ」
「とにかく今は遊ぶぞー!」
絵梨奈が上に拳を挙げた瞬間、絵梨奈の顔にスライムが飛んできて、拳を挙げたまま固まった。
「え、絵梨奈? 怒るなよ?」
「やったの誰だー!!」
「わー! 逃げろー!」
おいおい‥‥‥。
※
昼過ぎまで施設内は賑やかなら空気に包まれて、早くも別れの時間。
みんなと記念撮影をして、教室を出る時、佳奈子ちゃんの方から手を振ってくれて、俺はパンダの着ぐるみの中で、思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
「今日はありがとうございました! みんな大変喜んでました!」
「また機会があれば来ます」
「また来るわ!」
「是非!」
そして帰り際、俺はやっぱり三十万をどうしても渡したくて、社長の下駄箱にお金を入れて施設を出た。
「掃部さんはいつまでパンダなんですか?」
「脱ぐタイミング見失った」
「一輝!」
歩道を歩いている時、絵梨奈が俺の目の前に飛び出して、いきなりハグをしてきた。
「これから沢山話したいことがある。来週、ちょっとでいいから話を聞いて。私のタイミングで話しかけるから、私の家族のこととか、いろいろ。それと、ボランティアに参加させてくれてありがとう! って、重っ!! 待って待って!?」
ギリギリまで意識を保っていたが、体の力が抜けて絵梨奈を押し倒してしまった。
その瞬間、目の前が真っ暗に‥‥‥。
「こんなところで襲う気!? ふざけんな! やっぱりクズ!!」
「気絶してますよ」
「はぁ!?」
※
「ぬぁー!!!!」
目を覚ますと、陽大が俺を見下ろしていた。
「大丈夫?」
そして俺は気を失ったあと、台車に乗せられて、神社に放置されたことを知った。
「すっげー疲れた」
「ずっとうなされてたよ?」
「悪かった。帰るわ‥‥‥台車ありがとう」
「うん! またね!」
「おう‥‥‥」
急に体力が奪われて、クタクタになりながらも歩きで家を目指した。
※
「ただいまー」
「やっと帰ってきましたね! お腹空きました!」
「まずは心配するのが普通だろ!?」
「心配してどうにかなります?」
「なりません!」
「なら、心配させようとしてごめんなさいですよね!」
「ごめんね!? ムカつくけど、すぐ気絶してごめんね!?」
「許してほしいですか?」
「いや、別にどうでもいい」
「かぁー! これだからパスタとカレーしか作れないんですよ!」
「関係ないだろ!」
「まぁ玄関で立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「なんで朝宮の家みたいになってんの?」
「まぁまぁママー!」
「急にどうした!?」
「私も小学生みたいになれば、甘やかしてもらえるんじゃないかと」
「いつもめちゃくちゃ甘やかしてると思うんだけど」
「たとえばなんです?」
「たまにプリン買ってきてやるだろ? 料理してやるだろ? 掃除するだろ? くだらない遊びに付き合うだろ? あと、その他もろもろ」
「そんな四個やそこらのことで良い気にならないでください!」
「あ、んじゃ今日からなにもしてやらないから」
「焦らしプレイってやつですか!?」
「そうそう。焦らすだけ焦らして、何もしないプレイ」
「とりあえずパスタでいいので今すぐお願いします! 胃袋が『もう焦らさないでぇー♡』って言ってます!」
「おい」
そんな会話をしながらリビングへ入ってパンダの着ぐるみを全部脱いでいると、朝宮は冷凍庫で冷やしていた冷凍みかんの皮を剥きながら椅子に座った。
「みかんの皮捨てろよ?」
「ポイっ」
「床にじゃねぇ!! 小学生の方がまだ大人だったぞ!」
「どこがですか! 鼻に指突っ込まれたんですよ!? 私の初めてが奪われました」
「んじゃ次からはすんなりだな」
「下ネタやめてください」
「おいこら」
小学生の方が本当にマシなレベルだったけど、朝宮も朝宮で、なにか抱えてるのは間違いないんだよな。
※
三日後の火曜日、芽衣子先生に呼び出されて職員室にやって来ると、佳奈子ちゃんから、佳奈子ちゃんとパンダの着ぐるみを着た俺が手を繋いでいる絵と一緒に、『ありがとう』の文字が添えられた紙が送られてきていた。
「感謝されてよかったわね!」
「はい!」
「絵梨奈ちゃんとも、一緒にボランティアしてみて、少しは仲良くなれたかな?」
「まぁー、多分」
「誤解されやすいタイプだからね、仲良くしてあげてくださいね」
「日向が居るので大丈夫だと思いますけどね」
「まぁね! でももしかしたら、和夏菜ちゃんより魅力的な人かもよ」
「別に朝宮も魅力的では無いです」
「えー、それじゃどういう人がタイプなのかな? 私とか?」
「教室行きますね」
芽衣子先生の冗談はキツい。
家では朝宮に振り回されて、学校では朝宮に似てる芽衣子先生に冗談を言われるとか、俺疲れて死んじゃうよ。




