間に合わせたいお祝い
どうしても不安で一度自転車を止め、朝宮に再度電話をかけてみたが、コール音は鳴るものの、電話に出ずに留守番電話に繋がってしまった。
これは、無事外出中ってことでいいのか‥‥‥?
***
陽大は何も言わずに固まる和夏菜を見て、目を泳がせながらも口を開いた。
「僕は何も見てないから」
「私も貴方に会ってません」
「一輝にも言わないでね」
「はい」
「夏祭りの時も一緒だったよね」
「なぜ分かったんですか?」
「クレープを渡す時、小指のホクロが目に入ったんだよ」
「そうでしたか」
「付き合ってるわけじゃないよね? あの一輝が、いくら和夏菜さんとはいえ、見た目で付き合ったりしないと思うし、学校でもほとんど話してないし」
「そうですね。ただの友達です」
「友達? 一輝が友達って言ったの?」
「はい」
「そっか! それじゃきっと、和夏菜さんは一輝にとって特別なんだね!」
「特別‥‥‥ですか?」
「だから桜さんとかを振ったのかな」
「いいえ、掃部さんは私に特別な感情は抱いていません。たまに嫌われてるんじゃないかとも感じます」
「そうなんだ。一緒に住んでるの?」
「掃部さんが帰って来るといけないので、私は行きます」
「う、うん。この時間は無かったことに」
「分かっています」
和夏菜は足早に家の前を離れていった。
それから数分後、汗をかいた一輝が息を切らせてやって来た。
***
「先に行くなよ!」
「ごめんごめん! 入ろ!」
「ちょっと待ってくれ」
ゆっくり扉を開けて、朝宮の靴が無いことを確認して、やっと安心感が戻ってきた。
「入っていいぞ」
「お邪魔しまーす!」
玄関に入ると金魚の水槽の横に、大きく膨らんだ花柄のバスタオルがあったが、多分これが触るなって言ってたやつだな。
「リビングでいいか?」
「どこでもいいよ! 本当久しぶりに来たよ!」
「中学以来だよな」
「だね!」
陽大をリビングに通し、俺は朝宮が居た形跡がないかをさり気なくリビングを見渡す。
ロボ犬があるけど、これくらいなら大丈夫だな。
「アイス買ったけど食べる?」
「いや、今はいいや」
「それじゃ冷凍庫入れておいてよ! 好きな時食べて!」
「ありがとう!」
「お菓子は?」
「せっかくだし食べるか」
「うん!」
陽大の様子も普通だし、俺も普通に楽しむか。
アイスを冷凍庫に入れ、二人で向かい合うように椅子に座ると、陽大は急にドキッとすることを言ってきた。
「一輝ってさ、和夏菜さんのことどう思う?」
「はっ!?」
「なにその反応」
「い、いや、なんで急に朝宮なのかなって」
「爽真くん、よく諦めないなって。よく心折れないよね」
「折れても立ち直るのが早んだろ。前にもこんな話しなかったか?」
「そうだっけ?」
「多分。陽大は好きな人とか居ないのか?」
「僕はいないよ! 男友達と遊んでるのが楽しいし!」
「それは同感だな。楽だし」
「桜さんと付き合ってた頃は楽しそうだったじゃん」
「あの頃は潔癖症でもなかったし、初の彼女でワクワクしてたんだよ。もう、一生独身な気がするわ」
「でも、静鐘高校って可愛い人多くない?」
「たとえば?」
「唯さんとか」
「咲野は性格狂ってるから無理」
「絵梨奈さんは?」
「怖いから無理」
「しーちゃんは? 小さくて可愛いじゃん」
「なんかさ、静鐘高校の可愛い生徒って、みんな性格に難ある気がするんだけど」
「朝宮さんの性格ってどうなの? 実行委員一緒にしてたじゃん」
「クールで冷たくて、たまに毒舌。要するに最悪」
「でも和夏菜さんって」
「な、なぁ陽大」
「なに?」
陽大のやつ、やっぱり気づいて‥‥‥。
「さっきから朝宮の話多くないか?」
「そ、そんなことないよ?」
どうなのか分からないな‥‥‥。いや待てよ‥‥‥?もしかして!
「お前まさか! 朝宮のこと好きなのか!?」
「そんなんじゃないよ!」
「隠すなって! 応援するぞ? 告ろう!」
「違うって! 僕はしーちゃんのことがっ」
「‥‥‥えぇ‥‥‥え!?」
「忘れて!」
「衝撃的すぎて無理だ! でも、なんで好きなんだ!?」
「頑張ってる姿とか見てたら‥‥‥」
「そうか! 俺は否定しないぞ! 告白する気とかあるのか?」
「そ、そんなことできないよ! でも‥‥‥」
「でも?」
「新聞部に入って力になれたらなって」
「テニス部はどうするんだ?」
「と、とにかく今すぐは何も考えてないよ! 思ってるだけ! お菓子はプレゼントだから、じゃあね!」
「もう帰るのか?」
「うん! ごめんね!」
陽大は顔を真っ赤にして本当に帰ってしまった。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにな。
それから俺は自分の部屋へ来て、島村と陽大をくっつける作戦を考えているうちにウトウトしてきてしまった。
※
携帯の着信音で目を覚まして、自分が寝てしまっていたことに気づく。
寝ぼけたまま電話に出ると、電話越しに朝宮の暗い声が聞こえてきた。
「やっと出てくれましたね」
「どうした?」
「川島さんは帰りましたか?」
「うん。帰ったけど」
「もしかして寝てました?」
「気づいたら寝てたわ」
「八時過ぎてますけど」
「嘘だろ!?」
慌てて時間を確認すると、時刻は二十時十九分だった。
「悪い。ずっと外に居たのか?」
「はい」
「もう帰ってきて大丈夫だ。なにか夜食作っておくから許してくれ」
「作らないでください。あと、部屋から一歩も出ないと約束してください。そうすれば許します」
「わ、分かった。約束する」
「今から帰ります」
「おう」
変な時間に寝ると寝過ぎちゃうの直さなきゃな。
明日プリン買ってやろ。
※
八時四十八分、朝宮が帰って来る音が聞こえたと思えば、慌ただしく二階に来たり一階に行ったりを繰り返す足音が続き、気になって様子を見たかったが、その気持ちをグッと堪えて部屋に居続けた。
※
なにかをしている物置は二十三時を過ぎ、ゼロ時になろうとしている今でも続いている。
少しお腹が空いているが、もう寝てしまおうとベッドに入ったその時だった‥‥‥。
「急いで食べてください!!」
朝宮が焦った表情で俺の部屋に入ってきて、手にはホールのショートケーキを持っていた。
「まっ、待て! まさかお前!!」
嫌な予感は当たり、横になる俺の顔にショートケーキを押し付けられ、俺はケーキまみれの顔のまま体を起こした。
「セーフ! 十二時一分前です!」
一瞬で怒りがピークまで到達したが、それと同時に、俺の誕生日を知っていて、密かに頑張っていたのかもという考えが頭をよぎった。
本当は一日かけて準備しようとしてくれてたのか?
多分そうだ。
「朝宮」
「はい!」
「美味い!!」
「本当ですか!? でも、私が食べる分無くなったのでケーキ代は請求します!」
「それはお前が悪い」
「それより早くリビングに来てください!」
「顔と布団を拭かせてくれ」
「早く早く!」
「分かった分かった!」
顔も拭けないままリビングへやって来ると、風船などで飾り付けされていて、テーブルには美味しそうなオードブルが置かれていた。
「やっぱり、誕生日なの知ってたのか?」
「はい! お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう‥‥‥」
「でも、せっかく朝から準備していたのに、掃部さんのせいで振り出しに戻されて、挙げ句の果てなかなか帰れなかった時は、あーもう間に合わないって、泣きそうになっちゃいました」
「ごめんな」
「間に合ったからいいんです! 食べましょ!」
「おう!」
朝宮の優しさと、楽しく嬉しそうな雰囲気を壊さないように、体がゾワゾワしながらも、顔についたケーキを拭かずに椅子に座った。
「いただきます!」
「はい! いっぱい食べてくだい!」
早く食べてシャワー!!早く食べてシャワー!!
そんなことばかりを考えてチキンを頬張っていると、朝宮は携帯を持って俺の右隣の椅子に座ってきた。
「クリーム付けてチキン食べてるの面白いので、記念に写真撮りましょ!」
「お、おう」
「チキンかじってください!」
「こんな感じ?」
「はい!」
朝宮は満面の笑みでピースをし、俺とのツーショットを撮って、満足そうに自分の席に戻った。
画面越しだったけど、朝宮のあんな笑顔を見たのは初めてだな。
「なんでここまでしてくれるんだ?」
「だって友達ですもん! 掃部さんだって私の誕生日を祝ってくれました! でも、なんだか可笑しいですよね!」
「なにがだ?」
「私達の誕生日は、必ず祝う側があたふたします! そういう運命なんですかね!」
「そうかもな! 来年は落ち着いて祝えるようにしないとな」
「それは!!」
朝宮は急に大声を出して立ち上がり、普通にビックリして体が反応してしまった。
「なんだよ」
「来年もここに居ていいってことですか!? 分かりました! 了解です!」
「なにも言ってませんけどね!?」
「まぁまぁ、硬いのは下半身だけにして、頭は柔らかくしましょう!」
「普通に硬いこと言うなって言えよ!」
「普通に硬いこと言うなって言えよ!」
「わーお。そのまま言っちゃうおバカさんは、もう少し頭硬くしようね」
「硬いこと言わないでくださいよ」
「うわ、ウザっ」
「今はそんなこと言ってますけど、掃部さんは私に感謝することになります!」
「ベッドを洗濯しに行ってくれるのか? ありがとうな」
「そんなめんどくさいことしませんよ。私悪くないですし」
「どう考えてもお前だけが悪い」
「なら、もう見せちゃいます! 玄関に来てください!」
「玄関?」
「こっちです! 迷子にならないようにお手手繋ぐ?」
「バカにすんな」
朝宮を先頭にして玄関へやって来ると、朝宮は花柄のバスタオルに手をかけた。
「いきますよ?」
「うん」
「スリー! ツー! 一!」
「最後だけ日本語!?」
バスタオルが取られると、そこには大きな水槽があり、綺麗なレイアウトの中を、たくさんのネオンテトラが泳いでいた。
「‥‥‥」
「いい表情ですねー!」
めちゃくちゃ写真撮られてるけど、なんかもうそんなこと気にならない。
なんだこれ‥‥‥すごいな‥‥‥。
「こ、これどうしたんだ?」
「誕生日プレゼントですよ! 一緒にペットショップに行った時から決めてました! 毎日少しずつ道具を買ってから帰ってきてたんです!」
「だから帰り遅かったのか?」
「そういうことです!」
「レイアウトは? 上手すぎないか?」
「毎日ネットで勉強したんですよ!」
「‥‥‥ありがとう」
「ありがとうございますですよね」
「なんだお前! なんか感謝したくなくなるわ!」
「大丈夫ですよ! 感謝は伝わってます! 貴方のちっぽけな心なんて、私は一瞬で見透かしますから!」
「一言余計なんだよ! もうシャワー浴びて来る!」
「私はまだ食べてますね!」
「うぃ」
それからすぐにシャワーでクリームを洗い流し、やっと隠していた微かな体の震えと鳥肌が治った。
戻って食事の続きするか。
素早く髪を乾かしてリビングへ戻って来ると、朝宮は美味しそうに肉団子を食べていた。
「さて、食うか」
椅子に座ってオードブルに目をやると、全てに歯形が付いていて、信じられない光景を目の前に、俺は静かに朝宮を見つめた。
「なんですか?」
「なにしちゃってんの?」
「全部味わってお腹いっぱいになりたいじゃないですか!」
「もう俺食えないじゃん!」
「あらあらごめんなさい。掃部さんが潔癖症だってこと忘れてました」
「嘘つくな! こんなの潔癖症じゃなくても嫌だろ!」
「あらあら」
「‥‥‥朝宮がいい奴だって分かるよ? 分かるけどさ‥‥‥やっぱり電話でキツく言ったの怒ってるんだろ!?」
「改めて、ソーリープリーズ」
「ごめん」
「はい! 許します! 食べていいですよ!」
「だからもう食えねぇって!!」
「かわいそうに‥‥‥」
「おやすみ」
もうさすがに付き合っていられなくて部屋に戻ってきたはいいが、枕元がクリームだらけで、俺はその場に項垂れた‥‥‥。
「‥‥‥朝宮!!」
「はーい?」
一階から返事をする朝宮に、イライラする気持ちをぶつけようと、デカい声で言ってやった。
「俺寝れないんだけど!!」
「私と一緒に寝ます?」
「俺が朝に、冷たくなって死んでてもいいならな!!」
「はい! 問題ないですよ!」
「おいこらぁ!!」
もう寝るのは諦めるか‥‥‥。
※
結局一睡もできず、俺は魚を眺めながら朝を迎えた。
今日は運良く祝日ということもあって、朝イチで枕とベッドカバーを洗いにコインランドリーへ向かった。
別に家の洗濯機でも洗えるけど、クリームまみれの布を家の洗濯機に入れるのは嫌だったんだ。
そして帰ってきて、朝宮が元気に歌う声にイライラしながらも、眠すぎて死んだように眠った。




