俺が気絶するぜ
翌日の放課後、俺は今、朝宮と二人で桜城里高校に向かっている。
「隣の高校って言っても、一キロは遠いな」
「一キロだけじゃないですか。それに、女子高だからって、捕まるようなことはしないでくださいね?」
「なにもしねーよ」
「掃部さんが捕まったら、友人インタビューに出てあげますよ!」
「変なことしか言わなそうだな」
「こう言ってあげます『やると思ってました! 私の全身タイツ姿を見て下半身を』」
「黙れ‥‥‥」
「もう着くので、真面目スイッチポチッ」
「よろしい」
桜城里高校が見えてきて、朝宮は静かになったものの、変に緊張してきてしまった。
そして遂に桜城里高校に足を踏み入れると、昇降口前やグラウンド、テニスコートなど、どこを見ても女子生徒しか居なく、すれ違う度に全員が淑やかな表情で頭を下げて挨拶してくる。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんようです」
さすがお嬢様校だ。
なんか、朝宮はここに居ても違和感ないと言うか、変に様になってるな。
「すごく美人だね!」
「静鐘高校の一年生らしいよ!」
朝宮は女子高に来ても人気だ。
そして昇降口までやって来ると、同じ金髪でも絵梨奈とは全く違う、品のある金髪ハーフの美人生徒が話しかけてきた。
「お待ちしておりました。先生から話は聞いています」
「はじめまして、朝宮和夏菜です」
「掃部一輝です」
「私は副会長の本間エリナです」
同じ金髪で絵梨奈と下の名前同じとか、とんでもない皮肉だな。
絵梨奈も顔が悪いわけじゃないけどさ。
「私と会長は一年生ですので、遠慮しないでください。それでは生徒会室へご案内いたします」
「ありがとうございます」
一年生のこの時期に会長と副会長?
なんかとんでもない学校だな。
二人がめちゃくちゃ優秀だからなんだろうけど、会長はどんな人なんだろ。
本間に連れられて校内を歩いていると、外と同じように、すれ違う生徒全員が挨拶をしてくる。
かなり躾けられてるのか、みんな育ちがいいんだろうな。
俺達の学校じゃ、まずありえない。
「ここが生徒会室です」
静鐘高校の生徒会室とは別次元の様な大きく堂々とした扉で、威圧感を感じて思わず帰りたくなってしまった。
「どうぞ中へ」
扉が開けられると生徒会室の床は全て赤絨毯で、家具も全て高そうで、なにより‥‥‥椅子に座ってる会長を俺は知っている。
長い黒髪に、朝宮といい勝負の美人。
そして、いつも余裕そうと言うか、冷静でいて、なにもしなくても威圧感の様なものを感じるこいつは‥‥‥。
「会長、お連れしました。朝宮和夏菜さんと、掃部一輝さんです」
「ありがとう。私の名前は黒川二美です。どうぞ座ってください」
「失礼します」
「しっ、失礼します」
朝宮がソファーに座ると、会長もテーブルを挟んで向かいのソファーに座り、本間が飲みものの準備を始めた。
「貴方は座らないのですか?」
「この人は極度の潔癖症なので」
「それなら心配しなくても、そのソファーは二時間前に届いた新品ですよ」
「そ、それじゃ、失礼します」
運が良かった。
それなら安心して座れる。
にしても、黒川は俺を覚えていないのか?
「それで、今日はどのような用件でいらっしゃったんですか?」
「九月の末にある静鐘高校の文化祭まで、この高校に宣伝ポスターを貼らせていただきたいのです」
「別に構いませんよ?」
「ありがとうございます」
おぉ、すんなり話が終わりそうだな。
「その対価に、貴方方はなにができます?」
あぁ、やっぱりそう来るのか。
一筋縄ではいかないだろうとは感じてたけど。
「私達が何をできるかより、そちらが望むことを言ってくれた方が早いかと」
「それもそうですね。では、こちらで文化祭をする際は、そちらの高校にポスターを貼ってください」
「もちろんです」
「それと」
それと!?
まだあるの!?
黒川は朝宮から俺に視線を移し、口元を微かにニコッとさせた。
「久しぶりね、掃部くん」
「なんだ、覚えてたのか」
「当たり前じゃない」
「二人はお知り合いですか?」
「中学が同じだった」
黒川は俺と同じ中学で、日向が良く一緒にいた人物。
正直、黒川なら一年生にして生徒会長でも、納得できちゃうぐらい中学の頃も優秀だった。
「エリナは席を外しなさい」
「はい」
本間が生徒会室を出て行くと、黒川はティーカップの飲み物を一口飲んで、俺を真っ直ぐ見つめた。
「桜さんと寄りを戻す気は無いかしら」
「どうして黒川がそんなこと言うんだ?」
「私、好きだったのよ。貴方が」
「‥‥‥は?」
「中学の頃の話よ」
「それは嘘だとして、なんで日向が出てくる」
「嘘じゃないわよ? 貴方と桜さんが付き合っていた時も、ずっと貴方に恋してた」
「んじゃ‥‥‥今はどうなんだよ」
「落ちぶれた貴方に興味は無いわ」
「でしょうね!!」
「大きな声を出さないでくれるかしら」
「あ、ごめん」
「桜さんの名前を出したのは、私が破局の原因で、貴方がいじめられることになった原因だからよ」
「‥‥‥朝宮、先に学校に戻れ」
「嫌です」
「頼む」
「拒否します」
「朝宮さん?」
「なんですか?」
「交渉相手にその目つきは良くないわよ? これはまだ交渉の途中です。個人的感情を持ち出す場じゃありませんよ」
「貴方が今話していることは個人的ではないと?」
なんで朝宮が黒川を睨みつけてんだ?
俺がいじめられてたことを知って怒ってるのか‥‥‥?
「それもそうでしたね。失礼しました」
「話を続けてください」
「桜さんは私にとても懐いていました。私自身が感じられるほど、私に強い憧れを持っていたと思います。そして、私の好きな人が掃部くんだと知って、学校での自分の居場所を守るために貴方を振ったのよ」
「自分の居場所?」
「桜さんはあぁ見えても臆病な性格で、自分が属するグループから仲間外れにされることを極端に恐れていたわ。だから、私に嫌われない様に貴方を振って、振った後も、自分は掃部くんと関わる気は無いという意思表示として、貴方の悪い噂を広め続けたの」
「そうと知ってたなら‥‥‥どうして止めなかったんだ」
「貴方は勉強もできたし、クラスの人気者だった。そんな貴方が絶望にぶち当たった時、どうするのか見たかったのよ。私の好きな人なら、きっと乗り越えると確信していたわ。なのに貴方は人間嫌いの潔癖症になって、周りから人が居なくなっていき、結果いじめられるようになった」
「それで、ずっと味方してくれてた陽大も友達が居なくなったんだぞ!!」
「正直、私は悪かったと思わないわ。桜さんが独断でしたことだもの。でも、罪悪感を感じないほど鬼じゃないわ。だから、寄りを戻すチャンスがあるなら、今からでもまた幸せになってほしいと考えているの」
「要するに、寄りを戻すことが二個目の条件か?」
「そうなるわね」
「‥‥‥」
「掃部さん‥‥‥?」
バカバカしくて笑いそうだ。
なんだそれ。
「なんでお前の罪悪感を消すことに協力しなきゃいけないんだよ。バカか? お前、思ったより全然優秀じゃねぇな!」
「なんですって」
「寄りを戻すことが条件なんじゃなくて、黒川が言いたいのは、私の罪悪感を消してくれたらポスターを貼ってあげるってことだろ? なんだよそれ、罪悪感感じてんなら、黙って無条件で貼れよ!」
「か、掃部さん、その辺でやめておきましょう。黒川さんが」
「えっ」
黒川のキリッとしていた表情が涙目に変わり、下唇を噛んで震えていた。
気の強い女ほど、心は打たれ弱いってやつか?
こんな黒川初めて見たな。
「エリナ!」
「はい」
黒川が呼ぶと、すぐに本間が生徒会室に入ってきた。
「この男を追い出しなさい!」
「かしこまりました。大人しくしていてくださいね」
「なぁ本間さんよ」
「なんでしょう」
「俺に触ったら、俺が気絶するぜ」
キラン!なんてな。
「火傷じゃないなら構いません。勝手に気絶していてください」
「なんか急に冷たくないか!?」
「さっきまではお客様。今は無礼者と判断しました」
「待て待て! マジで触るなよ? 一人で歩くから!」
「私は追い出さないんですか?」
「流れで分かるわよね。貴方も出ていきなさい!」
結局俺達は追い出されてしまった‥‥‥。
※
静鐘高校に向かってしばらく静かに歩き、俺の方から口を開いた。
「大失敗だな」
「また来ます」
「俺は来たくないぞ」
「ダメです。いずれ解決しないと、掃部さんはずっと苦しみます。爽真さんと中野先輩には、会長は体調を崩して休んでいたから、また後日行くことになったと伝えましょう」
「任せた」
「はい。今日は豪華なご馳走にしましょうね!」
「急になんで!?」
「掃部さんの心に栄養! そして、私は掃部さんの過去が知れて嬉しかったのでご馳走です! お寿司買って行くので、楽しみに待っていてくださいね!」
「‥‥‥サーモンとタコ多めで」
「任せてください! サイモンとタコザイモン多めですね!」
「うん、アメリカ人かよってツッコもうと思ったけど、タコザイモンだけは意味分かんなかったわ。タコザイモンはさすがにいないだろ」
「いたら失礼ですよ? どうでもいいですけど」
「どうでもいいのかよ! なんなんだよお前」
「和夏菜ですけど」
「はい」
「はい」
「イカ」
「カラス」
「スイッチ」
「乳首」
「‥‥‥」
急なしりとりに乗ってきたのは空気が読めてよかったのに、真顔で乳首はやめてくれ‥‥‥。
こんなことで笑ったら、もうそれは負けな気がする。
「掃部さんの番ですよ?」
「あ、あぁ、ビデオ」
「おっぱい」
「‥‥‥やめよう」
「私の勝ちなので、お寿司代ください」
「そういう勝負だったの!? なんか優しいなとか思ってた俺の気持ち返せよ!」
「わ、私の優しさは、常に裏で見返りを求めてるんだから! 勘違いしないでよね! ふんっ!」
「ツンデレ装った本音だろ!」
「優しくしたい相手にしか優しくしませんけどね。あっ、学校に着くので話しかけないでくれます?」
なんだそれ!!責めるに責めれねぇー!!
それから爽真と中野先輩に嘘の事情を説明して、途中から会議に参加した。
※
「やっと終わったー」
「一輝くん」
「なんだー?」
会議が終わると朝宮はすぐに帰っていき、座ったまま背伸びをする俺に、咲野が声をかけてきた。
「A組って文化祭の出し物なにになったの?」
「最初はアニマル喫茶だったんだけど、やっぱり話し合いの結果、コスプレ喫茶になった。メイド喫茶の店員がコスプレしてるだけだ」
「それってさ! いつもと違う和夏菜ちゃんを見れるってこと!?」
「そうだな。なに着るのかは知らないけど」
「楽しみだなぁー♡ お前はなに着るの?」
「おい、興味ないからって、急にお前はないだろお前」
「お前がお前って言うなよお前!」
「お前もお前って言ってんだろお前」
「潰すぞ」
「なにをだよ!」
「ナニをだよ♡」
「ナニをなにで潰すんだよ」
「えー?♡ まずは一輝くんを拘束してー♡ 目を逸らせないように瞼にテープ貼るでしょ?♡ そうしてから、ペンチでゆっくり♡」
うぅ‥‥‥ゾワゾワヒュンってなったわ‥‥‥。
「他には見せない恐怖に震える顔♡ 痛みに悶える顔♡ 絶対可愛いよぉー♡ ねぇ、ちょっとやってみない?♡ やるよね」
「やんねーよ! 俺のことどうでも良くなったんじゃないのか!?」
「今の怯えた顔見たら、気が変わりそう♡」
「さいなら!」
咲野の気が変わる前に会議室を出て、教室へカバンを取りに行くと、まだ日向と絵梨奈が残って話をしていた。
「一輝くん、会議お疲れ!」
「おう」
黒川の話を聞いた後だと、日向が絵梨奈と一緒に朝宮に小さないじめみたいなことする時があるのも、絵梨奈との関係を保つために、しょうがなくやってるのかもとか考えてしまう。
そんなことしなくても、絵梨奈は日向を見捨てたりしなそうだけどな。
「会議は順調?」
「ボケっとしてれば終わる」
「一輝がちゃんとやんないせいで、文化祭が台無しになったらタダじゃおかないからね」
「大丈夫大丈夫。俺以外の全員が頑張ってるから」
「まったく、これだから童貞は」
「おい、童貞差別やめろ。一定の需要があるんだぞ」
「それに、絵梨奈も経験ないよね」
「桜!! 言うなよ!!」
「なんで?」
「なんでって! あのね!」
正直ヤリまくりだと思ってた絵梨奈が、実は経験ないと知ったところで、今のうちにさりげなく、空気の様に帰ろう。
※
「ただいまー」
家に帰ってきたが、朝宮は居なかった。
本当に寿司買いに行ったのかな。
それから二時間以上経った時、やっと朝宮が帰ってきた。
「買ってきましたよ! お寿司とチキンとオードブルです!」
「クリスマスかよ!!」
「いいじゃないですか! わざわざお寿司屋さんの人に、使い捨て手袋して握ってくださいってお願いしたんですよ?」
「マジ?」
「じゃないと絶対食べませんよね」
「うん」
「掃部さんの気持ちなんて、私にかかればすぐに分かっちゃいますから!」
「んじゃ、今の俺の気持ちは?」
「えっと『あー、寿司のネタ使って、朝宮で女体盛りしてー』ですね」
「手袋して握ったのが台無しだろうが!!」
「撮影は禁止ですからね!」
「なんでやる前提なの!? しねーよ! 撮影無しならしていいのかよ!」
「ダメです!! それより見てください!」
「ん?」
「サーモンとタコだけにしました!」
「すっげ! 朝宮は? よかったのか?」
「私も好きですから! お寿司とチキンとオードブルで、九千九百円です」
「高っ!!」
「くださいよ」
「やっぱりそうなるの!?」
「私はお金を貯めてるんです!」
「よく無駄なもの買ってんじゃん!」
「無駄なものなんて買ったことありませんよ! 最近通販で注文したものだって、割ってしまった食器の買い足しですもん!」
「それは良いな」
「そんなことより、早く食べちゃいましょうよ!」
「そうだな! 食うか!」
精神的に疲れた日でも、朝宮と話してると不思議と元気を取り戻して行く。
もちろん朝宮と話すだけで疲れるんだけど、破天荒さについて行くのに必死で、他の嫌なことどころじゃなくなるんだよな。
でも、また行かなきゃいけないと思うと‥‥‥やっぱり憂鬱だな。




