授業を終えて
莉子を担いだまま一八は走り続けた。もう四分ほど走っている。全力疾走したおかげか、何とか伸吾たちに追いついていたが、体力だけでなく魔力もかなり消費してしまった。流石の一八も息が荒れている。
「カズやん君、もう降ろして! だいぶ休めたから! 担いだままだとまた罰を受ける!」
莉子の話に一八は頷く。どうせバレているような気もしたが、一応は彼女を下ろして走ることにした。
先頭の伸吾がゴールし、あとはなだれ込むように五人がゴールラインを通過。タイムは最後尾の莉子が七分半ちょうどである。何とかタイム的には全員が達成していた。
「一班、五分の休憩。次のタイムは八分に戻してやる」
一八の予想とは異なり、教官は罰を与えなかった。しかも休憩がもらえただけでなく、次走のタイムも元に戻っている。
全員が安堵し、グランドへと寝転がってしまう。流石にキツかった。三十秒の短縮は魔力を消費するしかなく、疲労度は体力だけを使うよりも酷い。
「ありがと、カズやん君……」
「気にすんな。しっかり休んどけ。次は知らんからな……」
息を整える。今はそれだけだ。次走も確実に疲れるのだから喋っている間も惜しい。
「二班、全員がタイムオーバーだ! さっさと腕立てを始めろ!」
西大寺の怒号が飛ぶ。どうやら二班もまた七分半というタイム制限であったらしい。同じような行動を彼らも取ってしまったようだ。
「教官! 一班はどうして休憩しているのでしょう!? 三番の女を担いで走ってましたよ!?」
ここで物言いが入る。どうやら二班の面々は長い直線で莉子を担いだ一八を見たらしい。従って休憩している一班に納得できなかったようだ。
「ならば貴様は誰かを担いで七分半を切れるのか? それに私は連帯責任といったはず。これは個々の罰走であるが全体での罰走でもある。班員が協力した結果であれば何の問題もない。さっさと腕立てを始めろ!」
やはり西大寺は一八の行動を把握していたらしい。けれど、お咎めはないようだ。班内の揉め事は処罰対象であったが、班員が団結し協力し合うのならば対象外となった。
流石に担いでまで走りきるとは西大寺も予想していなかったけれど、助け合う姿は彼が求めていた姿勢そのものである。
このあと五回の罰走が行われていた。結果として満足に休憩を取れたのは一班だけである。他班は罰走だけでなく腕立て伏せもする羽目になり全員が立ち上がることすらできなくなっていた。
「奥田、すまん……」
一班も例に漏れずへたり込んでいたのだが、最初にズルをした今里が一八に謝罪を始めた。あの行為は完全に利己的であって彼も反省しているようだ。
「ま、次は気を付けろ。謝るなら他の四人に謝罪してくれ……」
言われるがまま今里が個々に謝罪を始めると、罰を重くした生駒もまた全員に頭を下げていた。
「今里君に生駒君、奥田君が言っているように次から気を付けてもらえたらいいよ。僕たちは結果として唯一休憩が取れた班だ。今後も同じ班かは分からないけれど、失敗は繰り返しちゃ駄目。もう二度とないようにね」
口調は穏やかであったものの、伸吾の表情は普段と異なっている。それは容赦するようであり、実のところ警告であった。もう二度と身勝手な行為をしないようにと。
「伸吾は意外と仕切り屋なんだな?」
「そんなつもりはないよ。ただ最初に教官がインターバルの組み分けを班だといったこと。その言葉の意味を考えていたら自分勝手な行動などできなかったはず。連帯責任になるのは明らかだったからね。上を目指すつもりなら、もう少し注意深く行動するべきだよ」
一八は思った。やはり伸吾はかなりできると。言葉の節々に目指すべき騎士の姿が垣間見られる。特殊な属性だけで四席を勝ち取ったわけではないはずだ。
「まあその通りだ。伸吾とやら、貴様はなかなか分かっているじゃないか? 腕も立つようだし、同期であるのは喜ばしいことだな」
「岸野さんに褒められるのは嬉しいね。まあでも買いかぶらないで欲しい。僕は秀でた剣士じゃないから……」
すっとぼけているような伸吾に玲奈は眉根を寄せる。まあ確かに同級生で鷹山伸吾という剣士は無名であった。生駒と今里ですらインターハイの常連であったというのに。
「玲奈、もう詮索はするな。追々分かるだろう。実力を隠したまま卒業なんてできねぇんだし」
玲奈が問う前に一八が釘を刺す。伸吾は同期なのだ。言いたくない話があるのは間違いないだろうし、落第しないためには実力を示していかねばならないのだから。
問題しかなかった最初の授業。しかしながら、少しばかり同期の繋がりが強まっていた。共に戦う仲間意識が生まれたのは全て西大寺の策であったのかもしれない……。
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