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オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる  作者: さかもり
第二章 騎士となるために

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入寮

 ウメダ駅を出て徒歩五分。騎士学校はオオサカ市の中心部にあった。

 迷うはずもない。直ぐ近くであった事と印象的な時計台が駅からも見えたのだ。一八は騎士学校の時計台を目指して歩くだけでいい。


 守衛に学生証を提示すると、彼は学生寮の場所を教えてくれる。指さされたのは時計台が併設された建物。それこそが目的地であったようだ。

「おい、一八!」

 ここで聴き慣れた声を聞く。振り向くとそこには玲奈と恵美里の姿。どうやら彼女たちも到着したところらしい。


「列車の旅はどうだったのだ?」

「いやあ、最低だった……」

 苦い顔をする一八を玲奈は笑っている。

「ははは! そうだろう。身のほど知らずにも恵美里の申し出を断るからだ! 貴様の巨躯が自由席でくつろげるはずもなかろう!」

 もうすっかり呼び捨てに慣れたようである。かつてあった上下関係は既に失われていた。

 また玲奈は一八の話を誤解している。彼が最低といった理由は別に席が狭すぎたことではない。


「ちげぇよ。相席したのが浅村アカリだったんだ。色々と文句ばかりいわれてうるさいの何の……」

「悪かったわね! うるさくて!」

 タイミングが悪すぎた。迂闊にも一八は悪口を聞かれてしまう。同じ列車に乗り、目的地も同じであるのだから、現状の予測はできただろうに。


「突っかかんな。事実だろ? 人の目標に文句ばかり言いやがって……」

 体裁を取り繕うことなく一八が言う。頭ごなしに否定したほうが悪いのだと。

「まあ……悪かったわよ……」

 意外にもアカリは頭を下げた。列車での反応からまた口論になると予想できたのに。


「分かりゃぁいい。俺は浅村ヒカリを倒すだけだ」

「だから、それが無理だって言ってんのよ!」

 どうしてかアカリは再び口調を荒くする。どうも姉の話になると彼女は熱くなるようだ。


「シスコンかよ……」

 一八の言葉にアカリは益々顔を赤くした。恥ずかしがっているようで怒りとも取れる。言い返そうと口を動かしているが、生憎と何も聞こえない。


「浅村殿、合格したのだな。よろしく頼む」

 空気を読んでいないのか、玲奈が二人の会話に割って入る。

 とはいえアカリには助け舟になった。話題を変えるチャンス。ここは玲奈の話に乗っておくべきだ。

「お、お久しぶり、岸野さん……。よもや貴方が落ちるとは思わなかったけど、おめでとうと言わせてもらうわ」

「うむ、こちらこそ。これから一年よろしく頼む」

 ここで四人は別れる。かといって一八を除いた三人は一緒だ。まず向かうべきは学生寮であり、そこは男女が別々になっている。


 一八は男子学生寮へと到着。しかし、寮の入り口が何やら騒々しい。新入生らしき者たちの前に十人ばかりが立ち塞がっていたのだ。

「なんだあれは……?」

 まるで気にする事なく一八は人混みを分けて進む。早く部屋で休みたい。列車で眠るつもりが余計に疲れてしまったのだ。送りつけた荷物整理もあったし、こんなところで時間を潰すつもりはない。


「そこのお前、止まれ!」

 ところが、一八は呼び止められてしまう。入り口に立っていた者たちが一八の行手を遮っていた。

「あん? なんだテメェ……」

 苛立ちから喧嘩腰である。不毛なやり取りをするつもりはなかったのだが……。


「お、奥田一八だな!? 無礼な態度は許さんぞ! 俺たちは二年生なんだ! 礼儀を叩き込んでやる!」

 言って男は竹刀を振り上げる。更には躾だと口にして、それを思い切りよく振り下ろした。

 刹那に新入生全員が息を呑んだ。しかし、躾が酷すぎると感じたわけではない。

 それは一八が片手で受け止めていたから。振り下ろされた竹刀をいとも容易く。仮にも相手は騎士学校に合格するほどの剣士であったというのに。


「落第生が偉そうにすんなよ……」

 竹刀を握りながら一八は凄んだ。更には右手に力を入れ、彼は竹刀を握り潰してしまう。

「なっ……!?」

「何だよ……? 文句あっか?」

 騎士学校は基本的に一年で卒業となる。しかし、失格とされ、途中で学校を去る候補生も少なからずいた。また卒業試験にて准尉に昇格できなかった者には一年間の猶予が与えられている。


 一八がいうところの落第生とはまさに彼らの事であり、二年生は候補生から昇格できなかった者たちに他ならない。

「お前らも早く入れよ。疲れてんだろ? こんなのに構う義理はねぇ……」

 一八は入り口前にいた新入生たちにも声をかける。困り果てていた彼らを救済する感じで。


「おい待て! まだ話は終わってないぞ!」

 明らかに実力差を見せつけられたというのに、男は尚も威圧的に声を張る。

 ところが、それは逆効果だった。本当に疲れていた一八は彼の口調に苛立ちを募らせる。


「ああ? だったら一騎打ちでもすっか? 手加減はできねぇがな……?」

 殺気すら漂わせる一八に男は黙り込んでしまう。彼だって知っている。奥田一八がオークエンペラーと一騎打ちしたことくらいは。


「も、もう行っていいぞ……」

 迫力に負けた彼は小さな声で返す。一応はまだ命令口調であり、矜持を守ろうとしているようだ。

「雑魚が粋がんなよ……」

 チッと口を鳴らし一八は寮へと入っていく。まるで寮長であるかのように堂々と。

 入り口で立ち往生していた一年生もまた一八に続いた。既に二年生はそれを見送るだけ。万が一にも一八を怒らせてしまえば、取り返しがつかない事態になると理解したから。


「奥田君、凄いね? みんな困っていたんだ……」

 欠伸をしながら歩く一八に声掛けがあった。少し意外に思う。あれだけの殺気を放ったあとだ。だから同じ一年生であっても怖がられていると一八は考えていた。


「お前は誰だ?」

「ああ、僕は鷹山伸吾たかやましんご。試験は君と同じF組だった。まあ僕の試験は君が担架で運ばれていったあとだけどね……」

 一八の問いに伸吾は笑顔で答えた。どうにも強心臓だと思える。平然と一八に話しかけられるなんて。


「ああ、俺と同じF組か。ってことは大原って試験官だな? あいつなら楽勝だろう?」

「いやいや、流石に苦労したよ。まあでもF組は奥田君以外の受験生にとって当たり組だったと思うね」

 一八は即入院であったから、伸吾の試験を見ていない。かといって合格するくらいだから見せ場くらいはあったはずだ。


「合格できて良かったじゃねぇか。当たり組とやらに俺も入りたかったぜ……」

「ははは、本当についてないね? 名前が売れてしまったのは逆効果だったかな?」

 伸吾は笑っている。やはり彼もまた一八のことを知っていたに違いない。

 不思議な男だと一八は思った。自身の体つきから、初対面でこうも親しげに話す人間を彼は見たことがない。何しろ小学校へ入る前から一八は群を抜いて大きく、体格もガッチリとしていたのだ。


「お前、なかなか肝が据わってるな? 普通は俺を避けようとするんだが……」

「んん? 避けられたいのかい?」

 どうにも掴み所がない。まさか冗談で返されるなんて思いもしないことだ。さりとて一八も仲良くしたいと考えている。よって、その問いには首を振った。


「いや、仲良くしてくれ。初めての寮生活だし、友達作りに苦労すんのは嫌なんだ」

「僕も同じ気持ちだよ。入寮早々に奥田一八と仲良くなれるなんてね?」

 アハハと乾いた声で笑う伸吾。本当に一八を恐れていない。人を見た目で判断しないのは良いことであるが、伸吾には危機管理が備わっていないような気もしてしまう。


「伸吾、一年間よろしくな!」

 壁のない関係は一八も望むところだ。よって彼は直ぐさま右手を差し出している。

 その手は瞬時に取られ、二人は固い握手を交わしていた。

「一年どころか、ずっと戦友でいたいね。僕は奥田一八をもっと見てみたいよ」

「本当に変わったやつだ。必ず騎士になろうぜ!」

 初日から思いもしない展開だった。いきなり友達ができるだなんて。伸吾には嫌味がないし、何より一八に対してフラット。嫌悪感や恐怖心を感じさせない初対面の人間はあまりいないのだ。


「じゃあな、伸吾。俺の部屋はここなんだよ」

 既に一八の部屋の前だ。もう少し話をしていても良かったのだが、宅配便で送った荷物整理もしたいし、とりあえず眠りたい気もする。


 これから一年を共にする仲間なのだ。今生の別れというわけではなかった。

 ところが、伸吾は一八の側を離れない。彼にも色々と用事があったはずなのに。

「偶然だね? 僕も201号室だよ」

「マジか!?」

 どうやら伸吾は一八のルームメイトらしい。冗談ではないようで、彼の生徒手帳には間違いなく201号室との明記があった。


「じゃあ、改めてよろしく頼む。落第生が相部屋じゃなくて良かったな?」

「まったくだよ。いきなり喧嘩腰の君には驚かされたけどね」

 二人は笑い声を上げながら部屋へと入っていく。入り口に届けられた荷物を中へと運び込みながら。

 思わぬ出会いがあった一八。掴み所のないルームメイトであったけれど、どうしてか嬉しくて一八は大きな笑みを浮かべていた……。

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