魔道列車にて
一八はキョウト中央駅へと向かっていた。前日の入寮は決まり事である。恵美里が魔道車で送ってくれるという話もあったのだが、急ぐ必要もないと一八は魔道列車を選択していた。
「えっとウメダ駅は……」
列車に乗るのは久しぶり。高校まで地元で過ごした一八は一人で列車に乗った記憶がない。そんな彼が切符を買うのに戸惑っていると、
「そこのボタン。890円よ……」
隣で声がした。視線を下げた先には記憶にある女性の姿。一八もハッキリと覚えている。名前は朧気であったけれど、忘れるはずもない。
「お前はババァの妹!」
隣の券売機で切符を買っていたのは浅村アカリである。どうやら彼女も合格し、これから列車にて騎士学校へと向かうらしい。
「浅村アカリよ。それでお姉ちゃんのことそういうの止めた方がいいよ? わたしがいうのもなんだけど兵団での権力は凄いんだから……」
言ってアカリは切符を購入し、そのまま去って行く。話しかけたのは彼女からであったというのに気にする素振りもない。
呆然としていた一八。しかし、彼女に教えてもらった通りに切符を買う。ウメダまで890円。確かにアカリが話す通りであった。
到着した列車に飛び乗った一八は空席を探す。指定席ではなかったから後方の自由席車両を彷徨いている。
「お、空いてるじゃねぇか……」
最後列の通路側に空席を発見。直ぐさま一八は腰を下ろした。
「あんた、また!?」
席につくや聞いた声がする。それはそのはず相席となった相手は先ほど会ったばかり。窓際に座っていたのは浅村アカリであった。
「ストーカーなの? 言っとくけどあんたなんかお断りだからね!」
「知らねぇよ……。ここしか空いてねぇんだ」
何をいわれようと席を立つつもりはない。別に一時間くらいは立っていられるのだが、切符代を払った自分が立っているなんて一八には我慢できなかっただけだ。
列車が発車してしばらくは無言のまま。どうせなら一八は居眠りしようと思う。間違ってもアカリが話しかけてくることなどないのだと。
「ねぇ、あんたって剣術歴はどれくらいなの?」
ところが、目を閉じた瞬間に話しかけられてしまう。少しばかり苛立つ一八だが、これから同じ学び舎に通う者同士。無視するのも違う気がする。
「どうしてそんなことを聞く?」
「だって最近まであんたの名前なんか聞いたこともなかったし……。名のある剣士だったら試合で見かけてるはずだもん」
まあ確かにと一八。試合に出たことはないし、公式な場で剣を振ったのは昇段試験しかない。つまるところアカリが目にする機会などなかったはず。
「剣術を始めてちょうど一年だ……」
「一年!?」
一八の返答にアカリが声を裏返す。流石にそれは予想していなかった。オークエンペラーと一騎打ちをした剣士が素人同然の経験しかないだなんて……。
「あんたそれでお姉ちゃんと渡り合ったっての?」
「渡り合ったってなんだよ? 俺は腹を切り裂かれたんだぞ?」
一八としては納得できる話ではない。確かに粘りはしたものの、最終的に一八の一撃は防御され、挙げ句の果て一八は真一文字に腹を切られていた。
「あんた馬鹿なの?」
「ああん!?」
喧嘩腰とも感じるアカリの反応に一八は声を荒らげている。玲奈以外の誰も一八のことを馬鹿呼ばわりしないのだ。
「素人相手にお姉ちゃんが本気になることなんてないわ……」
小さな声で伝えられていく。それはアカリとしても不本意な話であったに違いない。
「わたしとの稽古でも完全に手を抜いてる……」
アカリの話に一八は思い出していた。彼女と同じ中学の出身である来田が言っていたこと。姉と比べれば妹は凡庸であると。
何だか自身が歩んできた人生と重なって見えてしまう。一八はことあるたびに玲奈と比較されていたのだ。優秀な幼馴染みに対して馬鹿な息子だと。だからこそアカリが自身に落胆しているのが手に取るように分かる。
「お前はお前だろ……?」
どうしてか逃げ道を用意するような話を始めてしまう。かつては一八自身も玲奈は玲奈だと割り切っていた。けれど、それが間違いだったことを一八は理解したはず。だが、口を衝いたのは彼女を擁護するような言葉である。
「あんた本当に馬鹿じゃないの?」
慰めたつもりが再び馬鹿呼ばわり。流石に一八もカチンときてしまう。
「誰が馬鹿だ? おめぇがクソ弱ぇから擁護してやっただけだっつーの!」
苛立ちから本心をそのまま返す。口の悪い女を黙らせてやろうと。強気な彼女なら少しくらいキツい言葉を並べても問題ないはずだと。
「そんなこと分かってるわよ……」
ところが、意外な反応を示されてしまう。一八の言葉にアカリは頭を垂れながら言った。
「わたしは凡人なの。誰よりも努力したとして天才には敵わないわ……。魔力だって少ないし……」
アカリの言葉に一八は何も返せなかった。彼女はインターハイを三連覇したけれど、それは玲奈がいなかっただけ。現に模擬戦をした折りには一瞬で決着がついてしまった。
「あんたも天才なんでしょ? 天才じゃなきゃお姉ちゃんとは戦えない。ホント頭にくるわ……」
続けられた話も自身を卑下するようなもの。加えて彼女は妬むような内容まで口にしている。
「じゃあ、剣術やめちまえよ……」
ここで一八が返す。一転して突き放すような話をしていた。どうしてか苛立ちが募る。馬鹿にされたときよりもずっと腹が立ってしまう。
「お前が弱ぇのは努力が足んねぇんだよ。強ぇやつは天才? 馬鹿も休み休み言えよな。仮にお前が天才であったとしても、お前の実力は今のお前以上には絶対ならねぇし」
一八はどうしてか面倒な話に首を突っ込んでいく。ふて腐れる人間の相手など、したくはなかったというのに。
「わたしは誰よりも努力したわ! でも岸野玲奈にさえ敵わない! それは才能の部分で劣っているからでしょ!?」
一八の言い分には反論を加える。アカリとて自然と自虐的になったわけではない。越えられない壁があまりに高すぎて、自身との差を計る気になれなかっただけだ。
「誰よりも努力しただと? んなもんは自己満足だ。てめぇは時間だけを費やして努力した気になっているだけ。本気でやってねぇんだ。死ぬ気になってやれてねぇんだよ……」
一八は語る。ここ一年にあった稽古の全てを。素振り一万回から鉄柱への打ち込み。訓練ともいうべき稽古の全貌を。
流石にアカリは黙り込む。そもそも素振り一万回の時点から間違っているように思う。
「あんたはそれを毎日したっての?」
睨むようなアカリに一八はフンと息を吐く。この人生で唯一誇れるものがあるとすれば、それは高校三年生の一年に違いない。それこそ誰よりも頑張ったのだと胸を張れる時間だった。
「当たり前だ。ど素人だったんだぞ? 勉強も一からだし、睡眠は一日二時間まで。眠くなったら素振りをして頭が冴えたら勉強する。思い出したくもねぇほど俺はやったんだ」
アカリは呆れたような目をして一八を見ていた。
たった一年。準備期間がそれだけしかなければ、騎士学校には合格できないはず。けれども、隣に座る大男はそれを成し遂げたのだという。
「俺はまだ未熟だ……」
一八が続けた。アカリは首を振るしかない。彼女は天才かと尋ねた言葉の通り、一八の腕前を認めている。実技試験で試験官に勝ったのは玲奈を含めて二人だけであったが、三十分も戦った受験生は彼一人だけだ。
一八だけが互角と言える勝負を繰り広げていた。しかも相手は浅村ヒカリである。一八が未熟であるとするならば、合格者の大半が実力不足となってしまう。
「馬鹿にしてんの? 未熟な剣士があんなにも戦えるはずないじゃない! あんたはお姉ちゃんと試合したのよ!?」
やはり反駁を唱えるアカリ。しかし、それは具体的な理由を含んでおらず、結果から導いただけの愚痴にも似た何かだ。
「るせぇやつだな。俺は別にお前の評価なんか求めてねぇ。俺が未熟だと言ったら未熟なんだ。何せ俺は……」
未熟という確固たる理由が一八にはあった。決してアカリを慰めるものでも怒らせるためでもない。
「世界最強しか目指してねぇんだよ……」
アカリは愕然とし息を呑んだ。言うに事欠いて世界最強。それが本心であれば、確かに未熟であろう。何しろ一八は最強どころか浅村ヒカリに負けたのだ。
「世界最強とかホント馬鹿! あんたはお姉ちゃんにも負けたじゃない!」
大きすぎる風呂敷を広げた一八をアカリは否定する。とてもじゃないけれど認められなかった。同い年であるだけでなく、剣術経験が一年しかない彼が世界最強を名乗るなんて許せない。それこそアカリ自身は人生の大半を剣術に捧げてきたのだ。
「俺はあの試験で逆に勝機を見出したぜ? 浅村ヒカリは俺を恐れたんだ。俺の剣圧に耐えられなかったはず。だからこそ、あのババァはスキルを使用した……」
合格してから考えた。現役の士官が受験生を入院させてしまうなんて本来ならあり得ないことだ。つまりは本気を出さざるを得なかったのだと思える。まだ属性攻撃すら知らぬ一八に浅村ヒカリは本気を出さねばならなかったのだと。
「悪いが俺はずっと先に行くぜ。凡人とか天才とかお前が悩んでる間によ……」
「絶対に無理よ! お姉ちゃんに勝てるはずがないもの!」
アカリも同じような目標を立てたことがある。しかし、それは本当に幼い頃の話だ。身近に浅村ヒカリという剣士がいたアカリは年を経るごとに身のほど知らずであることを強制的に知らされている。姉と比較するだけで夢を追うことすらできなくなっていた。
「ああん? クソみたいな台詞を吐くんじゃねぇよ。勝手に決めつけんな。俺は浅村ヒカリを必ずぶん投げる……。ああいや、ババァの本領で勝負しねぇとな……」
アカリには彼の話がまるで理解できない。世界最強から始まりぶん投げるとか本領だとか。しかしながら、続けられた言葉はようやく剣士らしいものであった。
「俺は浅村ヒカリをぶった切ってやる――――」
アカリは呆然と頭を振る。気が触れているとしか思えない。数ヶ月前に実力差を思い知らされたはず。まだ挑むつもりのような話を聞いては眉根を寄せるしかなかった。
「知能が低いっていいわね?」
「ああ? 喧嘩売ってんのか?」
「低脳に低脳といって何が悪いの? 少しくらい思考する頭があればそんなこと考えないもの……」
同じような展開。けれども、長く続くことはなかった。言い争っている間に到着アナウンスが流れたからだ。
『当列車はまもなくオオサカウメダに到着いたします。お乗り換えのご案内……』
消化不良気味であったものの一八は席を立つ。別にアカリがどう捉えようと構わないのだ。自分が目指すだけであり、自分自身ができると思うのなら努力するだけである。
席を立ち扉の前に立つ。心なし気持ちが昂る。どのような日々が待ち受けているのかと。
先程のやり取りはもう頭の片隅にもない。一八は新生活に期待するだけであった……。
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