力の限りに
冬休みが明けた一月上旬。三年生は基本的に自由登校となっていた。生徒会も既に二年生が主体となって動き始めている。よって玲奈たちが学園へと赴く理由はなくなっていた。
今日も今日とて岸野魔道剣術道場では朝稽古である。受験を控えた一八は最後の仕上げと全力でこなしていた。
「うむ、一八よ。この一年よく頑張った。儂はお前の努力を誇りに思う」
朝稽古が終わるや武士が言った。あまり褒められたことなどない。だからこそ少し懐疑的になってしまう。
「師範、俺は合格すると思いますか?」
雲を掴むような話であった。実技試験に明確な合格基準は存在しない。試験官を叩きのめしたのであれば合格に近付くだろうが、生憎と試験官は現役の士官が担当しており、そのような受験生は殆ど存在しない。
「一八なら合格できるだろう。儂は試験官に一撃入れてやったが、筆記試験は名前を書いただけだ。お前は少なからず勉強もしたのだろう? 実技で圧倒した受験生を簡単に切り捨てるとは思えん」
武士は試験官から一本奪ったようなのだが、筆記試験がからっきしであったらしい。名前を書いただけというのは恐らく冗談であろう。
「しかし、現役の士官相手に俺は戦えるのですかね? 正直に不安です……」
試験日が近付くにつれて不安が大きくなる。それは全て一心に打ち込んできたからこその感情だ。努力の日々が報われないだなんて一八には受け止めきれない。もしも不合格をもらったのなら、立ち直れないのではないかと思う。
「一八よ、妙な小細工はするな。お前は素人に毛が生えたようなもの。まだ磨き切れていないのだ……」
返答はあまり色好いものではなかった。一八は不安を一掃するような言葉を期待していたというのに。
「だが、磨くべきところは磨けた……」
ところが、続けられた話は一八に希望を与える。それは伸ばすべきところを最優先で仕上げたという意味に違いない。
「磨くべきところ?」
思わず聞き返してしまう。試験に合格するため武士が鍛えたところ。黙っていたとして武士は語っただろうが、一八はいち早く知りたくなっている。
徐に頷く武士。足りない時間の中で仕上げた一八の才能について口にしていく。
「怪力ともいうべきお前の力。柔術で鍛え抜かれた力を余すことなく剣に伝えること。それはどこに出しても恥ずかしくないほど仕上がっている」
秘められた一八の才能とは期待した内容とは異なり、力なのだという。力だけで戦えないことは既に一八も知っていたというのに。
「他にはないのですか?」
「馬鹿もん。力は何よりも武器になる。体格に劣る者には決して手に入らん。技術は誰でも公平に得られるものだが、先天的な資質は手に入れようがないのだ。技術で劣るお前は力でねじ伏せろ。試験官がいなそうとするならば、その剣ごと刈り取ってやればよい。武器を手放すなど戦場であってはならんことだ。つまりは自動的に一八の勝ちとなる」
割と卑怯な手にも思われたが、技術不足を補うには力しかなかった。小手先の勝負を挑むのではなく、正面衝突を武士は望んでいる。
「試験官の腕ごともいでやるつもりで剣を振れ。常に全力で振り切れる準備は済んでいるはずだ。どのような態勢からでも力の限りに振る。誰にでもできる戦法ではない」
武士は振る力をつけさせたという。一年弱という短期間。多くの受験生が何年もかけて準備してきたそこへ割り込むため、唯一無二の長所を伸ばし続けたようだ。
「自信を持っていけ。義勇兵として戦ったことは確実にプラスだが、守りに入っては駄目だ。攻め続けろ。相手が力尽きるまで全力で剣を振れ。それができる下地は既にあるのだ。何も臆する必要はない」
試験は試合とは違う。どちらかが決定的な一本を入れるか、若しくは降参するまで続く。つまるところ最後は体力勝負となる。
一八は考え込む。試験の場面など想像もできないけれど、自身のスタイルは武士が話す通りだ。剣術での技術勝負を挑んだところで結果は見えている。ならば泥臭く剣を振り続けるだけ。手数と威力で攻めるしかなかった。
「承知しました。教えの通りに俺は全力で剣を振る。試験官が剣を離さぬのなら、骨をも断つ。それでも離さないのなら腕と身体を引き千切ってやります」
一八の意思表明にそれでいいと武士。合格の目は始めからそこしかない。けれども、武士はそれだけで十分だと考えていた。
いよいよ本番である。稽古に勉強にと邁進した一八の日々が終わりを告げるのだ。努力を実りに変えるため、一八は意気込む。
必ずや合格するのだと――――。
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