再戦
グランドの中央。夏休み期間中に植えられた芝生の緑が目に眩しい。
玲奈は平常心だった。高校生活において剣術は稽古のみ。自身に課したノルマを淡々と消化するだけで試合には一度も出場したことがない。
「浅村殿はインハイ王者どころか三連覇か。努力したのだろうな……」
借り物の模造刀を軽く振ってみる。選り好みはなかったけれど、少しばかり軽いように感じた。
「岸野さん、準備は良い? 申し訳ないけどブランクとか関係ないから。わたしは最初から全力で行く」
模造刀を確かめる玲奈にアカリが声をかけた。彼女自身は振り慣れた愛剣。だからこそ玲奈がしっくりくるまで待っている。
「ブランク? 私は別に試合に出なかっただけだぞ?」
「試合勘ってのがあるでしょ? 言い訳にしないでっていってるの!」
アカリはそこだけが気になっていた。三年越しの勝利を収めたとして、試合勘を理由にされては意味がないのだ。
「浅村殿、私は剣士だぞ? 負けたとして言い訳などしない」
「そう、それなら良かった。お姉ちゃんが審判だけど、別にわたし有利な判定はしないからね? それじゃあ、始めましょうか!」
審判を務めるのはヒカリだ。事前に贔屓がないことをアカリは口にする。どのような形であろうと彼女は言い訳にされたくないらしい。
ヒカリがスッと手を挙げた。彼女の腕が降ろされるや、二人の剣先がコツンと軽く振れる。
それは試合開始の合図だ。時間制限もエリアも設けていない一本勝負である。これは純粋に優劣を決めるための試合。どちらかが一本となるまで試合は続く。
二人共が中段に構える。剣先が触れるやバックステップをし、互いに距離を取った。
瞬時に大歓声が木霊している。全中無敗の王者とインハイ三連覇を成し遂げた剣士の戦い。体育祭のプログラムにしてはビッグマッチすぎる。息を呑む試合になるだろうと誰しもが思った。
ところが、次の瞬間には甲高い音が校庭に鳴り響く。
誰も目で追えなかった。観覧者の視界に揺れるのは棚引く長い黒髪だけ。向かい合っていたはずの二人は黒髪の剣士が位置を変えたことにより、今や背中合わせである。
剣を振り切ったのが黒髪の剣士であることだけは確かだ。鷹が羽ばたいているかのように後方へと伸びた鉄剣。耳に残響する打撃音だけがその過程に導く根拠である。
観客だけでなく、審判を務めたヒカリでさえも対処できずにいた。彼女は間近で見ていたはずで、明らかな一本を確認していたというのに判定を下せないままだ。
中腰となっていた玲奈がスッと立ち上がり、後ろを振り返る。微動だにしないヒカリに視線を合わせていた。
「あ、一本! 胴あり、一本!」
ここでようやく決着が告げられている。判定は胴一本。それを聞いたあとでも観客は困惑したままだ。
二人が礼をして握手を交わす。アカリはどうにも冴えない表情であったけれど、それは負けたからではない。彼女は思い出してしまったのだ。
全中最後の試合。決勝の相手は三度同じ相手。雪辱を果たすために挑んだ一戦である。
しかし、数秒も粘ることができなかった。過去二年と同じように開始早々に一本負け。奇しくもこの今と同じように。
「岸野さん、やはり貴方は強い。剣術科を受けるのでしょ?」
意外にもアカリから話しかけた。呆然としていた彼女も敗北を告げられ握手をしたことで区切りを付けたらしい。
「もちろん。私は騎士になるつもりだ」
「そう……。騎士学校では負けないから」
言ってアカリはグランドを出ていく。敗者は勝者を称える意味でも会場から去るべきと。
『も、模擬戦の勝者はカラスマ女子学園三年、岸野玲奈さんです!』
放送により改めて勝利者がコールされると玲奈は高く右手を挙げた。いつもは試合に勝ったところで特に込み上げる感情もなかったけれど、どうしてか笑顔になっている。
それは久しぶりの感覚だった。勝利が玲奈にもたらすものはシンプルに嬉しいという感情だけ。加えて万雷の拍手が彼女を余計に高揚させている。
孤独に努力し続けた日々が認められたようで。目標はまだ先であったというのに、玲奈はここまでの道のりが間違っていないことを確信する。
鳴り止まぬ拍手に玲奈はいつまでも手を振り続けるのだった……。
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