体育祭
体育祭の当日となっていた。一八と玲奈の一件もあり、学園には大勢のマスコミが詰めかけている。注目を浴びたい理事会にとっては願ったり叶ったりの状況に違いない。共和国主導の併合であるため守護兵団からも豪華な来賓が招かれていたのだから。
まずは両校の生徒会長である恵美里と一八による開会の挨拶から。長々としたものではなく基本的には頑張りましょうといった内容である。
続いて選手宣誓となった。一八はそのまま壇上に残り、カラスマ女子学園代表の玲奈が恵美里に代わって壇上へと上がる。
「選手宣誓! 我々選手一同は……」
ここも打ち合わせ通りである。覚えたままを口にするだけ。しかしながら、一八と玲奈のツーショットであるからか、マスコミが忙しなく壇上の下で撮影をしている。
最初の競技である徒競走に直ぐさま移行。競技は武道学館生が大多数を占めていたけれど、玲奈による特訓の成果なのか入場行進は完璧であった。一糸乱れぬ行進は軍隊感が否めないけれど、その見事な行進には来賓たちによる拍手が巻き起こっている。
「殿下、大成功間違いなしですよ!」
「今思えば文化祭より良かったかもしれませんね。大した準備もしておりませんし」
玲奈たちは実行委員のテントにて競技を眺めている。単純な競技ばかりを選んだおかげか、何の問題もなく淡々とプログラムが進行していた。
「ふぅ、また一番だぜ……」
「砲丸投げに貴様がでるのは反則だろうが?」
競技を終えテントに戻ってきた一八に玲奈がチクり。最低でも一種目に出場する決まりであったけれど、出場数の上限は設定されていない。一八はトレーニング代わりとしてあらゆる種目に出場していたのだ。
「玲奈は何に出るんだ?」
「私は走り幅跳びだけだ。参加者が少なかったからな」
玲奈は実行委員として不人気な種目を選んだだけらしい。彼女であれば徒競走など圧倒できたはずなのに。
「奥田会長、色々な競技に参加していただきありがとうございます。貴方様が出場するだけで盛り上がるので感謝しかありません」
恵美里が礼を言う。オークエンペラーと一騎討ちをした話は未だ色褪せていない。しかも、それをやり遂げたのが一介の高校生であるのだから注目されないわけがなかった。
「いや、軽いトレーニングですよ。このところ早朝しか道場にいけないし、身体が鈍ってる。丁度良い運動っすね」
瞬く間に昼食の時間となっていた。持参したお弁当を校庭で食べる。お嬢様が大半を占めるカラスマ女子学園であるが、行儀悪くも感じる食事を全員が楽しんでいるようだ。
「玲奈ちゃん、それ一人分?」
「舞子殿、私の胃袋を侮ってはいけません。体育祭だからと多めにしてもらえたのです。普段は一段のお弁当しか認めてもらえないのですが……」
「走り幅跳びしか出てねぇくせに……」
三段の重箱に舞子が驚いている。普段は大きめのお弁当を一つ。女の子なのだからと玲子が重箱のお弁当を許さないからだ。
「さて午後は問題の二人三脚からだな。軽く締めてやらねばならん」
重箱を間食した玲奈が立ち上がった。彼女自身は出場しなかったものの、武道学館生がやらかさないようにと見張りを買って出ている。
『午後一番のプログラムは二人三脚となります。出場選手は入場ゲートまで……』
放送が流れるや、玲奈は竹刀を片手に入場ゲートへと進む。彼女が到着すると、ちょうど出場選手の抽選が行われるところであった。
事前に参加者は決まっていたものの、ペアとなる相手は抽選となっていたのだ。
一喜一憂悲喜こもごも。歓声や悲鳴が巻き起こっている。
「玲奈さん……」
玲奈が腕を組んで眺めていると来田が声をかけてきた。一応は彼も出場選手。ペアの抽選に参加しないのかと玲奈は小首を傾げている。
「雷神、貴様も早く抽選してこい。まあ残りくじだろうが……」
「別に相手は誰でも構いません。貴方でないのであれば……」
やる気を見せない来田に玲奈は溜め息を吐く。
好かれるようなことをした覚えはない。現実に玲奈は告白紛いの話を受けていたけれど、彼女としては真剣に考えるようなものではなかった。
「さっさと行け。男だろう? 女子と密着できるのだから、他の豚共のように騒いでおればいいのだ。フラグが立てられなくなるぞ?」
「フラグ? 何ですかそれは……」
意味が通じず玲奈は余計に苛立つ。よって説明はなく手に持つ竹刀で来田の尻を叩くだけだ。
「あの女子が貴様の相手だ! 男がエスコートをサボってどうするか! そのような男は好かん!」
玲奈に急かされ渋々と来田が去って行く。相手は一年生であった。騒がしい出場選手の中でポツンと佇んでいる。玲奈のせいで孤独を感じさせるわけにはならなかった。
ここでチラリと一八の様子を確認。来田とは違って鼻の下を伸ばしている。相手は財閥のご令嬢。その表情を見るに満更でもなさそうである。
「ふむ、どうにかなりそうだな」
キツく言い聞かせてあったから、武道学館生は紳士的な振る舞いである。全員が和気藹々とし、懸念したような状況にはなりそうにない。
とりあえず玲奈は安心しきっていた。
『選手入場!』
ところが、入場行進が始まると転倒するペアが続出。中には覆い被さってしまうペアまで現れている。かつて武道学館生徒会が目論んだ通りの展開となっていた。
「いかん!」
即座に玲奈も行進に同行し、彼らが行進しやすいように笛を吹きながら歩く。加えて竹刀を振りながら玲奈は武道学館生を威圧している。
「当日のペア抽選が仇となったか……」
入場からぐだぐだとなってしまった。けれど、理事も来賓も笑っている。この競技が単なるレクリエーションであると彼らは理解したようで、玲奈が考えるような事態とはほど遠い反応だ。
「なるほど、完璧な二人三脚など誰も望んでいないのか……」
真剣な競技もあれば息抜きもある。玲奈はようやく気付いていた。よって彼女はスタート位置から去って行く。参加者でもない彼女は邪魔にしかならなかったのだ。
「玲奈、見張りはいいのかよ?」
順番を待つ一八が問う。昨日まで粗相がないようにとしつこく話していた彼女が本番になって方針転換を決めた理由が分からなかったようだ。
「ああ、見張りは不要だったらしい。存分に転べよ、一八!」
親指を立てる玲奈。益々意味不明であるが、一八は頷くだけで返事としている。
玲奈は一人実行委員のテントまで戻ってきた。ようやく一息付けるとパイプ椅子に座る。しかし、テント内が何やら騒々しい。
振り向くとそこにはなぜか浅村ヒカリの姿がある。来賓としてやって来た彼女がどうしてか実行委員のテントにいた。
「やぁ岸野玲奈、久しぶりだな!」
「あっ、はい。ご無沙汰しております」
即座に起立し、玲奈はペコリと頭を下げる。
「ああいや、気を遣うな。今日はお祭りだろう?」
笑顔を見せるヒカリ。また彼女の隣には見慣れぬ制服を着た女生徒までいる。明らかに部外者。かといって玲奈が知らない相手でもなかった。
「岸野さん、お久しぶり」
目が合うや玲奈は話しかけられた。他校の女子ではあったけれど、その言葉通りに玲奈と彼女は顔見知りである。
「浅村殿、三年ぶりか……」
彼女は浅村ヒカリの妹でアカリという。剣術の高校選手権を三連覇した猛者である。
「そうね。貴方がカラスマなんかに進学するから。高校の剣術部はつまらなかったわ」
玲奈にとっては耳が痛い話だ。武術系の学校へ進学していたとしたら、恐らく高校でもアカリと戦う場面があったことだろう。
「三連覇した映像は見させてもらったぞ。流石は浅村殿だな……」
「それって皮肉? わたしは全中で三年連続二位。岸野さんがいない大会で勝っても意味はない。虚しいだけだった……」
玲奈としては褒めたつもりだが、アカリにとっては強烈な皮肉となった。幾ら三連覇しようとも中学時代の敗戦は残ったまま。リベンジの機会が彼女にはなかったのだ。
「そこでだ、岸野玲奈。このあとのプログラムを変更してもらいたい。今日は来賓として騎士学校の重鎮たちも来ているし、貴様にとって素晴らしいアピールの場を私は用意した」
割り込むようにして語られるヒカリの話は何だかよく分からないものであった。しかし、続けられた内容に玲奈は唖然と息を呑む。
「アカリと模擬戦をしてみろ――――」
思いもしない話であった。どうしてそんな話になるのかと思う玲奈だが、実際に妹を連れて来た彼女が冗談を口にしているとは思えない。
だとしたら、その理由。玲奈は高校になってから一つの試合も出ていないのだ。確かにヒカリが話すように岸野玲奈が健在であることをアピールする場は好都合。かといって、わざわざそのような場を設けるために彼女が一肌脱いだとは考えられない。
「要は私の実力を計りたいと?」
ニヤリとするヒカリを見ては疑いなど持てない。どうやらアピールの場という話は口実でしかなく、単にヒカリが玲奈の剣術を見たかっただけのよう。
ならばと玲奈は心積もりを済ませる。どのような事態になったとして対処できるようにと。
玲奈としては恵美里の決断を待つだけであった……。
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