浮かれる一八
一方で一八は完全に浮かれていた。玲奈の気も知らず高笑いである。
「わはは! ニュースを見たか? ずっと俺の話題で持ちきりだぞ!」
今朝になって大騒ぎとなっていることを知った。学校に来るまでにもインタビューを受け、校門前では一八を待っていた者たちに取り囲まれもしている。
「奥田さん、カッケーす! オークエンペラーと一騎討ちとか半端ないっすね!」
「土居、俺はな世界平和のためなら命をも擲てるんだよ」
「最高っす! 武道学館生の鑑ですよ!」
武道学館もまた実行委員の集まりである。特別な用事がなくとも一週間に一度は玲奈が来ることになっているのだ。また玲奈が来るということで部外者である来田の姿もあった。
「一八さん、本当にお疲れさまです。同じ時期に剣術を始めたというのに強くなりすぎですよ……」
「来田、お前も強くなってるよ。ようやく魔道の練習を始めたんだろ?」
「ええまあ。受験には必須ですし。でもなかなか安定しないんですよね。試験までに魔道剣術一段に合格せねばなりません……」
しばらくは剣術談義となる。この二人は共に元柔術部であったけれど、今や顔を合わせると剣術の話しかしない。
「俺も剣術始めるべきっすかね? 奥田さん目当ての女子が校門前に一杯いましたよ?」
「いや参ったな! 俺にも遂にモテ期到来とか! 土居も剣術やってみろよ?」
一八の努力を知らない面々は華やかな部分だけを切り取っているようだ。一夜にしてスターとなった一八は羨望の的となっていた。
そんな折り、役員室の扉がノックされるや徐に開かれている。
「一八、調子に乗るんじゃないぞ?」
全員が振り返るも別に慌てることはない。見慣れたシルエット。一つに纏められた黒髪に膝丈のスカート。加えて竹刀を肩に置く者など彼女をおいて他には存在しない。
「玲奈、お前も大変だろう?」
「いや私は殿下の魔道車で送ってもらったからな。インタビューやら入り待ちとかスルーしている。今となっては壁がなくなり校門を出る必要がなくなったのは幸いだ」
玲奈がツカツカと入室するのはいつも通り。しかし、彼女に続いて三人の女生徒が現れたのには全員が驚いていた。
「奥田会長、昨日はお世話になりました……」
まずは恵美里が挨拶をする。彼女は別に普段通りであったけれど、以前のような恐れた様子はない。
「貴方様は義勇兵でしたが、父は何か特別なお礼を用意すると話しております」
「別に気にしないでくれ。なんてかもう褒美はもらったようなものだ。テレビに出たり女子に黄色い声援をもらえるなんて考えもしなかったぜ」
一八は笑っている。こんなにもチヤホヤされるとは予想外。彼はただ玲奈が心配で付き添っただけであったというのに。
「玲奈さん、俺も剣術を習いたいんすけど?」
唐突に土居がいう。一躍英雄となった一八を見て、彼も看過されてしまったようだ。
「通常なら歓迎するのだがな……。昨晩から入門希望者の電話が鳴り続けている。しばらくは無理そうだぞ」
「玲奈さん、本当ですか? 我々の稽古はどうなるのでしょう?」
堪らず来田が聞く。今日も一八と一緒に道場へ行く予定だった。しかしながら、想像以上の反響があったようで雲行きが怪しい。
「今日は無理かもしれん。道場には報道陣が詰めかけているだろうし、まして一八が現れてみろ? 稽古どころではないぞ」
父上もインタビューやらあるだろうと玲奈。一八が通う道場として脚光を浴びるのは間違いないはずだ。
「マジかよ……。それじゃあ俺はどこで稽古すりゃいいんだ?」
「貴様が責任を持って報道陣を引き付けろ。うちには来るなよ?」
玲奈は釘を刺した。素振りならばどこでもできるのだ。しばらくは道場に来て欲しくなかった。
「一八さん、どうします?」
「まいったな。昨日の一振りを自分のものにしたかったのに……」
二人して考え込む。学校での様子を見る限り、岸野魔道剣術道場も同等以上の混乱を見せているだろう。何しろ玲奈と一八の家は隣り合っており、マスコミが張り込む十分な理由がある。
「俺んちの道場も駄目だろうし、河原で稽古すっか?」
来田という稽古相手が近くにいたのは幸運だった。マスコミに張り付かれては稽古どころではない。武士に迷惑をかけることにもなるし、ここは家から離れて稽古した方が良さそうだ。
「それで奥田会長、理事会からの連絡があるのですけれど……」
脱線話に終止符を打ったのは恵美里である。彼女にはお礼を伝えること以外に理事からの連絡事項があった。決して興味本位でついてきたわけではない。
「実は体育祭の選手宣誓を玲奈さんと奥田会長にお任せするよう仰せつかっております」
その話は玲奈も初めて聞く。とはいえ一躍時の人となった二人ならば適任かもしれない。二人の抜擢は併合が上手く進んでいることを議会にアピールするためだろう。
「本当ですか? まあ俺はかまいやしませんが……」
「殿下、私も異論はありません。理事の思惑であると存じますが、武道学館のクズ共の気を締めるという意味合いでは最適であります」
「それならば良かったです。あとこちらが人気投票の途中経過となっております」
恵美里が続けた。次なる話はカラスマ女子学園が独自に行っている人気投票について。
秘密裏に行った先行投票にて概ね決まっていたものの、そこから十人ほどが漏れるということになっている。
「うお! 俺が一位じゃないっすか!」
思わず声を上げる一八。受け取ったプリントの一番上に奥田一八とあったのだ。先週の途中経過ではボーダーギリギリを彷徨っていたはずなのに。
「ほぼ本日の午前中だけでその数になっております。奥田会長の出場は間違いないかと思いますね。それに伴い我が校の参加希望者も定員を超えてしまいまして、抽選することになっています」
一八の影響力は学園側の選考にも及んでいる。参加希望者が二十人に満たなかったのが嘘のように人気を博していた。
「で、では玲奈さんは参加されないのでしょうか!?」
ここでまたもや来田が質問を投げた。彼はずっと玲奈との二人三脚を希望している。だからこそ口を挟まずにはいられない。
「雷神、希望者が大勢いるのなら流石に私は参加できない。ただし風紀委員として競技は見張るつもりだ。安心してくれ」
来田の不安とは要点がズレた返答。途端に来田は言葉をなくしている。一応は彼も出場選手枠内に入っていたというのに。
「最後にプログラムの変更があります。こちらは理事会が主導して計画されたもので、両校の生徒たちでダンスをすることになりました。簡単なダンスですので是非とも覚えてご参加ください」
言って恵美里はダンスが収録されたデータを一八に手渡した。最後のプログラムは参加自由である。男女のペアになっても良いし同性同士でも問題はなかった。
「了解しました。是非とも参加させていただきます!」
「わ、私も参加します! ダンストやらを覚えなくては!」
張り切る一八に光明を見出す来田。加えて彼らだけではなく、二人三脚の出場が絶望的な土居や野江も手を叩いて喜んでいた。
「それで一八君! 君は彼女とかいるの?」
業務的な連絡が終わったところで舞子が話を始める。興味を持ってしまった彼女はどうにも積極的であった。
「か、か、か、一八君!?」
慌てふためく一八。意図せず玲奈と同じような反応をしてしまう。それはそのはず一八は完全に嫌われたものとばかり考えていたのだ。
「おい一八、浮かれてるんじゃない。さっさと舞子殿の質問に答えろ」
「だって名前で君付けだぞ!? 自慢じゃねぇが親とお前と玲子おばさん以外の女子に名前を呼ばれたことなんてない!」
既に返答となっていただろうが、一八は舞子と視線を合わす。少しばかり顔を赤らめ、
「か、彼女なんていません! 未だかつて告白されたことすらありませんから!」
希望に満ちた目で舞子を見ていた。ようやく女神マナリスが仕事をしたのだと思えてならない。
「そう! じゃあ、あたしとダンスしよう! 約束だからね!」
「もちろんです! ありがとうございます!」
何と舞子はフライングにてダンスパートナーに立候補してしまう。更には二つ返事で一八が了承し、争奪戦とみられた一八の相手は決定している。
「一八、くれぐれも失礼のないようにな。舞子殿は誰にでも気さくな方だが宮之阪家は旧家でな。元公族という尊いお方なんだぞ?」
「マジか! でも元ってことは今は俺たちと変わらないんだろ?」
宮之阪家が取り潰しとなった理由は単に共和国の母体となったキンキ王国と縁がなかったからだ。
かつて淀屋橋家率いるキンキ王国が統一を果たすまで、地方には数多の小国が乱立していた。その内の一国がハリマ王国であり、ハリマを統治していたのが宮之阪家である。王国時代は公族として扱われていたものの、敗北勢力についていた宮之阪家から淀屋橋王家への婚姻は一度も成立せず、王政から共和制に移行した際に取り潰しとなっていた。
「貴族ではないにしても舞子殿の家は政治家を大勢輩出している名家だぞ? 未だハリマ地方では多くの支持者がいるのだ。むさ苦しい柔術家の家系とは違うのだと理解しろ」
奥田家の一代目から順追って見ても政治家なんて一人も存在しない。そう言われると明らかに区分が違うように思えてしまう。
「一八君、今は君主制じゃないし、あたしは身分とか全く気にしないよ。ダンスを楽しもうね!」
屈託のない笑みを見せられ一八は顔を赤くする。脈があるように思えてならない。かといってそういった経験が前世を通して皆無である一八は尻込みもしている。
「あ、ああ、よろしく……」
チラリと玲奈に視線を送るも彼女は頷きを返していた。ならばこの返答で正解なのだろう。好意を受け入れ、尚且つ踏み込み過ぎない。がっつくのは嫌われる元であった。
「玲奈さんは誰とダンスするんすか!? 良かったら俺と……」
「土居、お前抜け駆けすんなよ! 玲奈さん、僕と踊ってください!」
ここで野江と土居が同時に玲奈を誘う。しかし、彼女は返答することなくニヤリとするだけである。
「恵美里殿下、そろそろお暇しましょう」
「え、ええ。そうですね……」
更には学園へ戻ろうと恵美里に促す。小乃美と舞子の背中を押し、最後に玲奈が扉を潜る。だが、ここで立ち止まり、後ろを振り返ってはようやく返事を始めた。
「野江に土居といったな? 私は自分より弱い者には興味がない。ダンスに誘いたいのなら精進したまえ……」
言って玲奈は肩の竹刀をトントンと動かす。睨みを利かしながらであったが、彼女の表情はいつもより柔らかい。
「私は岸野玲奈。挑戦ならばいつでも受けよう!」
そういうと玲奈は悪戯な笑みを見せる。台詞とのギャップを覚える笑顔に野江と土居は思わず赤面してしまう。
「じゃあな!」
玲奈は小さく手を挙げてスッと身体の向きを変える。すると彼女の長い黒髪がフワリとし、役員室には何とも言えぬいい匂いが漂った。
そのあとは静かに扉が閉じられる。言葉遣いや帯刀はともかくとして、彼女が見せた一連の所作は一つ一つが上品で華麗。どうしてか洗練されているように見え、眺めていた者は貴族的な雰囲気を玲奈に感じてしまう。
扉が閉じられた今も全員が固まったまま。彼女の幻影を皆が追い続けていた。
「奥田さん、玲奈さんって貴族じゃないっすよね?」
疑問の答えは明らかであったものの、一八はさあなと答える。現世でいうなら間違いなく平民。しかし、姫君の騎士をしていた前世は恐らく貴族であったに違いない。
一八の返答に益々分からなくなる二人であった……。
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