人生の最後に……
一八は相も変わらずエンペラーの右腕を狙っている。既に根性というより意地であった。この半年で学んだ全てを出し切り、右腕だけでも切り落としてやろうと。
もはやこの命が長くないことを一八は察している。援軍が現れないのだから自身はここで力尽き、エンペラーによって虐殺されるはずだと。
「かってぇ腕だな!」
声を出していないと意識を失ってしまいそう。だからこそ声を張り、目標に定めた右腕を狙う。
その達成が一八にとって生きた証しとなるはずだ。災厄と呼ばれるエンペラーと一騎討ちをし、仮に手傷を負わせたのなら、それで十分にこの生を示すことができた。
きっと片腕のエンペラーならば討伐されるだろう。人はそこまで弱くない。その手傷を与えたのは自分だと一八は胸を張りたかった。
「師範、すまねぇ。俺はここまでだ……」
もう一八の目はまともにエンペラーを捕らえていない。体力も魔力も限界を通り越している。立っていられるのはまだ目標を達成していなかったからだ。
「ウハハ! 流石に人族ではそれまでか? だが、考えていたより楽しめたぞ! 矮小なる者よ、肉片と成り果てろ!」
エンペラーは察知していた。一八が限界であること。また自身の腕が想像よりもダメージを負っていることもエンペラーは理解している。
「くたばれ、人族!」
「るせぇぇっ! やってみろやぁぁっ!」
一八は最後の力を振り絞った。もう何も残すつもりはない。体力も魔力も気力も全てをこの一撃に乗せる。振り切った直後に息絶えても未練が残らぬように。
「だぁあああぁぁああああっ!!」
殴りにきたエンペラーの右腕に一八は勘だけで合わせていた。
百万回と振ってきた剣。その太刀筋を信じて、一八は全身全霊を注ぎ込み振りきっている……。
それは集大成として相応しい一振りであった。これまでとは明らかに異なる確かな手応え。奈落太刀の切っ先はクルリと位置を変え、滑らかな真円を描いている。
刹那に一八は理解した。既に視界は何も映していなかったけれど、手に残る感覚が一八に告げていたのだ。目的は達成されたのだと。この苦しみから逃れられることを……。
全身を叩く激しい雨の中、一八は表情を和らげて小さく呟いていた。
「やったぜ…………」
絶叫するエンペラーの声に確信する。ようやくエンペラーの右腕を切断したのだと。
斬った感触は決して忘れないだろう。それは一八がこの生の最後に初めて覚えた剣士としての極みであったのだから。
「ざまぁねぇな……」
徐に膝をつく一八。目的を遂げた彼を支えるものはもう存在しない。激しい雨に背中を叩かれながら、一八の身体がゆっくりと大地に引き寄せられていく。
前のめりに倒れ込んだ一八は静かに目を瞑った。右腕を切り落としただけでエンペラーが絶命するはずもないのだ。幾ばくもせぬうちに一八は攻撃を受け、殺されてしまうだろう。
「あばよ、玲奈――――」
一八はやり尽くしていた。彼は死の間際に笑みを浮かべ、人として歩んだこの十八年を振り返っている。
今朝の段階では想像もできぬ未来であるが、それでも一八は十分な満足感を覚えていた。駆け抜けた短い人生に悔いなどない。なぜなら彼は自分自身を誇れたから。死ぬほど努力をした一八は災厄と称されるエンペラーに一矢報いたのだ。それこそ人生の最後は燦然と輝きを放っていたことだろう……。
覚悟したはずの一八。しかし、どうしてか追撃されずにいる。とどめを刺されることなく彼は地面に伏したままだ。
一八は薄く目を開いた。相変わらず焦点は合わなかったけれど、確かに一八は見ている。
雨靄に揺れる長い黒髪。見慣れた小さな背中。身体に染み込んだ流派の所作を。
はっきりと確認せずとも、一八は現れた人物が誰であるのかを知る。
「一八、待たせた!」
更には威勢のいい声が聞こえた。かといってそれは玲奈だけじゃない。大勢がエンペラーと戦っていたのだ。飛び交う声に一八は理解している。
玲奈もまた目的を遂げたのだと。小隊を引き連れ戻ってきてくれたことを。
「おせぇよ……」
ここで一八の意識は途切れた。もう少しも動けそうにない。引き摺られるようにして身体が動いていたけれど、彼は何の抵抗もできないままだ……。
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