レイナ・ロゼニアの記憶
玲奈は魔力を振り絞り、砦の天辺へと飛び乗っていた。けれども屋上には誰もいない。加えて侵入しようにも頑丈に施錠された鉄扉がそれを阻んでいる。
「ご丁寧に施錠魔法までかけてあるのか……」
何度も声をかけた。幾度となく体当たりを試みた。けれども、反応はなく無駄に体力を削るだけだ。
「雨音だけじゃなくオーク共が暴れ回っている。これでは私の声が届くはずもない……」
横殴りの雨に加え、オークたちが砦を攻撃しているのだ。屋上から幾ら呼びかけたところで玲奈の声など聞こえるはずもない。
「どうすればいいのだ……?」
無力さを覚えている。時間だけが虚しく過ぎていった。一八だけでなく自分たちに任せてくれたヒカリや優子にも申し訳なく感じてしまう。
一瞬のあと、稲妻が落ちた。それは荒野の果てに突き刺さっただけだが、玲奈は思わず身を屈めてしまう。
この嵐に相応しい雷雲。徐々に落雷は多くなっていた。前世のトラウマが玲奈の身体を硬直させている。急ぐべきときであるというのに、彼女は身を小さくして震えるだけであった。
死ぬのは怖くなかった。けれど、落雷のたび玲奈の身体は強ばっている。彼女は閃光が走るごとに身体を屈めてしまうのだ。
「こんなはずでは……」
頭で理解していても身体が動かない。魂にすり込まれたあの感覚が蘇り、どうしても反射的に身体が反応してしまう。
「またも私は守れないのか……?」
玲奈は唇を噛んだ。あまりに強く歯を食いしばったからか口元から血が流れている。
自宅であればベッドに潜り込んで震えているだけでいい。けれど、今は日常の一場面ではない。自ら囮を買って出た一八のためにも無理矢理に身体を動かすときだ。
身体を叩く雨。前世の記憶を引き継いだことを彼女は悔いている。記憶さえなければ、無様に身体を震わすこともなかったのだと。
「一八……」
囮を買って出た一八は今も剣を振り続けているはず。玲奈が援軍を引き連れて戻ることを待っているはずだ。
「私は騎士ではなかったのか……?」
意図せず半年前の試合を思い出していた。一八と戦ったこと。玲奈は試合に勝ったけれど、騎士であったのは明確に一八であったことを。
濡れた髪先から零れ落ちる幾つもの雨粒。まるで玲奈を急かすかのように、ポタポタと時を刻んでいた。
次の瞬間、玲奈は両頬を思い切り叩く。岸野玲奈が目覚めるように。過去の呪縛から逃れられるようにと。
「レイナ・ロゼニアなどもういないのだ! 私は岸野玲奈! 騎士であり、全てを守る者なんだ! 私のせいで誰かが失われるなどあってはならん!」
叫ぶように言って玲奈は立ち上がった。まだ足は震えていたけれど、彼女は決意でもって身体を動かす。自分自身が死ぬだけならばマシであると。仲間たちが自分のせいで失われるなんて、騎士としてあってはならないことなのだと。
「今度こそ全部守るんだ。仲間たちもこの世界も……」
いち早く行動を起こさなければ、恐らく砦は陥落するだろう。アリのように蠢くオークが入れ替わり立ち替わり攻撃していたのだ。如何に強固な造りであろうと時間の問題であった。
「オークなんぞに負けるか!」
玲奈は再びエアパレットをデバイスから呼び出す。更には、あろう事か彼女は砦から飛び降りていた。
塔のような砦の周囲をエアパレットで回るように降りながら玲奈は声を張る。
「義勇兵の岸野玲奈だ! 開門しろ! 魔力回復薬を持ってきたぞ!」
しかし、反応はない。本当に籠城しているのかと疑ってしまうほど砦は静まり返っている。
「やはり戦うしかないな……。まあいいだろう。豚共め、岸野玲奈の大立ち回りを見せてくれる!」
玲奈は心積もりを済ませた。扉前に陣取るオークと戦い小隊に気付いてもらおうと。
幾ら頑丈な砦であっても入り口は少なからずダメージを受けているだろう。隙間でもあればそこから声や姿が確認できるはずだ。
「私は岸野玲奈だ! オーク共、待たせたな!」
着地するよりも早く玲奈は上空から斬り掛かっていた。扉前の一頭を頭から斬り裂き、ストンと片膝をついて扉の前へと降りる。
「幾らでもかかってこい! 相手になってやる!」
玲奈は隊員たちに聞こえるよう大きな声を上げ、更には姿が見えるようにと右へ左へ斬り掛かった。一刻も早く気付いてもらえるようにと。彼女なりに全力を尽くしている。
しかしながら、体力も魔力も限界に達していた。けれど、自身を待つ仲間のためにも、彼女は気力を振り絞る。この窮地から必ず脱するのだと……。
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