緊急警報
登校中に一八は玲奈と鉢合わせていた。走って学校へと向かう一八が、歩いて登校する彼女に追いついた格好である。
「よう玲奈、いつも早ぇな!」
「む、一八か。貴様夜中も大竿を振っていただろう? 嵐でも来るのかと目が覚めてしまったぞ?」
一八は勉強の息抜きとして素振りをしていた。眠気覚ましと気分転換。かといって近所迷惑であったのは明らかである。
「ああ、すまん。無性に振りたくなってな。おかげで四時まで集中して勉強できたぜ!」
「貴様の体力は無尽蔵だな? 身体を壊しては元も子もないぞ?」
「体力だけは自信がある。死ぬつもりで頑張らなきゃならん時なんだ。騒音は多めにみてくれ」
まったくと呆れたような玲奈。しばし雑談をしていると校舎が見えてきた。
ここでお別れである。併合に向けた改装が進んでいたけれど、校門を抜けた先の校舎は別々なのだ。
「じゃあな、一八!」
そう玲奈が口にした瞬間、街中の警報が一斉に鳴り始めた。加えて放送によりその理由が伝えられていく。
『魔物注意報発令! 北部より大規模な魔物の進行が確認されています。シェルター状況の確認をしてください。避難警報となる可能性は70%です。また兵団は腕に覚えのある義勇兵を求めています。徴兵法九条四項にある緊急処置に乗っ取り……』
放送によると魔物の大軍が押し寄せているようだ。まだ避難範囲にはないらしいが、避難指示の可能性は決して低くない。
「おい、一八!?」
「マジかよ……」
二人が戸惑っていると、カラスマ女子学園の校門から恵美里が飛び出してきた。彼女は魔道車での通学であり、忘れ物をしたとして取りに帰るなんて出来なかったというのに。
生徒会役員室にいるはずの恵美里が慌てて学園をあとにしたわけ。タイミング良く通知された注意報と関係があるように思えてならない。
「殿下、どうしました?」
「ああ、玲奈さん……」
青ざめた恵美里の表情を見ては危機的状況なのだと分かる。冷静沈着な彼女が取り乱すなど並大抵のことではないのだ。
「申し訳ございませんが、本日は早退させていただきます。役員会は延期ということで……」
判然としない返答に、玲奈は眉を顰めた。だが、玲奈はその理由を推し量っている。
「恵美里殿下、私は頼りないかと思いますが、貴方様をどこまでもお守りするつもりです。何が起きたのか話してください」
玲奈は真剣だった。中学からずっと一緒にいる。恵美里としては巻き込みたくなかったものの、中途半端な説明は玲奈の忠義に反した。
「取り乱しました……。実はお父様の部隊が消息不明なのです。恐らくはオオツ辺りという話。ですが、そこにはオークキング率いるオークの大軍が押し寄せているらしいのです」
恵美里は包み隠さず玲奈に告げた。緊急的に連絡を受けたこと。これから守護兵団キョウト支部に直行することを。
「ならばお供します。不肖ながら、この玲奈お力になれるかと。このところの追い込みで剣に磨きがかかっておりますので」
オークキングという魔物の名を口にすれば尻込みすると恵美里は考えていた。しかしながら、玲奈は彼女についていくという。
しばし考えたものの、恵美里はお願いしますと頭を下げていた。やはり一人では心細い。中学からの付き合いで気心の知れた玲奈が一緒であれば、少しくらいは落ち着けるというものだ。
「お止めください。私は永遠に忠臣であります。命令であれば火の中だろうが水の中だろうが突き進む所存です」
玲奈が決意を述べるや、黒塗りの魔道車が到着。即座に後部座席が開くと恵美里に続いて玲奈が乗り込んでいく。
一八は不安だった。玲奈が同行する理由。恵美里を落ち着かせるためだけに学校を休むとは思えない。
「玲奈、俺も行くぞ……」
ここで一八が口を開いた。何の躊躇いもなく決断した玲奈に彼も心を決められた様子。締められようとする扉をガッチリと掴んでいる。
「一八、戦えるのか? 言っておくが私は義勇兵になるつもりだぞ?」
やはり一八が危惧した通りである。玲奈は街壁の外に出るつもりらしい。義勇兵が数多く集まるはずもなく、仮に玲奈一人であったなら絶対に生き残れないだろう。
「俺も暴れてみたくなったんだよ。このところの魔道剣術の成果。魔物相手なら遠慮することなく、ぶっぱなせるだろう?」
ニシシと笑う一八に玲奈は呆れている。さりとて有り難い話であった。単騎でオオツまで行くのには些か不安を覚えていたからだ。
「殿下、道場に寄ってください。竹刀では戦えません」
「玲奈さん本気でしょうか? 別にわたくしは戦って欲しくて話したわけではないのですけれど……」
制止するような恵美里には首を振る。元より玲奈は共和国のために戦うと決めていたのだ。兵団を指揮する七条中将の危機に駆けつけない理由はなかった。
瞬く間に魔道車は岸野魔道剣術道場へと到着。玲奈は真剣を手に取り、一八は武士に武器の貸し出しを願い出る。
「なんと、本気か一八?」
「玲奈一人に向かわせるわけにはなりません。どうか奈落太刀を貸してください!」
娘が頑固なのは分かっていたものの、弟子もまた頑固である。少しばかり悩む武士だが、彼の決断は早かった。逃げようとせず戦おうとする二人。騎士を目指す二人が戦うというのならば、師匠として背中を押すべきであると。
「必ず帰ってこい。今日も素振りのノルマを果たせるようにな」
言って武士が巨大な桐箱から大太刀を取り出す。鞘に収められたそれは一八の身長よりもずっと長かった。
「玲奈、お前は冷静に戦うのだぞ? 魔物の大軍だろうが落ち着けば問題ない。敵は常に己の中にいると思え」
「父上、了解致しました。私は必ず戻るゆえ、晩ご飯は五升の白米を所望します」
二人は慌ただしく剣を受け取り、再び道場を出て行く。恵美里を待たせてはいけない。武士に背中を押された二人は必ず勝利して戻るのだと心に誓った。
三人を乗せた魔道車がキョウト支部へと走っていく……。
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