過去にあった決戦
翌朝、一八は稽古を終えたあと自宅で朝食を取っていた。三六は先に朝食を済ませて道場にいるらしく今は母の清美しかいない。
「一八、本当に騎士学校を受けるつもり?」
母の言葉は今さら感がある。もう五ヶ月近く稽古しているのだ。机に向かう姿も見ている母が疑問を覚えるなんて、まだまだ自身の努力が足りないような気がしてしまう。
「当たり前だろ? 冗談なんかでこれだけ追い込む人間がいるか?」
「いやでも心配なのよ。そのうち倒れちゃうんじゃないかって……」
ああなるほどと一八。清美は意志を疑ったわけではなく、残された期間を憂えている。時間がない一八がこれまで以上に自身を追い込み、果てには倒れてしまうのではないかと。
「体力だけは自慢できる。一年くらいわけねぇよ。それに今までサボってきたんだ。俺はその分も頑張らなきゃいけない」
我が子ながら、この数ヶ月で随分と大人びたと思う。厳しく指導されているのは明らかだし、一八の心持ちも確実に変わっている。
「何だったら大学に進学しても良いのよ? 四年後に受験したって遅くはないし」
「そんなの駄目だ。逃げ道を用意しちゃいけねぇんだ。今は絶対に合格することだけを考えなきゃいけねぇ」
頑固なのは父親譲りかもしれない。清美は長い息を吐いている。
「玲奈ちゃんに負けてから変わったわね? 剣術家になるなんて思いもしなかったわ……」
「俺は柔術とか剣術とか関係なく最強を目指してる。親父は柔術こそが最強だと思ってるだろうけど。確か武士さんに一騎討ちで勝ったとか言っていたし……」
何気ない話に清美は目を白黒とさせている。一八が語った内容が間違っていると言いたげであった。
「あんた二十年前の話を聞いたの?」
「んん? 母ちゃんも知ってんのか?」
頷く清美。恐らく三六は武士に勝ったことを清美に自慢したのだろう。何しろ一撃で倒したと彼は胸を張っていたのだから。
「大変だったのよ。二人して病院に運ばれて。病院から電話がかかってきて、奥田家も岸野家も大騒ぎよ……」
どうも聞いていた内容と違う。一八は薄い目をして清美の話を聞いている。
「お父さんは躓いて岩に頭を強打して脳震盪。それに武士さんはギックリ腰。戦うことは知っていたのだけど、どうしてそうなっちゃったのかしらね?」
愕然とする一八。どうやら三六は最初の頭突きで失敗したらしい。加えて武士もまたスキル発動前の宙返りで腰をやった感じだ。
「あんのクソ親父……」
嘘を教えられていたことを今更ながらに理解する。馬鹿な家系であるのは重々承知していたけれど、月下立杭は使えるスキルでないことが判明していた。
一八は朝食を平らげ、颯爽と家を飛び出していく。だが、玄関先で足を止め清美を振り返る。
心配する彼女に構うことなく一八は本心を告げていた。
親父じゃなく俺が世界最強になってやんよ――――と。
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