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オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる  作者: さかもり
第一章 転生者二人の高校生活

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初めての打ち込み

 日曜日は朝から雨が降っていた。春先の天候はまるで一八の心境を映しているかのように不安定だ。昨日は雲一つない快晴であったというのに、今朝はまるで嵐のような暴風雨である。


 警報が出ていたため早朝に組まれていた社会人クラスの稽古は中止となっていた。しかしながら、岸野魔道剣術道場には人影がある。

「一八よ、昨日は割と早く済んだようだな?」

 道場には一八と武士、あとは玲奈の姿がある。

 初日以降は一八を放置していた武士だが、他の門下生がいないからか今日は一八の稽古を見てくれるようだ。


「まだまだです。でも割と竹刀を振る感覚が掴めてきました。力強く正確に。重さに負けないようになってきたと思います」

 指導こそしていなかったが、これまでも武士は素振りを見ていた。正直に筋が良いと感じている。口出ししなかったのは良くなっていたからであり、目に見えて成長する一八には言葉がなかった。

「疲れてきたときほど集中して振りなさい。今は辛いだけだが、いざというとき必ずやその身を守るはずだ」

 素振りをさせる理由は基本的な型を身体に染み込ませるため。一万回という途方もないノルマは疲れさせるため。この先に一八が戦場へと赴くのならば、常に万全の体調であるわけがないのだ。疲労困憊した中で正確な攻撃の可否は生死に関わる問題であり、武士は一八に生き抜く術を叩き込んでいるにすぎない。


 窓を叩く雨の音に対し一定の間隔で風切り音が響く。玲奈は玲奈で素振りをしていたけれど、一八が奏でるその音には時折目を奪われていた。

 四時間が経過。七時から始まった素振りはもう終盤に差し掛かっていた。現在は八千五百を超えたところ。今のペースで行けば午前中には振り終えるはず。

「振りが甘くなってきたぞ! もっと腰を入れろ!」

 手に持つ竹刀で武士が一八の尻を叩く。俄然指導にも熱が入る。稀に見る好素材は武士を本気にさせていた。


 結局ペースは落ちることなく一八はやり遂げていた。時間にして四時間四十分。初日と比較すれば半分に近い短縮となっている。

「一八、まだできるか? 今日は少しばかり打ち込みをしよう」

 確か稽古は四時間を切ってからという約束であった。けれど、武士は正午までの二十分で打ち込みをさせてくれるという。

「マジっすか? やります!」

 まだ息は切れていない。だからこそ追加の稽古であるのだが、武士が素振り以外を始めようとするのは体力的な問題だけではなかった。


 武士は道場の倉庫から人型をした巨大な鉄柱を運び出している。それは門下生が使用する藁人形的なものとは明らかに異なるものであった。

「これに全力で打ち込め。ただし正面素振りだけだ。練習していない振り方をしてはならん」

 武士の話に一八は頷く。鉄柱へと近付いては即座に大竿を中段に構える。徐に振り上げた一八。大きな掛け声と共に大竿を振り下ろした。

「でぇああああっ!」

 まるで音叉を叩いたような振動が道場に響き渡る。大きさ故にゴォォンという鈍い音。不快にも感じる打撃音が木霊していた。


「痛ぇぇっ!」

 思わず一八は大竿を落としてしまう。それはそのはず一八の大竿は鉄柱が仕込んであり、打ち込み台は鋼鉄製なのだ。衝撃がそのまま身体へと伝わってしまう。

 堪らず玲奈が武士に耳打ちをする。流石に良い指導であるとは思えなかったらしい。

「父上、一八は力任せに振っているだけです。あんな打ち込みを続ければ身体を壊します」

「玲奈よ、お前は黙って見ておればいい。これくらいで壊れるのならそれまでだ。痛みが教えてくれる。余計な方向に力が返ってくるせいだと。真っ直ぐ正確に振り下ろせていないことをな……」

 玲奈の制止も虚しく武士は続けろと命令する。さあ早くしろと竹刀で一八を叩いた。


「ちくしょう……」

 一八は唇を噛みながらも大竿を拾い上げ、再び中段に構える。間違いなく同じ痛みがあると分かっても指導には逆らえない。

 再び鈍い鉄を叩く音。雨音を掻き消すほどに空気が振動したあと、一八の絶叫が道場に轟いた。


 思わず玲奈は目を背ける。このような指導は見たことがない。手っ取り早く正確性に気付かせるためと分かっていても、打撃音から覚える痛みは想像を絶すると想像できた。

「早く立て! 打ち込みを続けろ! これくらいで音を上げるのでは絶対に合格できんぞ!」

 武士の怒号が飛び、一八はまたも大竿を拾い上げた。更には何も言わず力一杯に打ち込みを続ける。加減しようものなら容赦なく竹刀が飛んでくるのだ。本気の打ち込みを続けるしかなかった。


 十二時になり、一応は朝の稽古が終わった。床に倒れ込むのは一八だ。体力的なものよりも身体中が痺れて立っていられなかった。

 武士が去って行くや、玲奈は大の字に寝転がる一八へと歩み寄る。

「おい一八、大丈夫か?」

 別段優しくもない声掛けであったものの、一八には何よりも温かく聞こえている。

「武士さんひでぇな。うちの親父よりも厳しいじゃねぇかよ……」

 まだ頭まで振動していた。結局一八は最後までコツを掴めなかったらしい。最後の方は気力だけで振っていたのだ。余計に太刀筋が乱れていたことだろう。


「私もどうかと思ったが、間違いなく貴様のため。一年で試験官を圧倒するレベルになろうとしているのだ。生半可な稽古では間に合わん。父上は試験から逆算して指導しているはず」

 ノルマ一万回という素振りから鉄柱への打ち込み。過剰にスパルタである指導は時間が足りないからだ。受験生は大半が幼い頃から剣術に慣れ親しんでいる。どのつく素人が割って入るには常軌を逸した稽古を積むしか手がなかった。


「俺だって分かってんよ。だから稽古内容に文句は言ってねぇだろ? 剣術試験の方は心配してねぇ……」

 一八とて無理を言っているのを分かっている。よって彼は言われるがまま稽古しているのだ。かといって少しも心配ごとがないかと言えば嘘になる。

 直ぐさま感付く玲奈。一八の悩みと言えば一つしかなかった。

「さあ立て一八。勉強を教えてやる。特に受験で必要な士官論や魔物生態学を中心に。さっさと飯を食って戻ってこい」

 何と本日は玲奈が勉強を教えてくれるようだ。午後は勉強をする予定であったから、願ったり叶ったりである。一八は了解と返し、早速と自宅へ食事に戻っていく。先ほどまで完全に伸びていた一八であるが、今はもう復調している感じだ。


「まったく回復力まで異常だな……」

 呆れてものが言えない。常人であれば一度打ち込んだだけで肩が外れるかもしれないダメージである。二十分も打ち込みをした挙げ句、走って自宅へ戻るなんて人間とは思えない。

 少しばかり笑みを浮かべながら、玲奈も道場をあとにしていく……。

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