気まずい雰囲気
素振りを続ける一八と来田。八時前になり、ようやく道場の扉が開かれた。待ち侘びた瞬間に違いない。それは明確に夕食の時間であった。
「二人とも頑張っているな!」
一八の気も知らず、玲奈はいつも通りだ。腹は減っていたけれど、妙な話をしたあとである。少しばかり気まずく感じてしまう。
「貴様らが弁当を持参しないから、母上がブツクサいっているぞ!」
言って玲奈は大量のおにぎりとおかずを床へと置く。まだ二人は竹刀を振っていたというのに、真っ先に玲奈はおにぎりを頬張っていた。
「玲奈は俺たちに感謝しろ。堂々と間食できるんだからな?」
「それはもちろん! どんぶり五杯ではやはり物足りなくてな!」
一八が玲奈の隣へ座ると、来田もまた玲奈の隣へと座った。しかし、二人が会話を交わすことなどない。黙々と食べ続けるだけだ。
「んん? 貴様ら様子が変だな? 何かあったのか?」
流石に玲奈も二人の雰囲気を感じ取ったらしい。雑談の一つもしないなんて昨日にはないことであった。
「大したこっちゃねぇよ。どちらが最高の剣士になるかで競い合っているだけだ……」
一八が答えると、来田が立ち上がる。今日もまた来田は握り飯を二つ頬張っただけで竹刀を振り始めていた。
「おお? 雷神、やる気だな! 助かる!」
「助かるじゃねぇよ。普通残しておいてやるだろう?」
「馬鹿者! この世は弱肉強食なのだ。弱者は食われるだけ。強くならなければ搾取されるだけなのだ!」
その話は来田にとって耳が痛いものだ。まだ来田は彼女からすると弱者。数日前に叩きのめされた来田はまだ土俵にすら上がっていない。
一層力強い素振りが繰り出されている。黙々と振るその様は柔術を投げ出した彼とは似ても似つかないものだ。
「さて、俺も始めるか。残りは食って良いぞ……」
「貴様も良い奴だな? して一八、今日は勉強できそうか?」
玲奈が聞いた。確実に昨日より早いペースだ。四時に道場へと入ったこともあって、今は七千二百といったところ。同じペースで振り続けられたのなら九時半には終わりそうだ。
「どうかな。九時までには終わらん。勉強は四時間を切ってからにするよ……」
「まあそうか。二時間はみっちりやらんと意味などないからな。それは勉強も稽古も同じ。集中して取り組まねば身につかんのだ……」
黙々とおにぎりを食べつつ玲奈が答えた。ある程度の時間を集中して過ごすこと。それは一八も最近になって理解できた。
現在の一八は素振りを六時間ほど行ったあと勉強しているのだ。けれど、問題はなかった。素振りのおかげか不思議と頭が冴えて勉強も捗っている。
「玲奈、俺は必ず騎士になるから……」
遂には決意を言葉にする。もう絶対に引けない一八は声にして自らを追い込んでいく。
「当たり前だろう? 何事にも可能性がある。毎日の積み重ねにより人はその可能性をたぐり寄せていくのだ。その層が分厚くなるほどに確率が上がっていく。ここ数日を見ただけだが、一八が諦めなければ可能だと私は考えている」
意外にも玲奈の評価は高かった。才能を見限られたのか武士は初日以降何も言ってこなかったというのに、彼女は一八の努力が実を結ぶと考えているようだ。
「そいつはありがたいね。先が見えない目標。こんなにも辛いとは思わなかった。でも俺は初めて人間らしさを感じている。しんどいけど楽しくもあるんだ……」
言って一八はカウントを始めた。毎日少しずつ前進していこうと思う。停滞するなんて考えない。努力が実を結ぶように与えられた課題をクリアするだけだと。
玲奈の話に一八は一層やる気を出していた……。
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