日増しに募る想い
岸野魔道剣術道場では五十人ばかりの学生が熱心に稽古していた。威勢のいい掛け声が木霊する道場の隅。一八と来田がノルマである素振りをしていた。
昨日よりも調子の良い一八。一時間早く始めた彼はこの分だと玲奈が握り飯を持ってくるまでに七千回を目指せそうである。
「一八さん……」
声は回数を口にするだけであったというのに、どうしてか来田が話しかけている。かといって一八はカウントをやめない。聞こえてはいたものの、素振りの手を止めようとはしなかった。
「玲奈さ……んのことどう思っていらっしゃるんですか?」
来田は日増しに大きくなる感情に従い一八へと質問を投げた。自ら高嶺の花だといった玲奈に最も近しい男性。一八の想い次第では現状の努力が何の意味もなくなってしまうだろう。
予期せぬ話題に一八は驚いたが、手を止めずカウントだけを停止している。
それは考えもしないことだ。元より考える立場にない。確かに美人であるし愛嬌もある。しかし、一八は前世で酷いことをした。普通に接してくれるだけでも感謝すべき立場である。
「玲奈はただの幼馴染みだ……」
そう返すのが精一杯である。他に並べる台詞がない一八は直ぐさまカウントを再開して素振りに集中していた。
「そうですか。なら私にもチャンスがあるわけですよね?」
女神マナリス曰く玲奈は本来なら前世で妻となり、百人の子供をもうける予定だった。けれど、それは現在の玲奈ではなく、数日前に彼女が決別したレイナ・ロゼニアに他ならない。
「お前には無理だよ……」
どうしてか返事をしてしまう。なぜか仮定の未来にあっただろう話が心に纏わり付いて離れなかった。どれだけ謝ろうとも許されないことをした相手であったというのに、一八はその未来がどうしても惜しくなっている。
「どういうことでしょうか?」
やはり問いが返ってきたのだが、一八は返答を用意していない。前世で妻になる予定だったなんて話は口が裂けてもいえなかった。
「俺は昔と変わらず強欲だからだ……」
ずっと幼馴染みのままであり、誰も現れなければそんな思考には至らなかっただろう。しかし、来田という男が玲奈に好意を示した。一方で玲奈は告白にも似た話を拒否せず、希望を持たせるような返事をしている。それが一八の心にくすんだような感情を芽生えさせてしまった。
「ただの幼馴染みですよね?」
「るせぇ。俺は我が侭なんだよ。手に入れたものを奪われるのが嫌なだけだ。あいつを奪い取るつもりなら俺を倒してからにしろ……」
確かな感情ではない。けれども、一八は来田と玲奈が付き合う未来を受け入れられない。自分と玲奈が決して結ばれない間柄であると分かっていたというのに、誰かに取られてしまうのは許せなかった。
「了解しました。良い目標ができたと思います」
言って来田はカウントを再開。その表情は前にも増して真剣そのものだ。彼は本気で一八に挑むつもりかもしれない。
対する一八も再び回数を声に出した。雑念が混じらぬよういつもより大きな声を張って。
判然としない感情に惑わされながらも一心に剣を振った……。
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