前世の屈辱を晴らすために
日が傾きかけた頃になって岸野魔道剣術道場に大きな声が木霊した。
「頼もう!」
現在は小中学生を含む学生コースの稽古中である。突然、響いた大きな声に道場生たちが一斉に振り向いた。
「玲奈さんじゃないですか。今日は早朝稽古以外にも参加されるのですか?」
この時間では年配になる大学生が聞く。早朝と夜間の部にしか参加しない玲奈が夕方にまで参加する理由。胴着を着込んだ彼女が激励に来ただけとは思えない。
「今日は稽古だ。いや、特訓というべきか……」
一八との一戦を明日に控えた玲奈は特訓をするらしい。一夜漬けといったわけでもないのだが、彼女は万全の態勢で挑むために道場へと来ていた。
「どうした、玲奈? 今はお前の相手をできる者がいないぞ?」
父である武士が話すように社会人クラスでもない限り、玲奈の稽古相手は務まらない。軽い運動にもならないほどである。
「父上がいるではないか! どうか特訓に付き合って欲しい!」
道場生の指導は師範である武士の仕事だ。よって玲奈に稽古をつける暇はなかった。
「何を言い出すかと思えば……。今は駄目だ。夜まで我慢せい。夜ならば社会人の稽古となる。お前の相手をできる者も来るだろうて」
「それでは駄目なんだ、父上! 今も夜も特訓しなければならない!」
必死になって懇願する玲奈に武士は首を振った。普段は娘に甘い武士だが、剣術が絡むと厳しい師匠となる。
「我が侭をいうな。無理だといったら無理だっ!」
まるで聞く耳を持たない。生粋の武道家である武士は剣術において一切の妥協を許さない。それは道場生につける稽古であっても同様である。
「稽古をつけてもらわねば困るのだ! さもなければ私は……」
断固として拒否の武士に一歩も引かない玲奈。しかし、不毛な言い争いは玲奈の一言によって終止符が打たれる。
「一八に強姦されてしまうぞ!――――」
玲奈の叫びに全員が固まった。武士は言わずもがな、素振り中の学生たちも銅像のように動きを止めてしまう。大学生などは気まずい表情をして玲奈から視線を外していた。
「玲奈、言うに事欠いて何だそれは? 詳しく説明してみろ」
ようやく話を聞く気になった武士は玲奈に続きを促す。流石の武士も愛娘が貞操の危機にあるのなら無視できなかったようだ。
「明日、一八と戦うことになったのだ! 異種格闘技戦というべきか。私は必ず一八を倒さねばならない!」
「一八君と一戦交えることと、貞操の危機がまるで繋がらんが?」
「分からぬのか、父上! 一八は完全なる野獣だぞ!? 明日の試合は魔力が封じられる形式。負ければ最後、私は良いように抑え込まれ、奴の性奴隷と化してしまうだろう。加えて百人も子供を産む羽目になる……」
武士が知る一八とは異なったが、人は見かけによらぬもの。大人たちが知らない子供の側面があったとして驚きはなかった。
「ふぅむ。まあ一八君も男だからなぁ。心配ではあるが、今は仕事中だ。夜には指導してやるので今は素振りでもしていなさい」
やはり仕事を投げ出す武士ではなかった。小中学生は最強の剣士となる土壌を形成する時期なのだ。いい加減な指導は彼らの未来を奪うことだと武士は考えている。
「師範、我々の指導は構いません! 小中学生の指導は我らにお任せください! 人に教えることによって見えてくる道もあるはずです。剣術とは決して平坦で真っ直ぐな道のりではないはずですから!」
「いや、しかしな……」
「しかしもクソもございません! 玲奈さんは嘘をいう人ではないと知っています! 彼女が危機にあるというのならば、きっとそうなのでしょう。どうか玲奈さんに師範直伝の秘技を伝授してください。玲奈さんを助けられるのは師範しかおりません!」
妙に熱い説得に武士は思わず頷いてしまう。見渡せば小中学生も含めた全員が頷きを見せている。彼らも同意見であるのに疑いはなかった。
「今日だけだぞ、玲奈……」
「かたじけない、父上! それに道場生の方々!」
玲奈は深く礼をして感謝を述べる。元より彼女も無茶を承知していた。
一も二もなく剣を構え、玲奈は武士に相対する。
「玲奈よ、柔術との異種格闘技戦は甘くないぞ? 儂もかつて三六と戦ったが、決して楽ではなかった……」
「父上も!? してその結果はどうであったのだ!?」
稽古の前に始まる昔話。それは武士の経験談であった。
「当然のこと勝利した。ただし、習得した血統スキルがなければ危うかっただろうな……」
武士は辛くも勝利したと語る。達人同士の一戦であったのは事実であり、勝敗を分けたのは一つのスキルであったという。
「父上、早くそれを教えるのだ!」
「まあ、焦るな玲奈よ。その天恵技は岸野家の秘伝書にあった剣技。岸野家の血を引いていようと簡単ではない。この技は身体能力だけでなく勇気も試される。言い換えれば日頃の鍛錬を怠った者には絶対に習得できぬスキルだ……」
玲奈ならば或いはと武士。日々の研鑽を欠かさぬ玲奈であれば可能であるかもしれないと続けた。それだけ秘伝書にあったスキルは大技であるらしい。
「スキル名は天地雷鳴という……」
「雷鳴ですか……。些か私は不安を覚えるのですが……」
「そういえば雷は苦手であったな。だが、心配無用だ。攻撃がヒットすれば確実に放電するのだが、別に稲妻というほどではない。それに魔力を封じて戦うのだろう? ならば空気中の魔素が反応するだけ。僅かに火花が飛び散るくらいだろう。また天地雷鳴は確率こそ低いが麻痺が付与される場合もある。ヒットさせられたのなら勝利は揺るがぬ……」
武士の説明になるほどと玲奈。火花程度であれば問題はないと頷いている。
前世のトラウマから雷は苦手だった。ただそれは荒野で打たれた雷のことではなく、二度に亘って女神からもらった神罰による稲妻のせいだ。
「属性攻撃であるため通常の試合には使えぬが、天地雷鳴を命中させることができるのなら玲奈は無双できるだろう……」
学生の大会では魔力だけでなく属性攻撃スキルも使用が禁止されている。よって属性攻撃である天地雷鳴が認められるはずもなかった。
今のところ玲奈が習得した剣技スキルに属性攻撃はない。よって玲奈は絶対に習得したいと願う。ブンブンと竹刀を振り回し準備完了を武士に伝えた。
「まあ待て、玲奈。始めに言っておくが、この技を使用するなら防具は外せ。野戦用に開発されたスキルであるが故に、防具は邪魔にしかならんのだ」
「防具なしで戦うのですか!? それでは一八の野蛮な攻撃に無防備すぎるのでは!?」
「話は最後まで聞けい! 先達によると攻撃は最大の防御という。ならば天地雷鳴を習得した玲奈は最強の防御力を手にしたといって過言ではないっ!」
まるで意味の分からない説明であったが、玲奈は目から鱗とばかりに感嘆の声を上げた。更には、いけると呟いて明日の決戦に期待する。
「父上、してその天地雷鳴とはどういった剣技ですか? 当たる当たらないとか仰っておりましたが……」
「うむ……。岸野家に受け継がれるスピードがあってこそのスキルだ。簡単に説明すれば加速力でもって剣に流した魔力や空気中の魔素を電撃へと変換する。素早く前方へと宙返りをし、その勢いを利用して相手の後頭部へ強大な一撃を叩き込むのだ。発動条件は前方への宙返りとそのスピード。スピードが規定値以上であれば天地雷鳴が発動する。ただし、必ず後頭部を狙える高さで宙返りすることだ。相手が野蛮な柔術家であれば狙いは後頭部のみ。しかし、後頭部にヒットさせられたのなら勝利はお前のものだ。儂は一撃で三六を仕留めることができたわ!」
「それは本当ですか!?」
当然だろうと武士が返す。その自信には裏付けがあるようだ。過去に使用した際、武士はその威力を直に感じていたのだから。
「ただし額は駄目だぞ? 素手で戦う奴らは目の届くところ全てを鍛えようとする馬鹿なのだ。額もまたしかり。阿呆の子のように毎日せっせと額で瓦を割っておる。命中するのが額では効果が半減すると思え……」
「なるほど! 確かに奴らは無駄なところまで鍛えています! 一八が救いようのない馬鹿であるのも頷けますね!」
どうにも柔術家を見下している二人だった。素手で戦う野蛮な武道。二人の共通認識はそんなところである。
「スキルについては知っているな? 別名を天恵技。その名の通り神が授けし力だ。大幅に身体能力を強化できるのだが、同時に身体機能の九割を技に支配されることになる。魔法のような強大な力を発揮できるが、一度スキルが発動してしまえば、キャンセルはおろか回避すらできなくなるのだ。よってスキルを発動する場面は相手が隙を見せたとき。一撃必殺であるが故に一撃必中でなければならん」
スキルは神の力であるという。強大な効果が期待できる反面、使用中はスキルの支配によって大部分の身体機能が制限されてしまうようだ。
「それで一八に勝てるのですね!?」
「当然だろう。奥田魔道柔術道場の師範を一撃だぞ?」
自信満々の武士を見ては確信する。天地雷鳴を習得できさえすれば、前世からの因縁が払拭できるはずと。
「では行くぞ、玲奈!!」
「はい、父上!」
遂に特訓が始まった。血統スキル【天地雷鳴】の習得を目指し、身振り手振りで武士の指導を受ける。技を繰り出すタイミングから効率の良い身体の動かし方まで。
「この技に二度目はないぞ! 玲奈、死ぬ気で取り組め!」
怒号が飛び、玲奈は歯切れの良い声を返す。一撃必殺の奥義を極めるため、玲奈は夜遅くまで稽古に励むのだった。
共同開催に関する主張を通すという目的ではあったものの、玲奈は期待している。
それこそ前世で受けた屈辱を晴らすときが来たのだと……。
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