マイバラ基地の惨状
マイバラ基地へと急ぐヒカリと優子。浅村中隊の魔道トラックが荒野を突っ切っていた。
「優子、マイバラの様子は?」
「凄い砂煙です! まだハッキリと見えませんが、恐らく籠城戦ではないでしょうか!」
双眼鏡を覗く優子が言った。砂嵐にも似た靄が視界を覆っているのだと。
「愚策だな……」
「そ、そうでしょうか?」
ヒカリの反応に優子は戸惑っている。大軍が押し寄せてきたのだ。防御を優先するのは間違ってないと思う。
「籠城戦では魔道士が役に立たん。魔力を吸収する術式が周囲には施されているのだぞ?」
確かにその通りであった。ナガハマとマイバラは強固な壁に囲まれており、周囲には魔力攻撃を無効化する術式が張り巡らされていたのだ。
「では、どうすれば良かったのでしょうか……?」
「籠城は時間稼ぎに過ぎない。砦を背に戦うべきであったはず。援軍が敵を凌駕すると分かっていたのなら正解かもしれないが、キョウトの兵力は明らかなのだ。待つほどの価値がないことを知っていたはず。正直に遠藤中将の判断は間違っているな……」
大乱戦を予想したヒカリ。立て籠もる策に未来はなかったのだ。それはジリ貧であって、敵軍に明確なダメージを与えられないまま消耗していくだけである。
明らかな上官批判に優子は口を噤む。ここには二人しかいなかったというのに、彼女は忌憚ない意見を口にできない。
しばらく進むとマイバラ基地が視認できるようになった。優子は再び双眼鏡を手にする。
詳しい状況を知ろうとして。
「えっ……?」
大量のオークが見えていたけれど、驚いたのは何もオークの数ではない。彼女は想像すらしない現状に声を失っていた。
「優子、どうした? まだ視界が悪いが、考えたよりオークは少ないじゃないか?」
絶句する優子にヒカリが問う。地平線の果てまでオークが蠢いていると考えていたのだ。よって安堵こそすれ驚く場面ではないのだと。
「それが……」
重い口ぶりにヒカリは眉間にしわを寄せる。相変わらずの砂煙が立ち上っていたけれど、ざっと確認した限りは前回と変わりない規模なのだ。彼女が言い淀む理由が少しも理解できない。
ところが、ヒカリは告げられてしまう。それこそ想定外の話を……。
「マイバラ基地が陥落しています――――」
どうにも頭がついていかない。思考が追いつかなかった。救援要請があって直ぐキョウトを出たのだ。マイバラ基地が二時間も持ち堪えられないだなんて考えもしないことだ。
「よく確認しろ。間違いないか?」
「間違いありません。防護壁は完全に破壊されていますし、司令塔もまた壊滅しています。また防護壁内に確認できる大量のオークは既に戦闘状態ではないようです……」
決定的であったのは支配級のオークが複数いたこと。それはオークの軍勢が圧倒したことを明らかにしている。マイバラ基地が籠城を決め込み、壊滅されたという根拠であった。
ヒカリはトラックを停車。しばし考えるようにしたあと、
「浅村中隊は支部に帰還する。優子はキョウト支部に連絡を入れろ……」
「大尉、本気ですか!? 本部からの命令なんですよ!?」
優子は戸惑っている。マイバラ基地の惨状をその目で確認した彼女だが、命令に背く行動を選べずにいた。
「士官級が二人でどうなる? 私は兵たちを無駄死にさせるつもりはない」
言ってヒカリは後方のトラックに通信を始めた。任務が失敗に終わったこと。マイバラ基地は既に陥落しているのだと。
Uターンをし、キョウトへと進路を取るヒカリ。今もまだ優子は黙り込んでいたけれど、ようやくと彼女は重い口を開く。
「共和国は負けてしまったのですね……?」
それは聞いていた話だ。もしも、前線基地のどちらかが陥落すれば、共和国は天軍により滅ぼされるのだと。大軍を送り込まれ蹂躙されるだけであると。
はぁっと溜め息を漏らしたのはヒカリだ。彼女とて落胆しているに違いない。マイバラ基地が陥落してしまうなんて。
「なぁ、優子……」
厳しい表情をしてヒカリが言った。ただし、目線を合わせないそれは独り言のようにも聞こえている。
「共和国はまだ滅びんよ。まだ戦える……」
「いやでも、前線にはナガハマ基地しかないのですよ!?」
慰めにもならない話に、優子が声を荒らげた。実際に半分の戦力が崩壊したのだ。もう戦えるとは考えられない。
「知らないのか? 抗っているうちは負けじゃない。真の敗北とは……」
しかし、ヒカリも話を止めない。自身の考えを彼女は口にする。
「心が折れたときだ――――」
優子は呆然とヒカリを見ている。どうにも理解できないといった風に。
「この期に及んで精神論ですか……?」
「当たり前だ。最後は精神力こそがものを言う。お前も見ただろう? オークエンペラーと一騎打ちをした学生の姿を。純粋な剣術だけで災厄級と渡り合った男。精神力が如何に大事かを優子も見たはずだ……」
確かに最後はそうなのかもしれない。けれど、普通の精神力しか持たぬ者には不可能だ。目前に迫る死という恐怖から逃れられるはずもない。
「ある意味、どうせ死ぬのならと開き直っておけ。オーク相手に生き残ってもろくな目に遭わん。我ら剣士は徹底的に豚共を斬り裂いてやればいい」
続けられた話も安心を与えるものではない。寧ろ不安が増すだけであった。
「キョウトに戻って七条中将と話をしよう。ナガハマの兵力をどう使うのか。騎士学校に眠る才能をいつ使うのかを……」
ヒカリの話は既に次へと向かっている。無傷であるナガハマの兵力を使えば、まだ戦えるのではないかと。追加的な戦力強化も図れるはずだと。
「上手くいきますかね……?」
「もう学徒動員を始める時期だ。使える者を使いそびれるような判断はしないだろう。オークの軍勢は間違いなくキョウトまでやって来る。今度は先手を打ち、殲滅してやるのだ。そうすればタテヤマ連峰南部は再び人族のエリアになる……」
とてもそのような未来があるとは思えないが、実現可能だとヒカリは考えているらしい。
「まったく大尉は……」
嘆息する優子だが、少しだけ笑みが戻っている。簡単なことではない話だが、彼女も前を向くことにした。だから、ヒカリの展望には少しばかりの皮肉を返している。
呆れた精神力ですね?――――と。
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