非常事態
前期の混成試験が行われている裏側で、守護兵団本部は大騒動となっていた。
それはそのはず突如としてマイバラ基地へと魔物の大軍が押し寄せたからだ。
「それで浅村大尉、マイバラはどうなっている!?」
声を荒らげたのは七条中将である。よほど焦っていたのだろう。オペレーターを介すことなく、七条中将が直接問い質した。
問いを受けた通信相手はキョウト支部を預かる浅村ヒカリ大尉のようだ。
『こちらも詳しいことは分かりません。タテヤマ連峰を越えてきたのは、またもオークの軍勢であるらしいです。しかし、それ以上のことは……』
通信距離が限られていたため、前線の通信はキョウト支部を挟むことになる。よって詳しい状況を直接聞くことなどできない。
嘆息する七条中将。救援要請があったという事実は視界を覆うほどの数だと想像できた。なぜならマイバラ基地はナガハマに次ぐ規模の兵が配置されているのだ。即座に救援を求めるほどの大軍であったのは間違いない事実である。
「浅村大尉、一時的に任を解く。君たちは急いでキョウトを発ってくれたまえ」
『しかし、それではキョウトが空になってしまいますが?』
「キョウトには私が向かう。本部は小平大将に指揮をお願いする。一刻も早く向かってくれたまえ」
小平大将は現在病床に伏せっている。歴戦の猛将であったけれど、病には勝てず病状は悪化するばかり。その彼に指揮をお願いするのは過度に気が引けたけれど、現状では経験豊富な彼こそが適任であった。
『大将は大丈夫なのでしょうか?』
「最近は割と落ち着いておられる。病棟からの指揮になるが、状況を説明すれば快諾してくれるだろう」
病人にまで協力を要請する事態。ヒカリもまた理解していた。マイバラ基地が救援を要請してくるなど今までにはないことであったからだ。
『了解しました。浅村ヒカリ及び飯山優子は中隊を率いてマイバラへと向かいます』
「そうしてくれ。恐らくここが山場だ。共和国が地図上に残るかどうかの……」
言って通信を切る。ほんの僅かに溜め息を零すも、七条中将もまた動き始めた。部下に声をかけ一般兵を招集するようにと。
キンキ共和国、ひいては人族の危機である。大侵攻は事前に報告を受けていたことであるし、元より騎士たちの覚悟は決まっていた。
一際大きな声を上げ、七条中将が声を張る。
「共和国の未来を繋ぎ止めるのだ!――――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
西大寺からヒュドラの出現報告を受けた玲奈たち。緊急的なその連絡は危惧していたヒュドラが餌を求めて山を下りたという内容であった。
『現在、二班はそこから三キロ西に向かった洞窟へと避難したらしい。だが、ヒュドラは洞窟前から立ち去ることなく、身動きできないとの話だ……』
玲奈は危惧していた。二班の現状がどうなっているのかと。
「教官、二班にエクスピュアリフィケーションを唱えられる支援士は?」
『いない。だからこそ避難しか手がなかったようだ。一班が合流できたのであれば、猛毒を気にする必要はない。速やかに二班と合流し、撤退を急げ』
伸吾の判断で洞窟に身を潜めたまでは良かったものの、ヒュドラは洞窟の入り口に陣取っているようだ。獲物が減っていた現状は食べ応えのない人であってもご馳走に見えたのかもしれない。
通信が切れるや、玲奈が声を張る。命令されずとも向かうつもりだ。仲間が窮地にあるのなら助け出すだけだと。
「これより二班の救出に向かう! ヒュドラは山を下り、西へ三キロ進んだ場所にいる!」
玲奈の声に頷く班員たち。元より戦う覚悟は決めていたのだ。仲間を守ること。騎士として街を守り抜くことを。
エアパレットを取り出し、隊列を組んだ。もう既に試験どころではない。道中に現れる魔物など相手にせず、救出を急ぐだけだ。
「おい玲奈、伸吾はどうして洞窟なんかに入ったんだ?」
道すがら一八が聞いた。どうにも不可解に思って。相手は決して素早くない魔物だ。だからエアパレットを取り出して逃げるだけで良かったはず。
「ああ、それな。私もそれが疑問なのだ。そこまで逃げられたのなら、麓まで突っ切るべき。まあでも予想できることがある。伸吾の判断力を信頼して考えるなら……」
玲奈は考えられる原因を口にする。経験豊富な伸吾が緊急避難的に洞窟へと入った理由について。
「誰かが猛毒を受けた――――」
考えられる理由はそれしかない。怪我をした場合も考えられるが、伸吾が直接攻撃を受けるまで近付いたとは思えなかった。つまるところケンタウロスと同じく遠距離にて毒素を受けたのだと。
「マジか。なら急がねぇとな……」
「一刻を争う。症状を和らげるピュアリフィケーションを唱え続けられるとは考えられん。魔力回復薬が尽きるまでに合流しなければならない」
エクスピュアリフィケーションの下位魔法であるピュアリフィケーションは猛毒の解毒とまではいかないけれど、延命させることくらいは可能だった。しかし、魔力消費が問題となり、それをかけ続けるのは困難である。
想像より事態は深刻だ。自然とスピードを上げる玲奈に班員が続く。猛スピードと呼ぶべき速さであったけれど、恐ろしいだなんて言っていられない。こんな今も死地を彷徨うような仲間のためであれば、激突事故だって怖くはなかった。
六人の影が流れ星のようにロッコウ山系を下っていく……。
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