僕がすべてをなくしても
僕の妻は美しい
というと人はそれをのろけと言う。
しかし彼女は本当に美しい
それに歳をとらない
会う人会う人が言うのだから間違いない。
私と妻が出会ったのは何もない草っ原
「愛してますわ」
初対面で愛を告白されるとは思わなかったが彼女はそういった
次に彼女に会ったのはショッピング街のショーウィンドウの前だった
「愛してますわ」
そして彼女は2度目の愛を告白するのだ。
友人にその話をすると
それは刷り込みだという
動物実験で犬に餌を与える前にベルを鳴らし続けると
無条件でベルに反応するようになる
それと同じだというのです
彼女は私に会うたびに
「愛してますわ」
と告白をするのだ
友人は心配したが
私は彼女と結婚することにした
彼女には知人と呼べる人がいなかったので
式は私の親族だけを招くだけの質素なものでした
そして口をそろえてこういうのです
なんて美しい花嫁なんでしょうか
私は生まれてこのかたこのように美しい方をお目にしたことがありません
私は鼻高々でした
まさに自慢の花嫁でした
かつての友達もお祝いに駆けつけてくれました
そいて口おそろえてこういうのです
素晴らしい
こんなきれいな花嫁を見たことがない
妻を見て目を輝かせるのです
その中で1人だけ違うものがいました
かつて私に刷り込みだといった友人です
彼は私の襟首をつかんでこういうのです
目を覚ませ
私には何のことだかわかりませんでした
彼は嫉妬しているのです
私の妻に嫉妬しているのです
月日は流れました
ちち、ははが亡くなりました
死に際に母はこう言いました
お前が早くに結婚してくれえば
孫の顔の一つでも見れたでしょうに
母は頭がおかしくなっていたのでしょう
私がまだ独身だとでも思っているのでしょうか
私の隣にはいつも美しい妻がいます
そしてこう囁くのです
「愛してますわ」
あいにく
私たちの間には子供はおりません
もちろんなんども努力はしましたが
妻はもともとそういう体質なのです
検査をしてもらおうとしましたが
妻はかたくなにそれを拒むのです
私は職を失いました
この不景気です
私のような男を雇ってくれる奇特な会社は
この世の中には存在しません
私は妻を連れて田舎に引っ越すことにしました
妻と私が初めてであった野原が広がっていました
そして
妻はいうのです
「愛してますわ」
私は歳を取りすぎました
妻は寝たきりになりました
私は毎日看護をしています
私は自由を失いました
私はベッドに横たわる妻の首に手をかけました
妻は出会ったころと変わらず美しく
歳をとらないのです
私は彼女のおなかに馬乗りになりました
そしてゆっくりと首を絞めるのです
妻は私にこういうのです
「愛してますわ」
私は妻を失いました
今日も気持ちのいい風が吹いています
丘の上から眺める風景は妻と出会ったころと変わらりません
一人の老人が杖をついて丘を登ってきました
かつて私の友人だった男です
一人というのはおかしな話です
彼には
妻がいて
子供がいて
孫がいる
しかし
私は正真正銘ひとりなのです
愛する
妻も
子も
孫も
私にはいません
すべてを亡くしてしまったのです
友人はこう言います
「何人作った」
私は言葉の意味がわかりません
友人が小屋の扉を開けました
中には妻が寝ています
きっと
彼は
私を
ののしるでしょう
そして私は
友人を失うのです
部屋の中にはウェディングドレスを着た妻が立っていました
その隣には流行の服に身を包んだ妻が立っていました
ベッドには私が首を絞めた妻が横たわってします
友人は私に手帳を差し出します
中には私の妻が写っていました
友人は言うのです
「私の妻だ」と
彼は嫉妬しているのです
私の妻に嫉妬しているのです
そして自分の手帳に妻の写真を持ち歩いているのです
私はマネキンを作るのです
それも毎日毎日
そんなある日、野原で友人とその婚約者を見ました
「愛してますわ」
婚約者は言うのです
私は
彼に嫉妬して
マネキンを作りました
それが
妻です
私は
ショーウインドーに
妻を展示しました
私のマネキンは
ウェディングドレスのデザイナーの目に留まりました
みんな口をそろえてこういうのです
素晴らしい
なんて美しい花嫁なんでしょうか
こんなきれいな花嫁を見たことがない
友人は自分の妻そっくりのマネキンを見て言うのです
目を覚ませと
そして
僕はいつものように
スイッチを押すのです
妻はいつものように愛を奏でるのだ
「愛してますわ」
僕がすべてをなくしても
それでも妻はうつくしい