海の民 第0章
なぜか大人たちが優しい。
俺は生来の疑い深さで、それを察知した。
あの厳しい父でさえ、最近は遊びに行けとしきりに言うようになった。
あの帽子を脱がないことを神に誓ったから、神殿でも脱げないからと行かなくなった厳格な父がだ。
(でもどうして、帽子を脱がないことを誓ったのかな?)
あの頃の俺は知らなかったんだ。
わが一族に掛けられた恐ろしい呪いの存在を。
そんなわけで10歳になったばかりの俺は、同年代の友人の元を訪ねることにした。
馬鹿と話すのは疲れるが、これも心の鍛錬だ。
「シオジー、知ってるか」
あ、馬鹿がいた。
「女って、ほめると懐くらしいぜ」
馬鹿はやっぱり馬鹿だな。
こいつは一目ぼれした身分違いの恋を成就するために、勇者を目指しているはず。なのに、努力の方向性を間違っている。
それに懐くとは何だ。動物でも飼っているつもりか?
「あたし褒められたことない」
口を尖らしたままのサクラが、ジダンの裾をつかむ。
ほめなくても懐かれているこの状況、二人には疑問が湧かないのだろうか?
「サクラは、ほめなくてもいい子だから」
「えっ?サクラは良い子?」
急にテレテレと元気になったな。だが残念だが、ジダンの言っている意味は違いますよ。
「もちろん。サクラは、ほめなくても良いよね」
「うん。ありがとう」
いつも通りで何よりだ。
「ゴホン。ヒメ様には、竜のアギトでも得てから言えよ」
俺はなぜか意地悪したくなって、相手の名を明らかにしてしまう。
「な、なんのことかな?ヒメさまって、俺が言っているのは、いや違う一般論、そう一般的な話だよ」
ずいぶん滑舌が良くなったな。わかりやすい。
「ヒメちゃんが、どうしたって?」どす黒い闇が渦巻きだした。ように見えた。
「うん、この展開は新しいな」
どこかで、誰かがつぶやいているのが聞こえた。
だが、なぜか密度が濃いな。
祭りの準備でもあったのか?
いきなり、サクラが表情を整えて、髪も撫でつけ出した。
「どうしたサクラ?熱でもあるんじゃないか?顔が赤いぞ」
「べっ、別に普段通りのワタシですわ」
鈍いな勇者は。
「それにシオジも賢者を目指している割に馬鹿よ」
へっ?
馬鹿?
この俺が?
いや待て、そこは問題でない。
なぜこいつらまで、「賢者」の称号と俺の夢を知って居るのか?
「賢者って、なかなかだな」
近くの大人がつぶやいた。
そう俺は賢者を目指しているのだ。
勇者を目指している馬鹿とは違う。
ジダンとは違うのだ。ジダンとは。
サクラを振り向かせるのは、最終的に俺一人で良いのだ。