1.勝負に飢えた訪問者
1年前。
ああでもない、こうでもない。
“HaterBreakers“のリーダー、高見沢裕有は今年度の戦いを共にするユニットメンバーを誰にするか、放課後の空き教室を舞台に悩みあぐねていた。2日前からユニットメンバー選出のオーディションを行っては、いる。加入を希望する新入生も何人か自分のもとを訪れた。だが、ピンとくる人間がいないのだ。自分の心に大きな何かを残す奴は、まだ裕有のところに来ていない。
まだオーディションを始めてから2日しか経っていないが、こういう作業は意外と根気がいるものだな、と裕有は思った。
今日もまた、新たに加入希望者である新入生がこれからオーディションを受けに来る。納得がいくまで、とにかく考えよう。俺にできるのはこれだけだ。
そのようなことを考えていると、ドアがガラッと開く。
「失礼しまぁす。“Hater Breakers”のオーディション会場ってここであってますよね?」
飄々とした様子で、1人の少年が中に入ってきた。
「1年C組所属、真島直斗です。よろしくお願いします」
直斗と名乗るその少年は、爽やかな印象を与えるレモン色の髪と、それと相反するような熱く燃えるような緋色の瞳を持っていた。
「よろしく、それじゃあ今から歌、ダンスの順番でパフォーマンステストをするから、ウォーミングアップや準備をしてくれ」
「はいっ、了解です!」
直斗は元気よく返事をすると、声の調子を整えたり軽い体操をしたり、自分なりに準備を始めている。一方裕有の方は、インカムを装着していた。学校からプレイヤーに支給されるインカムには、小型の審査装置が内部についている。壁に画面を投影して、点数を映し出すようにできているのだ。この機能を使って、加入希望者の実力を図る。実力だけが、メンバー選出の基準ではないが、一応どんなパフォーマンスをするのか見ておく必要はある。
「こっちは準備ができたぞ」
「えへ、僕も準備万端ですよ!」
自信満々に直斗は応える。裕有はいたって冷静な態度で彼にオーディションを開始する合図を告げた。
「ではこれから、HaterBreakersのオーディションを開始する」
*
直斗のパフォーマンスは、歌もダンスも申し分ないものだった。可愛らしい見た目とは裏腹に、深みのある低音がよく響く力強い歌声で、荒々しいステージを得意とするHaterBreakersにはもってこいである。というか、こちらの方が地声なのでは、と裕有は思った。先ほどの可愛らしいしゃべり声は余所行きのものなのだろうか。なんにせよ、メンバーとして充分戦力になることは確かだ。ダンスのキレも良い。激しい動きも力任せに無理矢理、といった風ではなく自然な形でできている。
でも、他の希望者の中でひときわ抜きんでた実力というわけでもなかった。この情報だけで選び取るのは性急すぎるような気が、しなくもない。
俺は、選り好みしすぎているのだろうか…。
己の優柔不断なところを、後輩ができるまでになんとかして直さなければと裕有は思っていた。
でも事実、去年HaterBreakersは、トーナメント決勝敗退というこれはなんとも、という結果で終わっている。いかなる世界にも、盛者必衰という概念は付き物だ。もちろんSIDASも例外ではない。ましてや、虎視眈々と勝者の座を狙っている人間の多い日ノ丘ではなおさらだ。
2つの大切な思いで裕有は激しく葛藤する。
「あのぉ、裕有さん?」
考え事をしている様子の裕有に対し、直斗は明るい調子で尋ねた。裕有はそれにハッとして気を取り直す。
「あ、悪い…。試験の途中だというのに、考え事をしてしまった。面接に入ろう」
後輩になるかもしれない相手に頼りない姿を見せぬよう、裕有は顔を微笑ませながら面接の準備に取り掛かった。
これが決め手だ。この面接で、彼をHaterBreakersに入れるかどうかを決定する。
「では、これから面接を始めよう」
裕有は小さく咳払いをし、改まった態度を取る。
「率直に問う。HaterBreakersに入り、何をしたい?君は、何を求めている?」
毅然とした裕有の態度に、直斗はニヤッと笑いながら答えた。
「誰よりも強くなりたいです。僕は、他の誰にも負けたくないんですよ。もちろんあなたにも」
その瞬間、直斗の瞳が何もかもを焼けつくす業火のように燃え上がった。裕有は、胸がざわざわし、背中がゾッとするような感覚に襲われる。だが、自分はこれを待っていたのかもしれない、とも思った。勝つために何もかもを削り取る覚悟を持った者を。
「…ありがとう、もう少し何か質問をしようと考えていたが、君にはそれで事足りたようだ。以上で面接を終了する。ご苦労だった」
「ふふ、ありがとうございました!失礼しました!」
直斗は活発に返事をし、教室を後にする。
数日後、直斗にHaterBreakersへの合格が伝わった。
もちろんあなたにも…か。