4.1番高い場所
たくさんの人間の声が交じり合って、ざわざわ、という効果音へと姿を変える。
今、日ノ丘高校ではシダス・ステージコンクールへの出場権を巡る1番最初の戦いが始まろうとしていた。
「……」
英利は体育館のステージを見つめながら、この怒涛の1か月半を振り返る。
突然俺たちの目の前に現れて。ユニットを組んでほしいと言われて。あの時は本気でくだらねえって思ってた。でも…。
「よう、英利!調子どうよ」
英利の短い走馬灯に割り込んできたのは、自分のクラスメイトだった。
「お前か。別に…悪かねえよ」
「なら、いいんだけどな。しかし、驚いたぜ」
彼は、腕を組んで英利のことを意外そうな表情で見つめながら言う。
「お前がまさか、誰かとユニットを組むなんてさぁ。纏とは結構一緒にいたように見えたけど、ユニットを組むような関係には見えなかったし…。しかもリーダーは、入学するまで顔も名前も分からなかった1年坊主なんだろ?」
英利は、少し眉をひそめて自信のない顔で言った。
「俺が1番、驚いてる。これから過ごす3年間、俺は自分の勝利のためだけに行動するって決めてた。それに誰も巻き込むつもりはなかった。もちろん纏もだ。でも、」
真剣な表情になり、英利は話を続けた。
「あいつは…あのガキは言ったんだ。俺の勝利のために力を貸すと。この学校に来てから、自分以外のやつのことなんて信じてなかったはずなのに、あいつのその甘い言葉に丸め込まれちまってここにいるんだよ」
「なるほどねえ~…まあ一時の気の迷い的なモンが功を奏することだってあるだろ」
彼の当たり障りのなさそうな返答に、英利はフッと音を立てて不敵な顔で微笑む。
「なんでもいい。俺と纏に声をかけてきたその1年坊主も、足を引っ張るような奴じゃない。俺の頭の中には今、“勝つ”ことだけしかねえよ」
「ずいぶんな自信だな…。よほどその1年のことを頼りにしてるんだな。そういう顔してるぜ」
そう言われ、英利は身体の中がものすごい勢いで沸騰するような感覚に陥った。
「ちげえよ。透は使えるやつだっつっただけだ!」
彼の言葉に動揺し、大声を出して英利は否定する。
「そんなでかい声で否定しなくても。別にお前が誰かとつるんでることを嗤いたくて言ったわけじゃねえって」
英利はいったん落ち着いたが、納得できない、というような顔をした。彼は誤魔化すように話題を逸らす。
「でもさ!英利も纏も去年ソロステージでダメ金を修めてるだろ?しかも1年で!なかなかそういうことって起きないから、ちょっと話題になったじゃん!」
「ああ、あれか…。金は金でもダメ金だ」
ダメ金。
この校内予選では金、銀、銅の順番で賞がつく。銅は小学生の通知表で言う、「もうすこしがんばりましょう」だ。身も蓋もない言い方をすると、さほど練習せずとも出場しただけで貰える、参加賞のようなものである。銀はステージの出来としてはまあまあといったレベルだ。しかし、トーナメントで勝ち抜けるほどのレベルには達していない。銅よりはいくらかマシ、そのくらいなのだ。生徒たちが目指すべきは、最高ランクである金。ブロックの中の3分の1が金に選ばれる。その中で、たった1ユニットだけがブロック代表としてトーナメント戦に出場できる権利を獲得できる。それ以外のあぶれた金が、「ダメ金」と呼ばれるものだ。
「はあ…、相変わらず素っ気ない返事なこったなあ」
「あんなもんは、銀や銅と変わんねえ。トーナメントに出場できてない時点で、敗北だ」
英利の瞳に、去年の悔しさが滲む。同じブロックで、ダメ金を獲った者たちの「俺たち、頑張ったよな」なんて嬉しそうな声が鮮明に頭の中に浮かんだ。あの時は、ただでさえ誰ともつるまないタチの自分が、世界でたった独りぼっちになった瞬間だった。
「ま、今回も余裕なんじゃねえ?纏だってスゲーやつだしさ、その1年もなんかただものじゃないっぽいし、もしかしたらトーナメントとかいけるんじゃねえか?」
特に深い意味が無さそうに言う彼に対して、英利は険しい表情になった。
「…んなもん、分かんねえよ。ステージが終わったあとじゃなきゃ、よ」
英利のその言葉を最後に、彼との会話は終幕した。
*
「兄者、準備はよろしいですか?忘れ物などはありませんよね?」
「うん、だいじょぶっ!」
「お前もな」
あと少しで、cieloの本番がやってくる。三人で、自分たちの準備は万端か確認しあう。
「もちろん、インカムはされてますよね?これが無くては一大事ですよ」
「当たり前だろ」
「オッケーだよ!」
ステージ本番では、インカムを使い会場全体に歌声が届くようにする。
「よし…あとは、本番で今までの成果を出すのみですね!」
透は真正面を向いて、英利と纏に誇らしげに言った。言葉にはしなかったが、英利も纏も優し気な表情を浮かべることで、透に応える。
「これから、会場いっぱいのオーディエンスが僕らのステージに…大いに躍動するんですね」
日ノ丘に通う生徒たちの制服のリボンには、とあるセンサーが入っている。それは運営が用意した審査装置に反応するように設計されており、これでオーディエンスの心の動きを読み取るようになっているのだ。オーディエンスの嘘偽りのない反応が、プレイヤーたちの前に数値化される。
「そうだよ、透。今までの頑張りをみんなに見てもらって、cieloはすごいんだってことを思い知らせなきゃ」
纏が透の背中を優しく叩く。今まで自分がリーダーとして中心的に活動してきた。でも、“こういうこと”は、去年のステージを経験した先輩でなければできないことである。背中に彼の手のひらの暖かさをじわじわと感じた。
「あ、そだ!少しでいいから、“円陣”ってやつ、やってみない?」
纏がさっきとはうって変わっていつもの明るい調子を取り戻しながら言った。
「円陣…つってもどうすんだよ」
「なんかさー、こう、丸くなって、空を指さす感じでさ!」
困惑する英利をよそに、纏は1人で話を進めている。透は、やれやれ、といった表情で2人に話しかける。
「そうですね。兄者。円陣、しましょうか。僕が掛け声をしても?」
「当然じゃん!」
「おうよ」
三人は丸くなり、天上を指さした。この世界で1番高い場所を目指してやる、と示すように。
「行きましょう、1番高い場所まで!」
cieloのステージが幕を開けた。
天上で煌めく星座のように、きらきらと眩しく輝きながら歌って、踊る。サイリウムを振りながら熱狂するたくさんのオーディエンスを見て、透は思わず笑顔になる。
————俺はこの時、気づかなかった。
————不思議な昂揚感に。
————それが、“楽しい”という気持ちだということに。
————今なら、はっきりとわかる。