3.晴れ舞台
Cieloはいつも、学校の中庭を練習場所として活動している。体育館などのそれなりに広い場所は使う時間も人数も限られているため、何日か前からの予約が必要なのだ。Cielo以外のユニットでも、彼らと同じような状況の者たちは少なくない。特に大きな合わせやリハーサルなどが無い限りは、そこいらの適当な場所を陣取って練習するのだ。
中庭の草むらをバサバサと舞い散らせながら踊っているのは、Cieloのメンバーである堤纏だった。
「オイ纏、お前ステップがどんどん雑になってきてるぞ。そんなダンダンと勢いよく踏むんじゃねえ」
「えっ、やっぱ今の、ちょっと乱暴だったかなー。笑顔で楽しそうに踊ろうって思いながらやろうとすると、そういうの頭から抜けてっちゃうんだよね~」
纏はパフォーマンス能力に長けている。オーディエンスに向けてのファンサービスがとても充実していて、愛嬌がある。しかし、そればかりに集中しすぎてしまい、ダンスや歌のクオリティに影響が出ることが多い。
「まあ、俺も人のことは言えたもんじゃねえんだけどな。正確な音程や抑揚で歌おうとしすぎて、すぐ仏頂面になっちまう。だいたい、俺は元々笑顔とか得意じゃねえし」
話にあるとおり、英利の歌声はいつも完璧に近い音程を保っており、伸びやかで真っ直ぐである。だが、そういうことを気にしているうちに、眉間に皺が寄っていることも少なくないのだ。
「それにしても遅いね、透」
「ああ、俺たちに『僕は用事があるので、先に練習を始めていてください』とだけ連絡いれて、それから何もねえな」
季節は五月の終わりに差し掛かっており、いつもよりも多く汗が出てくるほどの暑さになっていた。半袖の出番がもうすぐそこまで来ているのだ。
「それにしても透って、しっかりしてるよねえ。本来なら俺たちがリーダーやらなきゃなのに、結局押し付けちゃったし。しかもちゃんとこなしてるしね」
「言い出しっぺが指揮取らねえでどうすんだよ。それに適材適所ってもんがあるだろ。俺や纏がグループのリーダーなんかになってみろ。空中分解して大会どころじゃねえぞ」
「自覚あるんだね…ま、事実だけど。それにしても……俺たち、あの子のこと全然服従させてるって感じじゃないよね」
「あぁ…まあな…基本あいつが先頭に立っていろいろやってるからな。でもそうしろっつったのは俺たちじゃねえか」
二人が宙を見つめながら話していると、ほぼ同時のタイミングで二人の携帯が振動した。
〈お待たせして申し訳ありません。今から来客用の玄関に来てくださいますか?〉
英利と纏の携帯に送られてきたメッセージは、全く同じ内容のものだった。しかし、二人には何が“お待たせ”なのかがまだピンときていない。
「来客用の玄関…?どうしたんだろ…」
「あいつは本当にいろんな意味で無茶苦茶な奴だな…。とにかく返事返して行ってみるぞ」
*
「あ、兄者。お二人だけで練習させてしまいすみません。もうそろそろ“いらっしゃい”ますから」
英利と纏は、先ほどから何がなんなのか、という様子である。
「おい、さっきから何だ?“お待たせして”とか、“いらっしゃる”とかよ」
英利は眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「今日ってなんかあったっけ?ほんとにわかんないよ~…」
纏も腰に手を当てながら、眉を八の字に曲げている。そんな二人に構わず、透は大層ないたずらを仕掛ける子どものようにウキウキとしている様子だった。
ゴォーーッ。
その時、一台の宅配トラックが玄関の前に停まる。すぐに運転席から宅配業者が出てきて、中サイズのダンボールを一つ抱えて校内へと入ってきた。
「お待たせしましたー」
「ありがとうございます」
透がそのダンボールをサッと受け取る。
「あと、二つありますんで!」
そう言うと、宅配業者は残りの荷物を取りにトラックの方へと戻った。“あと二つ”という言葉を聞き、纏はハッとした表情になる。
「これ…もしかして!?」
「ふう…ようやくお気づきですか?纏の兄者。英利の兄者はまだお分かりになっていない様子ですが…本当になんなのか分からないんですか?」
透と纏がニヤニヤしながらこっちを見てくるのに対して、英利は疎外感を感じ投げやりな言い方をする。
「なんだよ…学校の外から届くものに心当たりなんて……あ。」
そこまで言いかけた時、学校の外から自分たちに届くものがあることを“思い出した”。
「いやあ、やっぱり当日までだんまりを貫いていて良かったですねえ!兄者たちが僕の掌で踊る様を見るのは快感でしたよ!」
「…てめえ、前も似たようなこと言ったけどよ…俺らに絶対服従誓ったんだよな???」
英利が苦虫を噛み潰したような顔で透を見る。しかし、透はその様子に怯むことなく心底愉快そうに目を細くした。
「え?別に英利の兄者は『俺をおちょくるな』、なんて命令一回もされておられませんでしたよ?ねえ、纏の兄者」
「うわ~、やっぱいい性格してるよね~透!ほんとおもしろ!」
この野郎。
そういった表情で英利は透を見る。
(ていうかコイツ、纏に助け舟出して良い感じに丸め込もうとするようになってきたな…。畜生が…纏のヤツも愉快犯のメシウマ野郎だしよぉ…。)
「あのー、これで全部ですよね?」
宅配業者が荷物を確認する声で、この取るに足らない茶番劇は尻切れトンボで幕を閉じたのだった。
「ええ、どうもご苦労様です!」
透がパッと向きを変えて余所行きの笑顔でそう応えると、宅配業者は三人に一礼をして、車に乗り込み学校を後にしたのだった。
*
「そういえばステージ衣装のデザインって、コンセプトだけ三人で決めて、細かい設定とかは透に任せたんだっけ」
自分たちの練習場所までダンボールを運び終えた纏は、雑草の生えた地面に手をつきながら、リラックスした体勢で呟く。
「兄者たちがお気に召す出来になったかどうかは分かりませんが…美しい青空を表現できた衣装になったとは思っていますよ」
透は自信を持って答えた。その横で、英利は不安げな表情を隠せないでいる。
「とりあえず、開けて確かめてみようぜ」
「あっ、どうせならさぁ~、ちょっと試しに着てみない?」
突然の纏の提案に、英利は驚愕する。
「はぁ!?ここ外だぞ?どこでどうやって着替えりゃいいんだよ!」
「いや、その辺の目立たないところで着替えりゃいいじゃんっ?ね、透♪」
その言葉を聞いた透は、目を閉じて誇らしげな顔をしながら言った。
「はい、纏の兄者のおっしゃる通りです。絶対服従、ですからね」
英利は透の都合の良さに呆れ返る。もうとっくの昔に気づいていたことだが、自分たちの主従関係はあまりにもひどく杜撰なものだ。
「はあ…俺も着替えるよ。ったく、俺がお前らに服従してんじゃねえか」
三人はそれぞれ違う隅っこの場所に移動し、いそいそとダンボールから服を取り出しながら着替える。衣装をひとつひとつ確認しながら着ていく中で、纏が無邪気にはしゃぐ声や、英利の詰まったような声が聞こえた。透もわくわくとした思いで丁寧に着替えていく。
数分後、一番最初に声をあげたのは纏だった。
「終わったよ!二人とも!そっちはどう?」
「僕もすべて着替え終わりましたよ」
「…俺もだ」
透の普段通りの調子に対して、英利はワントーン低めの声で返事をする。
「よぉーし、じゃ、『せーの』で見せあいっこしよっか!いっくよ~、せーの!」
纏の元気のいい掛け声と同時に三人は一斉にくるっと一回転して前を向いた。
一番楽しそうに試着をしていた纏の衣装は、三人の衣装の中で最も白を基調とした衣装となっている。胸元には小さな花の形をしたアクセサリーがついたクリーム色のリボンが飾られており、真ん中には白のラインが入った水色のセーラータイプの襟がある。袖はレース型で、中心にある五つのボタンで留める形で着るようになっているワンピースのような服だった。その下には灰色でふわふわとした形状のショートパンツと白いタイツを履いており、そして靴は無地の水色をしていて、左右の外側には天使の羽のようなものがついている。
「これ、すっごいかわい~!俺、タイツなんて初めて履いたよ~」
うきうきとしている纏の横で、英利はいたたまれなそうに頭の後ろをかく。
「俺も……こんなヒラヒラした、お坊ちゃんが着るみてえな服は初めてだ」
彼の着ている衣装は、白くてふんわりとしているドレスのような服だった。首元にはクリーム色の大きなリボンと、それと同じ色で縁取られた水色の長い付け襟。ドレスの先端と白いブーツの膝あたりに付いているフリルや、そのブーツに入っているラインもリボンと同じクリーム色をしていて、いつも不機嫌そうな顔をしている英利とは相反するような印象を与える。下は纏がタイツであったのに対して、英利はスパッツのような生地のものを履いている。手首にはおまけだ、という風に白いフリルがあしらわれていた。
「透…、てめえ、よくも俺にこんな服を着せてやろうって思いやがったな」
「英利の兄者はこのコンセプトの衣装が一番ハマると思ってデザインしましたよ。表情や雰囲気はともかく、見た目の印象のみであれば英利の兄者にとって白はよく映える」
透にそう言われた英利だったが、どこか不服そうな表情をしていた。
「うんうん、そうだよね!あと、透もイケてるよ!その水色のケープ、超可愛いね!」
最後に透の衣装だ。先ほどの纏の発言にもあった通り、英利の付け襟と同じタイプの色合いをしているケープがよく目立っている。真ん中には二人と同じようにクリーム色のリボンがそのケープを包み込むように結ばれていた。その下には、袖と服の先端にクリーム色を施したさらに長いケープを着ている。またその下には、フリルのついた白いシャツを着ていた。そして、その長いケープと同じデザインのハーフパンツと、黄色い十字架のようなデザインが左右に描かれた白いブーツを履いている。
見て分かる通り、この中だと透が一番豪華なデザインの服をしていた。
「兄者らの良いリアクションを見ることができて、とても嬉しいです!」
透はとても楽しそうに、そして優しく微笑んだ。その様子を纏と英利はこういうのもまんざらではない、といった風で見つめている。
「そうだ、今からこの格好で少し踊ってみませんか?」
楽しい気分になった透は、その勢いで二人に提案をしてみた。
「えっ、いいね!名案だよ!」
いつものように愉快に返事をする纏。
「へっ、何言っても聞かねえってのはもうわかってんだ」
仕方なく、といった言葉とは裏腹に乗り気な態度の英利。
踊るのにちょうど良い少し広い場所に出て、透は自分の携帯から音楽を流す準備を始める。
「では、参りましょう。今日が我々cieloの輝かしき初ステージです!」
綺麗な青空が頭の中に思い浮かんでくるような曲に合わせて、cieloの面々は踊り始めた。空を飛ぶ鳥のように、軽やかなステップと歌声で。
すると、外で練習していた他のユニットメンバーがどこからともなくわらわらと集まってきて、cieloのパフォーマンスを楽しそうに観覧していた。綺麗なハモりだね、しなやかなダンスだ、などと口々に言う声が聞こえる。
曲がフィナーレを迎えると、それを見ていたオーディエンスたちは大きな拍手を送った。
透の目には、このわずかな観客が大きなステージで自分たちに熱狂する大勢の観客に映ったのだった。
「あれぇ?なんなんですかね、なんか人が集まってますよ」
色素の薄い黄色い髪の少年が、cieloの小さな初舞台を遠くから眺めて言った。
「あいつらか。あいつらは“cielo”っていう、最近できたばかりのユニットだ」
ピーコックブルーの髪色をした背の高い青年が答える。黄色い髪の少年は、その様子を見て冷笑するような顔をする。
「へえー…。ま、『トップを取る』のみ、な僕らには関係のないことでしたねっ。ブロックが一緒になったら実力の違いってやつを思い知らせてやるだけ、て感じですよ♪もちろん、僕らの圧倒的な力で他のユニット共もまとめて完膚なきまで叩き潰す!それだけですよねっ、裕有さん!」
愛らしい容姿に反比例するかのような過激な物言いだ。それに対して青年は、制止するように諭す。
「直斗…相手を見下すような発言は控えろと何度も言っているはずだ。俺たち“Hater Breakers”の目標は『シダス・ステージコンクール』での優勝ただ一つ。他人を嘲り時間をドブに捨てるような真似をしている暇はないぞ」
「はあ~い、分かってまぁす」
彼は青年の言ったことに対して返事をしたが、その答えに自ら背くかのようにcieloを、否、その真ん中で嬉しそうにオーディエンスたちと戯れているやけに愛想の良い透を、可愛らしい顔を歪ませて睨みつけていた。
「ちっ、気に入らねえ野郎だな…」