1.「絆」の始まり
時は昨年の4月の終わり頃に遡る。
阿澄透は日ノ丘高等学校に入学したばかりの一年生だった—————
「何だ…?お前…」
廊下で何となく時間を潰していた2年の神田英利と堤纏の前に、少し癖のついた紫髪の少年が現れた。纏が興味津々な様子で彼を見つめる傍ら、英利は訝しげにその少年に尋ねる。
「自己紹介が遅れてしまい、申し訳ありません。僕は1年の阿澄透と申します」
この阿澄透と名乗る少年は、とても丁寧な言葉遣いで、かつ慎重な態度を崩さずに2人に話しかける。
「今日はお2人に、大切なお話があってここに来ました」
「あ?何だよ、話って」
英利は少し嫌な予感がした。透が今から話す内容が、自分にとって都合の悪いことではないかという不安を抱いたからだ。英利のそんな様子を窺いながら、透は話を続ける。
「神田英利さん、堤纏さん。あなた方のお噂はかねがね聞いております。突然ですが僕と———ユニットを組んでいただけませんか?」
「よし、くだらねえ話だったな。行くぞ纏」
「そーだねー」
「ああっ!お待ちください!!!!お二人とも!!」
自分の嫌な予感が当たった英利は、間髪入れずに纏と共に立ち去ろうとする。しかし、そんなことで易々と引き下がる透ではなかった。
「お待ちください!最後まで、お話を聞いていただきたくっ————」
「んだよ、しつけえな!」
透は英利の足もとに跪き、そして彼の足首にしがみつきながら必死に自分の話を聞いてもらえるように乞いた。その様子を見て、いかにもうっとおしいといった表情をした英利だったが、先ほど透が放ったある言葉を思い出し、気がかりになっていることを問いただす。
「…てめえ、さっき“お噂はかねがね”とか言ってたな。どこまで俺たちのことを調べ上げたかは知らねえが、俺たちに“ユニットを組むつもりはない”っていう意思があることも知った上で言ってんだろうな?」
透は、自分の無様な姿を見下ろす2人を少しうつむきながら、目だけを彼らに向けて苦しそうに話す。
「ええ、もちろんです。“ただお願いするだけ”のつもりは毛頭ありませんよ」
自分の話を聞いてもらえそうな雰囲気になり、透の顔が少し明るくなる。
「僕とユニットを組んでくだされば、あなた方に“絶対服従”を誓うことを約束いたします」
英利と纏は目を見開く。自分の尊厳の在り方を、すべてあなたたちに委ねますと言われ、わずかながらではあるが混乱していた。わけが分からない、といった様子の2人を前に、透はあともう一押しだとばかりに必死に訴える。
「僕があなた方を勝利へと導きます、必ずや」
勝利。
その言葉を聞いた英利は一瞬硬直し、透の言った言葉の意味について考える。英利にとって、勝利というものは特別な存在だからだ。
「お前も、“勝ちたい”のか?」
透はその言葉に自分の話が受け入れてもらえるのでは、というチャンスを感じ取った。
絶対に答えを間違えるな。
そう思いながら、自分の勝利に対しての正直な気持ちを述べる。
「ええ、まあ当然です。腐ってもこの弱肉強食の日ノ丘の生徒ですから」
透の勝利への素直な思いを聞き、英利は真剣に吟味していた。その時、今まで傍観に徹していた纏が、口を開く。
「あは、いーね♪俺、それ乗った!」
「纏!?」
英利は心底驚いた様子で纏の方を勢いよく振り向く。透も英利につられるように纏の方を見た。纏は飄々とした様子で話を続ける。
「俺はこの子のこと、信じてみるよ。だってさ、今よりももっと楽しい日常が送れそうだなって思うもん!英利と一緒にいるときみたいにね」
「どういうことだ、俺と一緒にいる時って。…まあいい。ふざけて声をかけたわけじゃなさそうだしな。話くれえは聞いてやる」
英利は分が悪いといった風に彼の意見に従う。鶴の一声とはまさにこのことだ、と透は思った。
透は先ほどの様子とはうって変わり、目をカッと開いて感嘆の声をあげる。
「はは…!やはり話の分かる人たちだ!」
彼の態度の変わりように英利は引き気味になる。
「まだ組むなんて誰も言ってねえだろうが」
「まあまあ」
纏の愉快そうな声を最後にこの場は幕を閉じた。