第2話 に(ん?人?)
2035年代初頭にイタリア人研究者、アントニーノ・ガッバーナ、ベルナルド・ガッバーナ兄弟によって提唱された『脳細胞における電気信号の抽出と解析及びその再現』(通称ガバガバ理論)は当初、当然にと言うべきか、医療や軍事方面で主に利用されていたが、2038年には技術の一般化により市井の企業にも情報が下りるようになった。そして、生み出されたのが体感型VRである。この技術により脳に直接信号を送ることで視覚のみならず聴覚、触覚、嗅覚、味覚にまで影響を与える事が可能になった。これにより映画『マトリッ○ス』のような世界が現実のものとなったのである。
そして、そこに目を付けたのが、小説家になれた君Ver.16.05であった。
『小説……ゲーム……体感型VR、いいね』
なれた君が導き出した小説家サイトの到達点……それは自作へのダイブ。自分の描いた小説の中に入り込んで自由に遊ぶという試みであった。主人公になるもよし、小説を傍から追体験するもよし。魔王にだってエルフにだってなんにだってなれる。本人に情熱さえあれば。もちろん描写が細かいほど世界はリアルになっていく。
構想一年、実装に一年。僅か二年の歳月でこのシステムを構築出来たのは今や万能AIと化したなれた君の献身に依るところが大きい。24時間休みなくトライ&エラーを繰り返し基礎システムを構築したのである。このツールはかつてオメガパレスを救った『go(o)d-bye earth ~地球の神はブラック過ぎるのでお前ちょっと代われ~』の中に出てくる箱庭に準え、『アルカディア・ボックス』と名付けられた。
このシステムが発表されると同時にオメガパレスの運営会社の株価は連日ストップ高を記録し、曰く“Web小説運営サイトのビッグバン革命”と称されるに至ったのである。
そして、2042年。物語は主人公、荒波 練に視点を移す――
☆☆☆
「大体10万円か……。今月はそこそこだな」
『アルカディア・ボックス』が発表されてから二年。当然と言うべきか、オメガパレスは既刊書籍へのダイブを課金要素にして販売を始めた。俺の最大にして最後のヒット作、『go(o)d-bye earth ~地球の神はブラック過ぎるのでお前ちょっと代われ~』へのダイブも未だにちょこちょこ行われているおかげでこうして小金が入ってくるのは誠に有り難いことだ。
こいつを発表した当時高校生最後の夏だった俺ももはや24歳。小遣い稼ぎのつもりで書き始めたグッバス(ネットでの略称)がまさかあそこまでヒットするとは。タイミングだったんだろうな。今でも暇を見て執筆活動をしちゃいるが書籍の方はソレほど、だ。アルカディア・ボックスの方が実入りが多い。
まあ、今となっちゃアルカディア・ボックスなんて呼んでる奴はほとんどいない。オメガパレスでボタンを二つ三つクリックすりゃ望む世界が手に入るから『インスタントワールド』の愛称で親しまれている。一時は自分の作り上げた世界にダイブ出来るってんで国民総小説家、世は正に大小説家時代なんてぶちあげたこともあったが今じゃそんな熱量を持っている奴は稀。
何が儲かるって人気作の同人誌だ。そりゃそうだ。あんなシステム、行き着くところはエロに決まってる。おかげで一次創作すら、18禁がダウンロードトップ10に乱立する有り様だ。世の中坊共はさぞかし解禁を心待ちにしていることだろう。相変わらず表現の規制派は声がデカいがアルカディア・ボックスの出現で規制撤廃派の声が極限まで大きくなった結果、2000年代ぐらいまではバランスを戻したらしい。生まれる前の話なのでよくは知らんが。
でだ。そんなバランスを取り戻した世界で平衡感覚を失ってしまった奴らもいる。今日のランキングトップは『悪逆魔王の一日一体奴隷化生活!』エグいタイプのエロだ。もちろん18禁カテゴリーだが。売れるんだからしょうがないよな。一方で、18禁以外のカテゴリーのランキングも大きく様相を変えた。人気は恋愛。ファンタジーも一時覇権を取ったが、今は同じファンタジーでも恋愛が絡むと別次元のアクセスを取れるようだ。どんだけ現実に不遇を抱えている奴が多いのかと。
ざまぁも相変わらずだな。こちらは主人公になるより傍観者タイプのダイブが多いみたいだ。考えてみればすぐわかることだが誰が好き好んで序盤の鬱展開を体験したいのかって事だ。俺も実際に同じ物語でそれぞれ体験してみたが、その後の展開が解っていてもいじめパートは心に来る。見ているだけの方が爽快だ。何ならサブキャラとして後半に主人公を助けるなんてのも最高だ。
ま、俺にとって本当にざまぁだったのは小説家になれた君のあり得ない進化だな。今や、読者が100の質問に答えるだけである程度のテンプレ小説を自動生成してくれる。これは多少手間がかかるが、自分だけの自分好みのオリジナル小説が作成されるので人気が高い。そして、それを手作業で行っていた三流小説家は完全に淘汰された。名前や設定を多少変えただけのパズルゲームのような小説はなれた君が全て代行してくれるのだ。
そんなことをしてみたところで、本物の小説家が増えたかと言うとそんなことも無い。会社の都合でゴリ押しされた俺が言うのもなんだが、最近じゃ小説家になれた君に人類の英知が侵されそうになっているのは誠、憂うべき事態だ。
ごちゃごちゃ理屈を並べてみたが、俺は前述のヒット作の遺産で食いつないでいる三流どころか四流の小説家だ。創作意欲より今は性欲が優先されている。さあ、『悪逆魔王の一日一体奴隷化生活!』の続きを楽しもう。
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