ありふれた夜、忘れられない忘年会
真っ暗な空に、街灯に照らし出される雪景色。ほのかに見せる街の寝顔に、僕はつい微笑んでしまった。
今日は無礼講をしてもいい忘年会。一年の締めくくりということもあり、集まったバカ達がお酒を飲んで騒いでいた。といっても、本当に無礼講なんてできない。酔っ払っていても、みんな最低限の礼儀はわきまえているだろう。
気を使わなくてもいいと偉い方は言ってくれたけど、まあ難しい話だ。僕はそんな雰囲気が嫌だから、会場を抜け出して寒空の下にいた。
「ここにいましたか」
聞き慣れた声が耳に入ってくる。かじかんだ手を温めようと息を吐き出していると、後輩であるメガネちゃんがいた。僕は少し照れくさく「お酒が飲めないんだ」と告げると、メガネちゃんは微笑んでくれた。
「私もです。あんなもの、どうして一気飲みできるんでしょうね?」
「ハハハッ、同感」
メガネちゃんが隣に立つ。互いに話題がないのか、優しく降り注ぐ雪を見つめていた。
なんでもないただ静かな時間。
穏やかに過ぎ去っていく時間。
だけど、とても落ち着く時間。
今の僕達にとって大切な時間であった。
「一年が終わりますね」
その静寂を破ったのは、メガネちゃんだった。振り返ると、どこか懐かしいものを見ているかのような目をして、メガネちゃんはまっすぐ前を見ていた。
「そうだね。もう終わっちゃうよ」
思えばあっという間だった。いろんな事件やトラブル、嬉しいことに悲しいこと、怒ったこともあれば楽しかったこともある。だが、それは今日を迎えると全て過去の出来事となっていた。
明日になれば、今日思ったことも過去の産物となる。それは悲しいことのようにも思えた。もし、この穏やかな時間が永遠と続けば。そう願うけど、時間はどんどんと過ぎていってしまう。だからなんだか、寂しい。
「先輩っ」
思い返していると、メガネちゃんに呼ばれた。思いもしなかったこともあってか、つい身構えてしまう。そこにはちょっと真剣な顔をしているメガネちゃんの姿があって、自然と鼓動が激しくなってしまった。
「私、まだまだ迷惑かけるかもしれません。でも、精一杯がんばります! だから――来年もよろしくお願いします!」
丁寧に、ただまっすぐな言葉を言い放って、メガネちゃんは頭を下げた。
僕はちょっと参ってしまった。僕の気持ちをわかっているだろうか。だけどまあ、仕方ないかな。
彼女の気持ちには偽りなんてない。だからこそ僕は、その気持ちを真正面から受け止めることにした。
「ああ、一緒に頑張ろう」
まだまだ時間がかかりそうだ。でもまあ、焦る必要はないかな。
降り注ぐ雪が優しく微笑むとある日。忘年会が行われた他愛もない夜。僕は忘れられない穏やかな時間を、過ごしていた。