誰かのせいでなくなったUSB
あ、50,000pvありがとうございます
「無いっ!」
トイレから返ってきた鎗手幸作は、大量の冷や汗を浮かべていた。
公安の工作員として働く鎗手は今まで大きなミスを一度も犯さず任務を遂行してきた。今回の任務が無事完了したら、お前に話があると上司に言われたのが一昨日。考えるに悪いことではないだろう。それどころかどんな役職持ちになれるのか、内心ワクワクしていた。
少し浮かれていたというのもあるだろう。
一度も素顔を晒さず任務を遂行してきた変装の達人、鎗手にとって自分が工作員だとバレているわけがないと自惚れていたのだろう。
無い。
超大切なUSBが無い……!
こんなに心臓がドキドキしたのは、手柄を横取りしようとした協力者を暗殺して死体を他人の墓に埋めたのがバレそうになった時以来だった。
ありえないと思いながらも、今ここにありえてしまっている。
ネットカフェの個室でパズルゲームに偽造された機密データの整理をしているところだった鎗手はトイレくらいいいだろうと、データの元が入ったUSBをパソコンに刺したまま席を立った。
それが最後の記憶である。
「あっはっはっ……まさかぁ」
どうせ下にでも落ちたんだろうと椅子を退かして下を覗く。
「USBちゃーん?ほら、出てきなさい?パパ怒らないから出てくるんだよ?」
妻子を持たない51歳のおっさんが猫撫で声で机の下に向かって話しかける様子は不気味である。
不幸にも「無いっ!」という大声を聞きつけ何が無いのか知らないが手伝ってあげようと親切心で覗き込んだ隣人ーー水上庄司は、恐ろしい光景を見てしまったと言わんばかりに顔を顰めた後、自分の部屋に戻っていった。
「うーん、無いわけが無いんだけど……」
備え付けの棚を倒し、机をずらし本を乱雑に寄せカーペットを剥がしベッドをびっくり替えした。
ガチャガチャゴトゴト。
壁に物が当たっても気にせずUSBを探す。
一方、一度部屋に戻った水上だが、今度は隣がうるさい。
まるで空き巣でも入ったかのような音を立てている隣に注意を入れようと席を立ちかけて、変に絡まれたら面倒だと自分の手間と店員への迷惑を天秤にかけたのち、壁に掛けられた注文用の電話で隣の客が暴れていると通報した。
物を探して恩を売るのはいいが煩いと注意してもキレられるだけで徳なんてしないだろうし、こんなところで働くような人間とは違って自分の時間は有限なのだと割り切って店員に対応を押し付けた水上であるが、一つ言うとすれば店員の時間も有限であることを忘れてはならない。
秋人や鎗手とは違い優しさを持ったまともな人間ではあったが、いささかエリート生まれのせいかプライドが高すぎたようだ。
もっとも人前では常識的な受け答えをしているものだから問題はないが内心は人を見下し比べ馬鹿にしている嫌な奴であった。
程なくしてやってきた店員は強盗か空き巣でも入ったかのようにぐちゃぐちゃに荒れ果てた部屋を見て固まった。そりゃあそうだ。壁は一部穴があいているし、カーペットまで剥がされているのだから。
「はぁ……これは一体どういうことですか?」
面倒くさそうに話しかける店員の言葉が聞こえないのか、鎗手はぶつぶつ呟きながら時折聞こえる声で"無い"と言い爪を齧った。
それを見てこれは警察に通報するしかないと思い始めた。
一応話を聞いておこうと肩に手を伸ばした店員はグンと引かれたような感覚がした後、背中から床に叩きつけられた。
うぅ。と呟く非力そうな店員を見た鎗手は心の中でやっちまった……と呟いた。
てっきり攻撃を受けたのかと勘違いしていつもの調子で投げてしまったが、明らかにただの店員だろう。
自分が部屋をうるさく探しすぎて見にきた……というところだろう。
やばい。
役職持ちどころか、クビだ!
普通なら謝るところだが手柄を横取りされそうになったくらいで人を殺すクズである。目障りだから殺す、自分に非があったら勢いで押し切る。
五味秋人と並ぶ邪悪さを前面に押し出し生きてきた鎗手にとってUSBがないとか、謝って店員を投げてしまったとか些細な問題である。
「お前か!お前がやったのか!」
意識が朦朧としている店員の胸ぐらを掴みそう怒鳴り始めた。
「は……?な、何を」
「しらばっくれんじゃ無い!大切な商談の資料が入ったUSBをとったんだろう!」
「し、しらないと、言ってるでしょ!」
「嘘をつくんじゃ無い!どうして目をそらす?どうして言葉に詰まる?やましいことがあるからだろう!!」
お前の顔が怖いからだよ、とか突然投げられて胸ぐら掴まれて冤罪ぶっかけられて怒鳴り散らされたらそりゃあ同様して言葉に詰まるだろう、と第三者が見ればそういうはずだ。
「……違います!知らないんです!マジで」
「マジ?マジとは何ごとだ!全く……最近の若者ものは言葉に上品さがない」
どの口が言ってるんだか……。
「俺がなんで怒っているかわかるか!貴様があやまらんからだ!」
「いや、やって……」
物を取ったという話から謝らず言い訳をしているという話にすげ替える邪悪さ。
店員も話の勢いに飲まれつい否定してしまう。
「俺が!やったと言っているんだから、謝るのが筋というものだろう!まず謝る!!何故わからない!ああ!!?」
「ひっ……す、すみま……せん、でした」
「はあ?聞こえないなぁ」
「すみません、でした!」
「ちっ……んな言葉ききてぇ訳じゃねえんだよ!怒らせて謝って済むのは身内だけだ!俺とお前は客と店員。なら誠意ってもんを見せろよ」
「そ、それは私の権限ではどうにも……」
「知らねーよ!いいか?警察呼んで困るのはどっちかわかってんだろうな?」
「…………」
店員を暴行し、店を荒らし、脅迫している側に決まってんだろ。
というのは冷静に考えるからであって店員はすっかり鎗手の汚いやり方に飲まれていた。
「……わ、わかり、ました。た、ただでいいです」
「いいですぅ?」
「タダでお願いします!」
部屋を荒らし間違えて店員を暴行してしまった過ちを脅迫という汚い手でなかったことにする。凄まじい最悪な手段で乗り切りついでに利用料がタダになった鎗手は今までのストレスが吹き飛んだようにスッキリしていた。
こんな店二度とくるかと唾を吐き、PCを持って店を立ち去ろうとした鎗手は、そういえばUSBのことを聞かねばと思い散々怒鳴り散らした店員を呼び止めた。
二度とくんなと思っていた店員にとって二度目が案外早かったことよりも、どんな難癖をつけられるのかと冷や汗を垂らした。
「おい、さっき俺のところに入って来た奴にUSBを取られたんだが知らねえか?」
「……えっと、知らないです」
「はぁ」
鎗手はただため息をついただけであったが、失望した腹いせに店を燃やしてやるとでもいいだすのではないかと思い過ぎをした店員は、目撃証言がないか聞いて回ると宣言し、これに鎗手はいい奴だと感心した。
「何かわかったら、ここに連絡してくれ」そう言ったのち一枚の紙を渡された店員は、絶対嫌だと思いながらもにこやかにお任せくださいと言って店の奥へ引っ込んだ。
プロフィール
鎗手幸作
♂ 51歳 独身
職業 工作員
人種 東洋人
出身 日本
水上庄司
♂ 42歳 妻子持ち
職業 サラリーマン
人種 東洋人
出身 日本
店員
♀ 20歳 彼氏持ち
職業 アルバイト戦士
人種 東洋人
出身 日本
五味秋人
♂
職業 大学生
人種 東洋人
出身 日本
次回も更新します^ ^二月中に。