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96.魔女との再会、悪魔の正体

 以前イザベルと出会ったデパートに隣接する喫茶店。

 バスのタイミングもよく、美也子は二十分ほどで到着することができた。


 まさか罠などないだろう、もしくは恨まれていないだろうかと緊張しながら店に足を踏み入れると、店員よりも先に声が掛かった。


「こっちよ!」


 イザベルが奥の席でにこやかに手を振っている。どこか怯えた顔をした幼い少女を伴っていた。

 やって来た店員に待ち合わせであることを告げ、席へ向かう。


 笑顔を見せるイザベルよりも、少女への既視感が気になる。背中まで伸びた赤毛に碧眼、白人の美少女だ。アイスコーヒーのストローをいじりながら、上目遣いで美也子を見ていた。


「……かの御方の契約者につきましては、ご健勝そうで何よりに存じます」


 おどおどした様子でそんな小難しいことを言われ、美也子は眉をひそめた。

 十歳にも満たないのではないかと思われる少女が言っていい台詞ではない。


 数秒ほどして、はたと気付く。

 花柄のワンピースをまとったこの少女は、イザベルの悪魔だ。角と銀髪を隠し、人間の少女に擬態している。


「あっ、あの、うわぁ」


 驚きのあまり、意味のない言葉が口から漏れ出る。


「あたしの悪魔、可愛いでしょ?」


 イザベルの調子はかつてフードコートで話をした時とまったく同じだ。リューに絞め殺されかけたことを恨んでいる様子はない。


「はい、可愛いですね」


 率直な感想を述べてしまう。

 リューも可愛かったが、何しろ無表情でしばしば高慢さが見え隠れする。

 しかしイザベルの悪魔は眉を八の字にして美也子に怯えており、それがまるで恥じらっているようで、可愛さを何倍にも増幅させている。

 頭を撫でたいな、と衝動的に思った。


 少女の可憐な顔が不意に険しくなり、イザベルをつついた。


「おい、口の利き方に気を付けろ」


 己の悪魔にとがめられ、魔女は困ったような顔をして美也子を窺う。


「いえ、いいんです」


 頭を振って、正面の二人の顔を交互に見る。


「偉いのはリュー――あの白い悪魔の方でしょう? 私は普通の人間です」


 それでも何か反論しようとする悪魔に、にっこりと笑いかけてやる。


「ねぇ、ソフトクリームでも食べない?」


 子どもの姿をしているため、つい気安い口調になってしまう。メニュー表を広げて、甘味の記載されているページを掲げる。


「あたしはお腹が弱いからパス」


 イザベルが苦笑し、悪魔も首を横に振る。食いついてくるかと思ったが、遠慮しているのだろうか。


「ええと、あなたは甘いものは好きじゃないの?」


 ミルクの入っていないコーヒーを手元に置いている悪魔に尋ねると、柳眉を歪めて首をすくめる。


「甘いものは苦手なのです」


 どこかの誰かとは大違いだと、思わず吹き出す。不興を買ったかと悪魔はさらに怯えを見せたが、面倒なので、とりあえず放っておこう。


 美也子は店員を呼ぶと、オレンジジュースだけを注文した。身体は冷たくて甘いものを欲していたが、自分だけ食べるのもいただけない。


「イザベルさん、この前はすみません。お身体は大丈夫でしたか?」

「ええ――」

「とんでもない、貴女様が気に病むことなど露程もございません!」


 悪魔が何度も頭を振りながら、イザベルの返事を遮る。


「我々は貴方がたのことを確かめもせず軽率な行いを致しました。その代償として命を奪うのではなく魔力を吸うだけでお見逃し頂いたこと、まこと寛大な措置に感謝しかございません」


 滔々と言う悪魔に、今度は美也子が恐縮してしまう。しかし、このままではまったく話が進まない。


「あの、私は怒ったりしていないし、敬意を求めたりもしていないので、そんなにへりくだらないで下さい」

「そのようなことはできません、貴女は偉大なる御方の契約者様です」

「そうですか……」


 溜め息を吐いて、天井を見上げる。そしてイザベルに話し掛けた。


「ああ、そういえば、私も正式に魔女になったので」


 先日は魔女ではないと否定していたため、同胞として改めて宣言しておく。

 イザベルの顔がぱっと華やぎ、握手を求めてきた。


「あら、そうなの! 道理で雰囲気が変わったと思ったわ」

「えっと、ここはよろしくお願いします、と言っておくべきですよね?」


 魔女とは群れて相互扶助するものだと真由香が言っていた。イザベルにもお世話になることがあるかもしれない――美也子を恨んでさえいなければ。


「イザベルさんは、私たちを恨んでいないのですか?」


 ストレートに問うと、イザベルは朗らかに笑いながら答える。


「まぁね。この悪魔の言う通り、ちょっかいをかけたのはあたしたちだし、命を取られなくて済んだのは幸運だったのでしょう」


 顔に嘘の色はないようだが、警戒するに越したことはないだろう、とバッグにぶら下げた耳長悪魔にそっと触れる。

 もぞりと動いたのは、握られたことに対する抵抗だろう。何度か友好的に対話を試みたが、美也子に罵詈雑言しか飛ばさない。それに対して怒りの反論をすると、『今日は二日目か?』などと聞いてくる始末だ。もっと破廉恥なことを言われたが、思い出したくない。

 だが、リューのことは信奉しているようなので、いざとなればきちんと美也子を守ってくれるだろう。


 イザベルの笑みが苦笑へと変わる。


「まさか、こんなところでばったり『全てを統べるもの』の一人に出会うなんて思ってもみなくて」


 その言葉に、美也子は戸惑う。

 『全てを統べるもの』、略して『全統』。リューの別名――いや、称号だと言っていたか。

 結局、リューが何者なのか詳細を尋ねず別れてしまった。相当地位の高い悪魔だということしか分からないし、ただそれを聞くためだけに召喚するのも馬鹿馬鹿しい。もちろん耳長悪魔は意地悪して教えてくれない。


「その『全てを統べるもの』って何ですか?」

「ええ!? 知らないの?」


 イザベルは横の悪魔と目を見合わせる。


「私、異世界のことには疎いんです……」


 無知を恥じながら呟くと、イザベルは遠くを見るように語り出した。


「太古、十三世界の外から来たとされる『七人の王』のことよ。スンヴェルの神は彼らを大層気に入って迎え入れ、コピーを作ったの。それが、この子を始めとする悪魔たち」

「はぁ?」


 壮大かつあまりに幻想的な話に、美也子は間抜けな声を出すしかなかった。

 十三世界の外、とは、まだ他に異世界があるというのだろうか。

 まぁ、『お父さん神』がいるようなので、その『親族神』がいて、それぞれが世界を管理していてもおかしくはないのだが……。

 

 イザベルは神妙な口調で続ける。


「でも悪魔たちは神々と対立して、十三世界のうち七世界を巻き込む戦争になった。関門が開け放たれて、それぞれの神が整えた世界をぐちゃぐちゃにした。一応神が勝利したらしいけれど、幾人もの神使が地に堕ちて、それは今も神遺物として莫大な力を放出しているそうよ」

「そ、そうですか」


 的確なコメントなど思いつかない。まさに神話の物語(ファンタジー)。神との戦争の件はリューから聞いていたが、美也子の理解の範疇を超える。


 イザベルの悪魔が暗い面持ちで頷いた。


「今のスンヴェルと悪魔が在るのは、あの巍然(ぎぜん)たる方々のおかげだ。そんな御方の一人に喧嘩を売るなど、我々は本当に畏れ多いことをしてしまった……」


 仰々しい言葉に、美也子はむぅ、と呻るしかない。

 リューが神話に語られるほど偉大な悪魔の王だというのならば、その頭を散々殴った美也子は一体どうなってしまうのだろうか。不敬罪に問われても文句は言えないのだろうか。今度会ったら、謝っておいたほうがいいだろうか……。

 考えを巡らすが、今はそれどころではない。次に会った時に考えればいいか、と思う。


「イザベルさん。私、アスラのコミュニティの人たちに会いたいんです。会って、お願いしたいことがあって……」


 そう切り出すと、イザベルの目が鋭く光る。


「その代わりに、ネヴィラの大魔導師の情報を教えるということかしら?」

「えっと、そうなんですけど……」


 美也子は一瞬ためらったが、もう時間が惜しい。ハッキリ言ってやれと心を決める。


「あの、私が、その大魔導師の生まれ変わりなんです」

「え?」


 イザベルは何度も瞬きした。横の悪魔は、なるほど、と小さく呟いた。


「証明しろと言われても、今は無理です。記憶がないので……。私も、ネヴィラから私を探しに来てくれた人たちがいなければ、知ることはありませんでした」

「そ、その人たちが、証人だと?」

「そうです。あ、最大の証人は、私の記憶を覗いたリュー……契約した悪魔です」

 

 悪魔は決して嘘をつかない、とクリスデンが言っていた。それが周知の事実であるなら、証人としては申し分ないだろう。


「あなた……!」


 イザベルが身を乗り出し、テーブルの上に載せていた美也子の手を強く握る。

 あまりの剣幕に、美也子は身体を引いた。背後には背もたれがあるため、限度があるが。


「やったわ、あたしったらとっても運がいい! これでコミュニティに大きな貸しを作れるじゃない! 一生安泰だわ!」


 目をきらきらと輝かせ、イザベルは明るい声をあげる。

 そしてバッグからスマホを取り出すと、どこかに電話をかけ始める。その間も、左手でしっかりと美也子の手をつかんでいた。


「あー、もしもし、キヌヨさん? 見つけたのよ、あたし、ネヴィラの大魔導師の生まれ変わりを!」


 嬉々として誰かと話し出す。


「嘘じゃないわよ、本人が名乗り出たの。それで、キヌヨさんにお願いしたいことがあるんだって」


 ――いや、キヌヨさんって誰だ。

 美也子は拘束されていない方の手でストローをつまみ、オレンジジュースを飲んだ。おいしい。


「え、今から来るの? テンパクからだと一時間以上かかるでしょ。うん、あ、晩餐会? それってあたしも行っていいのよね」


 ――晩餐会だと?

 面倒なことは御免だと美也子は顔をしかめた。

 しかも、『テンパク』と聞こえたが、名古屋市天白区(てんぱくく)のことだろうか。つまりは名古屋市内にアスラのコミュニティがあるというのか。

 溜め息をこぼしながらコップの水滴をなぞる。


「ねぇ魔女っ子ちゃん」


 一時的に電話から口を離したイザベルが、美也子に呼び掛ける。そういえば結局名乗っていない。


「うなぎ、好き?」

神と悪魔の戦争で神が勝利したのは、「このまま戦いを続けるなら、全世界を『リセット』しちゃうよ〜」と神が言い始めたからです。愛しい魔女や人間たちを守るため、悪魔は降伏しました。

また、悪魔たちは元々『魔族』という種族名だったのですが、神々から敗北の証として「君たち今日から『悪魔』ね」と決められてしまいました。

イザベルの悪魔は、比較的若いので、当時のことをよく知りません。

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