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93.まるで少年マンガのよう

「まったく、『あの人』ったら狡猾だよ。そのために、異世界で死んだ魔導師の魂をかっ攫って来て、狭くて安全な檻……すなわち日本に転生させたんだからね」


 ストローをしゃぶっている櫻子は、複雑そうな表情を見せていた。その顔を見つめながら問う。


「え、それって不正行為なのでは?」

「だろうな」


 口から離れた櫻子のストローは噛み潰されていた。ストレスがたまると、たまに美也子もやってしまう。


「でも、『あの人』の言動を見るに、バレなきゃ大丈夫みたいだな」

「そ、そんなもんですか」


 美也子もまた、ストローを噛む。


 かつて神使は言った。『ヒュー・クリスデンの渡界を幇助する者の渡界権限を封鎖する』と。

 つまり、品評会に出すために、美也子をネヴィラに帰したくないのだ。そしてネヴィラの神は、品評会に出すためにクリスデンの生まれ変わりを連れ戻したい。


 なんとスケールの大きな話だろう。一介の女子高生の手には余る。


「私、別に出たくありません。櫻子さんが出て下さい」


 震える声でそう言うと、櫻子は呵々と笑う。


「何がおかしいんですか? オーヴィの神は、櫻子さん推しなんですよね」

「それは、ただ付き合いが長いからに過ぎない。それに神からすれば、私が転生してからの二十数年なんて一瞬のことだっただろう。品評会には、より優れたほうを出すつもりだよ」

「そんなの……記憶のない私より、前世からの記憶を持っているあなたのほうが優れているに決まっている」

「どうかな?」


 櫻子は工藤を見る。


「ねえ工藤ちゃん、魔力はどっちが高いか、君なら分かるよなぁ?」

「……工藤さん、そんなこと分かるの?」


 工藤を見つめると、少しびくりとされた。美也子が虚ろな目をしていたからだろう。


「……言ったでしょ、妖精は感知能力が高いって」


 そして遠慮がちに答える。


「……千歳さんのほうが、圧倒的に魔力量が多い。たぶん、元々の魂にプラスして、『生来』のものもあるみたいね」

「生来?」

「生まれもった肉体の分。容姿みたいに、ご両親から遺伝したのよ」

「遺伝って、そんな」


 思ってもいなかった話に困惑していると、櫻子が口を挟む。


「きっと君の家系は、元々魔力が高いんだろうね。オーヴィ以外の世界に生まれていたら、それだけで立派な魔導師の一族になれたのに」


 その目がスッと細くなる。まるで羨むように。


「美也子ちゃん、君と私は、ちぐはぐなんだよ」

「どういうことですか?」

「君は、高い魔力を持っているけど記憶がない。反対に私は、知識があるのに生まれ持った魔力はそこそこ。だからこそ、『あの人』は決めかねている。どちらがより優秀かを」


 もう美也子には、櫻子が何を言いたいかが分かっていた。


「だから、君が記憶を取り戻せばオールオッケー、もう美也子ちゃんにBET一択ってわけさ」


 明るく軽快な物言いに、美也子はかえって心を沈ませた。


 率直な気持ちを言えば、とても面倒臭い。

 そしてクリスデンの記憶は、リューが持っている。リューに教えを乞い、大魔導師としての力を取り戻す価値が、その品評会にあるものだろうか。


「……品評会に出て、優勝したら、何かメリットがあるんですか?」


 手慰みに、ナプキンでコップの水滴をふき取りながら眼前の女へ尋ねる。

 ええと、と考え込んでから、櫻子は説明してくれた。


「神のメリットは、単なる栄光。偉大なる父君からのお褒めの言葉、そしてきょうだいからの羨望の眼差し」


 ――なんだそりゃ、と美也子は眉根を寄せる。


「そんなメンタル的なメリットだけ?」

「あの人たちは、そういう存在なんだよ」


 あっさり言ってのけるが、まったく理解できない。


「じゃあ、品評される立場の人たちのメリットは?」


 すると、櫻子は意味深に微笑み、唇に人差し指を添える。

 何か重大な内緒話をするように、もったいぶって口を開いた。


「なぁんでも願いを叶えてくれるんだってさ」

「えぇ!?」


 美也子は呆れ声を出してしまう。


「そんな――少年マンガじゃあるまいし」

「あっはっは! その感想、もっともだよ!」


 櫻子は膝を打った。


「私が元いた世界、エレグリットの四分の一を支配している王は、二千年前の品評会の優勝者の末裔だ。彼は、エレグリットで一番大きな大陸の統治権を希望した。もちろん子孫に愚王もいたから、そのせいで荒れたりもしたんだけどな」

「はぁ……」

「前回、つまり五百年前の優勝者はシングラってとこの魔導師だったみたいだよ。仲の悪かったグイラセラン――工藤ちゃんのいた世界だね――と和平を望んだんだけど、いろいろあって御破算になっちゃった。勿体ないねぇ」


 その時、工藤が一瞬だけ鬼のような顔をした。驚いて凝視すると、無表情になってしまった。どうやら複雑な事情があるようだが、今はそちらの話をしている場合ではない。


 櫻子はにやにやしながら聞いてくる。


「何か一つ願いが叶うとしても、美也子ちゃんは出たくないの?」

「願い……」


 元ニートの神様に叶えてもらわねばならないような願いなど、あるだろうか。

 永遠の命などいらない。家族の健康、お金持ちになりたい、頭をよくして、とかか? それとも、地球の環境問題や紛争問題などを解決してもらうか?


 ――違う。


 顔を上げると、櫻子は面白そうに言った。


「おっと、瞳に光が戻ったな」


 そうだ、きっとその通り、美也子の目は怒りの炎で輝いているに違いない。


「櫻子さんは、アスラの神がどうなったか、知っていますか?」

「ああ、死んだか逃げたか、ってこと? 知っていたらブログに書くよ。『あの人』もあんまり興味がなさそうでさ、知らないみたいだったよ」


 美也子は拳を握る。確かリューは、死亡している可能性は低いと言っていた。他の神に(かくま)われているのではないか、と。


「えー、何? どうしてアスラなの?」


 ワクワクした様子で、櫻子が身を乗り出してくる。


「櫻子さん」


 心を決め、美也子は強い口調で告げた。


「やっぱり私、品評会に出たいです」

「千歳さん……?」


 工藤が訝しげに声を掛けてくるが、無視をした。

 目を細め口元を歪めている櫻子に、緩慢かつ明瞭に宣言する。


「品評会で優勝して、アスラの神をあるべき場所に還せと願う。もし本当に死んでいるのなら、残った十二神か、そのお父さんに責任を取れと願う。一刻も早く、アスラの天変地異を鎮めろと」

「ふーん、どうして?」


 櫻子は、うって変わってつまらなさそうに言った。おそらく偽善者とでも思われているのだろう。構うものか。


 美也子の頭の中には、静かに微笑む獣人の少女がいた。脳裏に浮かぶ彼女が、照れたり、少し怖い顔をしたり、百面相を作る。

 そのどれもが、愛おしい。


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